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連載

#13 役所をやさしく

「アンスコ」無意識に使っていた「役所言葉」 #役所をやさしく

職員の意識改革に「やさしい日本語」が示した威力

イラスト・逸見恒沙子
イラスト・逸見恒沙子

小難しい「お役所言葉」で書かれた役所の文書を、誰にとっても分かりやすい「やさしい日本語」に変えようとしている神戸市。中心を担ってきた若手職員の中井係長と、ベトナム人職員のダンさんは、約1年にわたる取り組みの最終報告をしに、市長のもとへ向かいました。緊張する二人に市長が投げかけたのは「これからも、あなたたちだけでできますか?」。驚く二人。でもそこには、やさしい街への決意が込められていました。

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【前回までのあらすじ】
ついに完成したやさしい日本語の資料。意気揚々と留学生に見せにいった神戸市職員ですが、留学生からは「それで、結局、どうすればいいの?」と質問が返ってきました。なぜ伝わらなかったのか、ベトナム人職員のダンさんが外国人視点で見直して、文書を改善しました。

市長のむちゃぶりに葛藤 役所を「やさしく」  
ひとりぼっちの家に届いた恐怖の通知

20回説明しても伝わらない日本語って何なんだ? 
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日本語上級者の「N1」でもわからない文書って?

「日本語がでてこぉへん」

緊張の面持ちで神戸市の久元喜造市長が待つ部屋の扉を開けた中井係長とダンさん。

久元市長こそが、「すべての市民にとってわかりやすい公文書改革を進めてください」という難題を示し、やさしい日本語推進プロジェクトのきっかけを作った人なのだ。

ようやくたどり着いたやさしい日本語の取り組みの検証。中井係長とダンさんはその結果を報告するとともに、今後どんなことができるのか伝えようとしていた。


モニターに映し出した資料をもとに、外国人が行政文書を理解する際にやさしい日本語がいかに助けになるかを説明する中井さん。

いつものようにテンポのいい日本語とはいかないものの、昨日の夜から考えに考え抜いたメモを片手に懸命に説明するダンさん。

手元がちょっと震えているのがいつものダンさんらしくない。「ここで説明を失敗したらどないすんねん。俺の責任やん。日本語がでてこぉへん」というダンさんの心の叫びが聞こえてきそう。

イラスト・逸見恒沙子
イラスト・逸見恒沙子

市長からの思わぬ問いかけ

外国人留学生たちに協力してもらって、理解度を検証すると、従来、役所の窓口で国民健康保険の説明に使っていた資料では、正答率が44%だったのに対し、外国人留学生や日本語教師の指摘も受けて改善を続けた「やさしい日本語」の資料では、81%まで上がった。
 
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「これらの検証によって、外国人へ情報提供するときにやさしい日本語の活用が大切であることが分かりました。外国人だけでなく、すべての市民にも分かりやすい情報提供を提供できる可能性もあります。まずはやさしい日本語の活用を神戸市の取り組みとして進めていきたいと考えています」

中井係長からの説明が終わった。

時折質問を挟み、うなずきながら説明に聞きいっていた久元市長。ふと目元をほころばせ「さて、次に何ができますかね」と二人に問いかけた。「多言語化には限界があります。すべての言語、すべての文書を多言語化することはできないので、それを補うのがやさしい日本語ですね」と市長は続ける。

検証で使った国民健康保険に関する文書だけでなく、ほかにどんな文書をやさしい日本語にできるか話し合いは進んだ。

すると市長から思わぬ一言が飛び出した。「ダンさんたちだけでできますか」

「市役所目線がつらかった」

驚いて「いいえ」と首を振る二人に、「やさしい日本語が対象にするテーマは幅広いです。多くの部局にも関心を持ってもらう必要があります。市役所幹部を集めた会議で、今回の成果を説明して理解を得てください」と市長から提案があった。

やさしい日本語の成果が認められた! これから市役所全体の取り組みになるんだと、二人はホッと胸をなで下ろした。

二人の報告を聞きながら、久元市長は神戸市役所で仕事を始めた9年前の出来事を思い出していた。


◇ ◇

 

