連載
#21 特派員フォトリレー
【特派員イチオシ旅】あのホルムズ海峡、観光の超・超・超穴場だった
世界のあちこちに住み、出張取材も多い朝⽇新聞の特派員が、おすすめの旅行先を写真でご紹介します。今回はホルムズ海峡。世間でのイメージは「原油を積んだタンカーがたくさん通るところ」でしょうか。機雷がまかれて封鎖される可能性があるとして、日本の国会で安保法制が必要な「有事」の例に安倍晋三首相が挙げたことも。何やらきなくささがつきまとう地域ですが、実は圧倒的な観光資源に満ちているんです。(朝日新聞国際報道部)
以下、元テヘラン支局長の神田大介記者が、2015年に渡航した際の経験をもとにお伝えします。
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サウジアラビア、アラブ首長国連邦、イラク、イランなどのタンカーが通航し、日本が輸入する原油のうち、なんと8割が通っているというホルムズ海峡。封鎖されたら大変です。一度この目で見てみよう、ということで行ってきました。
私が訪ねたのはゲシュム島。海峡のイラン領海に浮かぶ、東西に長ぼそい島です。面積は1491平方キロで、沖縄本島(1208平方キロ)より広いから、かなり大きな島と言えます。
さっそく南側の岸辺から対岸のオマーン領を眺めてみたんですが。待てども待てどもタンカーは見当たりません。
それもそのはず、タンカーのほとんどは対岸のオマーン側の領海を通ります。ホルムズ海峡は狭く、ゆえに封鎖しやすいと言われますが、最も距離の短いところで33.8キロ。
たとえば東京―横浜間は27.2キロ(都道府県庁間、国土地理院調べ)、大阪―神戸間が30.9キロ(同)で、それより広いわけですから、そう簡単に向こう岸は見えません。
また、1日に通るタンカーは30隻ほどだとか。
タンカーがすし詰めになっているような光景を勝手に思い描いていましたが、そんなわけはないのでした。
港はまるで眠っているかのような静けさ。
聞こえるのは波の音とカモメの鳴き声、汽笛だけ。岸辺でおんぼろの漁船が揺れていました。
この島で見るべきは、タンカーよりも自然です。
現地の人の話では、ゲシュム島は主に石灰岩でできていて、気の遠くなるような時間をかけて雨やら風やらに浸食されることで、あちこちに不思議な景観が形作られているんだそうです。
チャークフ峡谷は、夢の中に出てきそうな奇怪なかたち。
たとえれば、紙粘土を積み上げ、ていねいに表面をならしたのちに指をあちこちに突っ込んだような、とでも言いましょうか。
無機的な雰囲気もあり、歩き進むほどにこの世を離れていくような気分になります。
タンディス山峡では、遮るものがない360度の大パノラマに、奇妙な形の山が点在しています。
たとえば、柱を無数にちりばめたかのような岩山。
場所が場所ならエアーズロックとかテーブルマウンテンとか呼ばれそうな山。
地層が5色に浮き上がった極彩色の岩肌などなど。
ここがすごいのは、まったいらな土地のまわりを様々な奇岩がぐるりと囲んでいること。この壮大さは、残念ながら写真で切り取ると、うまく表現できません……。
星の谷は、地面から隆起した巨大な霜柱のような奇岩地帯。
実際には、雨や風で大地が削られてこんな形になったようです。
タコ型宇宙人がコンニチワと顔を出しそうな雰囲気があります。
これがイランじゃなかったら、絶対にSF映画のロケ地になっているだろうなあ。
まだまだあります。塩の洞窟は、すべて岩塩でできた山のなかにできた、天然のトンネル。
薄暗い洞窟をあかりで照らすと岩肌が輝き、床はまるで天の川で、天然プラネタリウムといった風情。
こちらも写真では伝わりにくく、すみません。ちなみに照明器具などはまったく用意されていないので、少なくとも懐中電灯を持参してください。
岩塩は様々な天然成分を含み、洞窟の中で深呼吸するだけでも体にいいと地元では言われているそうです。
実際にやってみると、なんだか細胞が活性化していくような……気が。
落ちていたカタマリを試しに口に含むと、あれ、あんまりしょっぱくない。まあるいお味でした。
続いては、隣接するベンガム島。砂浜の一部が黒くなっています。
この黒い砂が、日の光を浴びるとキラキラ輝くんです。岸辺の雲母が波に削られ、堆積したんだとか。
ベンガム島の周囲は一面のサンゴ礁で、島から見える海はどこまでも明るいコーラルブルー。
周囲は赤茶けた岩山で、砂浜は黒く、あたり一面に銀粉をまきちらしたかのような輝き。
このコントラストがめちゃくちゃきれいです。思わず動けなくなるほど感激しました。
なお、ゲシュム島にはもう一つ隣接する島があって、ラーズ島といいます。こちらも人気スポットです。
干潮になると海水がひき、現れた砂浜の上を車で走ることができます。常識的にはタイヤが砂浜に沈んでスタックしてしまうはずですが……。