久元市長

「アンスコ」「コカセン」「コト」……。

飛び交う意味不明なコトバ。神戸市役所で仕事を始めた頃、職員が使う数々のコトバに苦労させられたものだ。

市役所の幹部職員とともに出席した市民のみなさんとの懇談会。住民からの介護関係の質問に幹部職員は「それは『アンスコ』に相談してください」と答えた。すると会場から「『アンスコ』って何ですか?」との疑問の声が上がったのも当然といえば当然。

市役所の中でしか通用しない言葉を、市民との公の席で平気で使う感覚は変えていかなければと、横に座っていて強く感じたことをはっきりと覚えている。

「アンスコ」は「あんしんすこやかセンター」、「コカセン」は「こども家庭センター」、そして「コト」は「固定資産税・都市計画税」。

役所の中でしか通用しないはずで、「市役所以外の人には想像すらつかないわな」と、ひとり言をつぶやいた日々。相手のことを考えようとしてくれない「市役所目線」が辛かった。
イラスト・逸見恒沙子
イラスト・逸見恒沙子

 

久元市長

こんなことがあってから、市役所は市民に対して市の仕事をわかりやすく伝えているのか、そんな目線でホームページやポスター、通知文書などを見るようになった。

とても分かりにくく、改善の必要性を強く感じる事例があちこちにあった。
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久元市長

さて、「やさしい日本語」は、単に漢字を平仮名に言い換えるとか、子どもでもわかる表現にするとかということではない。

わかりやすい、相手の立場に立った日本語を使うこと。そのためにはもちろん相手の立場に立って「考える作業」がなくてはならない。

どんな人たちが読むのか。どんな状況で、何のために読むのか。内容に関心がないとしても、読んでもらわないと困る内容なら、どうすれば読んでもらえるのか……。考えればきりがない。

そして、これを実現するにはかなり想像力を必要とする知的作業を続けなければならない。

こう考えると、「やさしい日本語」を書き、「やさしい日本語」で話すための作業は、自分自身の想像力、思考力、表現力、コミュニケーション能力を高める取り組みでもあると思う。

中井係長や、ダンさんが1年間、試行錯誤してくれたように、相手のことを思って「やさしい日本語」を自然に使えるようになれば、職員一人ひとりのこれらの能力が高まるだろう。

多くの職員が「やさしい日本語」を使いこなすことができるようになれば、組織全体の力も高まるに違いない。

神戸市では職員が心がける指針をまとめたクレド(職員の志)がある。その第1は、「どんなときも市民目線」と掲げている。

「やさしい日本語」の取り組みが成果を上げることができれば、神戸市の仕事のやり方を「市役所目線」から「市民目線」に転換することにつながると確信している。

〈久元喜造(ひさもときぞう)〉
神戸市出身。東京大学を卒業後、自治省(現総務省)に入り、自治行政局長などを務めた。神戸市の副市長となった後、2013年の市長選で初当選。2017年に再選。

本当の「闘い」はここから

市長への報告を終えたダンさん、中井さん。ホッとしたのもつかの間。心はすでに次の挑戦に向かっているようです。

 

ダンさん

やさしい日本語の検証結果を自分で市長へ説明することになるとは、このプロジェクトを始めた当初は思ってもいなかった。

説明の間、心臓が壊れるかと思うほど心拍数が上がった。市長からやさしい日本語の成果を認めてもらえ、心がようやく落ち着いた。

その日の晩、祝杯用に取っておいた大好きな日本酒「播州一献」を開封。ひとりでそっと祝杯をあげた。

ん? 一緒に仕事をしていたら、ちょっと中井係長に似てきてしまった。

やさしい日本語を広めていく本当の闘いはこれから。市役所幹部を説得し、現場の人々を説得し、僕たちの闘いはいま始まったばかり……。

〈多文化共生専門員 ダンさん〉
ベトナム人。来日9年目。神戸市役所 市長室 国際部 国際課 多文化共生専門員。神戸市ベトナム語版Facebookの開設・運営など、外国人の視点から神戸市の多文化共生関連事業に携わる。プロジェクトでは、自分の経験に基づき、外国人に求められる情報ややさしい日本語について監修。

ダンさんのコラムは、神戸市ベトナム語版Facebookで読むことができます。

 

 

中井係長

取り組みを始めた当初、やさしい日本語の有効性について懐疑的に感じていた自分がいた。

初めてやさしい日本語の文章を見たとき違和感があった。

日本人が慣れ親しんだ熟語表現がない。簡単な言葉をあまりにも直接的に使っている。これで本当に分かりやすいのだろうか。理解を深めるなら多言語対応の方が良いのではないかと思った。

でも、苦労して作り上げたやさしい日本語の資料を見た留学生が「これならパッと見て『読んでみよう』と思える」と言ってくれたり、テスト結果を整理したりする中で、やさしい日本語の効果を実感できた。

日本語の表現にとどまらず、情報の選択やレイアウトを含めて配慮した「やさしい日本語」は日本人である自分にも分かりやすくなった。
「やさしい日本語」への足跡=神戸市提供
「やさしい日本語」への足跡=神戸市提供

 

中井係長

市長のお墨付きももらえた。市役所内で外国人ニーズの高い分野から着実に、ぬくもりが五臓六腑に染み渡る熱燗のようなやさしい日本酒の浸透に取り組んでいく。

あ、やさしい「日本語」でした。

それではいつも通り……、乾杯!!! あれ? 播州一献?

なんだろう不思議な感じが。まぁいいか考えるのはあとあと。ぐびっ、ぐびっ。

さあ、次の取り組みを始めよう!

まずは、役所内で今回の取り組みについて、もっと多くの人に知ってもらおう。理解者を増やして、さまざまな制度の「この道のプロ」の職員たちに知見をもらおう。

そして、分かりやすい資料を作るには、意見をくれる外国人や日本語教師の「応援団」も欠かせないぞ。

神戸市におけるやさしい日本語の活用に向けた取り組みはまだ始まったばかり。いつの日か地域でもやさしい日本語によって日本人と外国人が繋がれるような多文化共生社会の実現に向けて、ダンさんと奮闘を続けていきます!

〈中井係長〉
酒好き。神戸市役所 市長室 国際部国際課。やさしい日本語推進プロジェクトの中心的役割のはずなのに、落ち込みがち。

 

ダンさん

それでは最後に、ダンのワンフレーズ。

「彼を知り己を知れば百戦あやうからず」

常に現場の声に積極的に耳を傾け、それぞれの課題やニーズを知ること。そして、やさしい日本語の効果的な使い方を知ること。やさしい日本語を広めるには、その両方が必要。精進あるのみ。
イラスト・逸見恒沙子
イラスト・逸見恒沙子

#役所をやさしく

神戸市とwithnewsの共同企画で、計13回に渡って連載してきた「#役所をやさしく」は、今回で終了します。

連載を記念して、神戸市の中井係長やダンさんを招いたFacebookLiveを、3月8日(月)14時から、withnewsのやさしい日本語ニュースのページ(https://www.facebook.com/yasashiinews)で配信します。

「やさしい日本語推進プロジェクト」で、感じた役所の「本音」や、外国人が分からない「役所言葉」の伝え方について、ダンさん、中井係長とトークします!

申し込み不要で、誰でも見ることができます。ぜひご試聴ください。
 

これは神戸市とwithnewsの共同企画です。
小難しい「お役所言葉」を、誰にでも分かりやすい「やさしい日本語」にしたい。

神戸市の若手や外国人職員が中心になって立ち上げた「やさしい日本語推進プロジェクト」で、さまざまな声の板挟みになる現場や外国人の「本音」を紹介していきます。

本当に役所は「やさしく」なるのか。みなさんのご意見を「#役所をやさしく」をつけてツイートしてください。

 
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