日本にも石川県に『千里浜なぎさドライブウェイ』という車が走れる砂浜があります。砂がきめ細かいから走行が可能なのだそうで、たぶんここも同じような理屈なんでしょう。
まだ終わりません。ゲシュム島の中部にはマングローブがあって、ボートでこぎ出すとたくさんの野鳥や小動物を間近で見ることができます。
私は時期があいませんでしたが、ウミガメの産卵地もあって、毎年5月ごろになると海岸から上がってきた親亀たちの奮闘が見られるそうです。
また、島の周囲はサンゴ礁で、ダイビングやシュノーケリングにも絶好のスポットだということでした。こちらも私は未体験ですが。
とにかく、人と動物たちの距離が近い。
ドライブをしていると、ふつうにラクダがあらわれます。なんでも、ゲシュム島には人間よりも前から住んでいたそうです。
人なつっこく、えさをあげるとうれしそうに食べてくれます。
ついでにワニ園まであって、オリの中にでっかいワニたちが、漂着した丸太のようにごろごろ転がっています。
なんとなく勢いで増やしてしまったのか、なぜかダチョウやサル、クジャク、イグアナなどもいて、ちょっとした動物園のようになっていました。
人々の様子も興味深く、既婚の女性たちは顔に仮面をつけています。秘密の舞踏会で使われていそうな、怪傑ゾロかシャア・アズナブルかというような、目元を隠して口元を出すアレです。
「女性は美しい部分を親族以外に見せない」というイスラムの教えの影響かなと想像しますが、これはイスラム圏広しと言えども、極めて珍しい風習です。
また、イラン女性の装いと言えば真っ黒いチャドルがおなじみですが、ゲシュムの人たちは色鮮やかな服をまとっています。
民族的にはイランでは多数を占めるペルシャ人ではなく、アラブ人。信教もイランの国教・イスラム教シーア派ではなく、スンニ派です。アラビア語とペルシャ語が混ざったような方言が使われています。
文化人類学的な興味もつきません。
ゲシュム島の主要産業は漁業。マグロ、サワラ、タイ、キス、ハタ(クエ)、サメ、エビとなんでもとれます。あまり魚介類を食べないイランでは珍しく、食事も魚が中心です。
串に刺して焼くか、切り身に小麦粉の衣をつけてフリット、もしくはすり身を丸めて揚げ、サモサにして食べます。
どれも素材がとびきり新鮮なため、すこぶる美味。法律で酒を禁じているイランでは、ビールとあわせられないのがひたすら残念です。仕方ないのでノンアルコールビールと一緒にいただきます。
また、ゲシュム島はイラン政府の指定する特区で、税制上の優遇措置がとられています。巨大なショッピングモールが軒を連ね、食品、衣類、家電となんでも売っています。
安手の商品が多い様子でした。どう見てもコピー商品のブランドバッグを手に取ると、『中国製だよ。よくできてるだろ』と店員は悪びれる様子もありません。
いかがでしたか。どれ一つとっても観光の目玉となるにふさわしい資源が、おしげもなくごろごろと転がっているのがゲシュム島なんです。
そして何よりすごいのは、旅行者がぜんっぜんいないこと。イラン人がちらほらいる程度ですが、その魅力に気付いている人はまだ少ないようです。
私は元バックパッカーで、その後の特派員としての経験もあわせ、世界60カ国以上に行ったことがあります。そんな中で、ベストの穴場スポットを挙げるとしたら、間違いなくここです。
しかも、いま紹介したのは一応は名前の付いている場所だけ。島内には「日本にあったらひっきりなしに観光バスが来るだろうな」と思わせる、名もなき景観がほうぼうにあります。
たとえば、車窓から見た景色の中には、まるで首長竜かウミガメか、といった風情の岩山が。
山肌からはがれ落ちた漆喰のような岩も見ました。一つ一つが人の身長よりゆうに大きい巨岩です。しかし、誰も気にする様子はありません。
実はこの島、観光地としての開発がまったく進んでいません。公共交通機関はほとんどなく、道路は整備されず、案内看板や標識のたぐいも極めて乏しいため、地元の人の案内なしではまずどこにも行けません。多くの場所で入場料すら取られません。ホテルもかなり数が限られています。
ゲシュムは特例として、イランのビザがなくても入れます(状況は変化する可能性があるので、渡航前にイラン大使館に確認を)。
また、中東のハブで、成田、羽田、関西の3空港と直結するドバイから定期便が飛んでおり、アクセスも良好。世界の目利きツーリストに見つかってしまい、手垢を付けられてしまう前に行くといいかもしれません。
一つだけ注意を。行くなら必ず冬場にしてください。夏は最高気温が50度、湿度は100%近くに達します。シンプルに地獄です。
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