「小難しい」言葉の代名詞ともいえる「お役所言葉」を、市民にとって、もっとやさしくしたい。そんな市長の鶴の一声で、若手や外国人職員が中心に「やさしい日本語推進プロジェクト」を立ち上げた神戸市。慣例や葛藤……役所内でさまざまな「つぶやき」が漏れるなか、ようやく、「やさしい」資料の土台ができました。完成後、「私の常識が崩れそう……」と日本人職員が思わずつぶやいた内容とは。
【前回までのあらすじ】
小難しい「お役所言葉」を変えるべく、神戸市の若手や外国出身の職員チームは手始めに年金や医療保険について説明する文書を「やさしい日本語」に変えようとしますが……。
ひとりぼっちの家に届いた恐怖の通知
20回説明しても伝わらない日本語って何なんだ?
「翻訳は、あえてしない」多言語対応の限界とは?
異文化の果てなき戦い? 「ゴミ捨て」問題のワナ
日本人の私が「外国人」だった時…職員の気づき
「誰も飲めない物」作る? ベトナム人職員の気づき
削りに削った文書
神戸市役所のやさしい日本語推進チームは、まず、外国人職員から、役所とのコミュニケーションで困った経験を聞き取りました。
外国人職員の話によると、まだ日本語が苦手だった留学時代、役所から届く「恐怖の通知文」があったとのこと。それは「国民健康保険・国民年金」のお知らせでした。
「学校で習わない日本語ばかり」で「長々しい言い回し」。結論が見えず「いったい、何が問題?」「もう日本にいられない?」と不安ばかりが募ったそうです。
チームはその不安を解決すべく、手始めに「国民健康保険・国民年金」のお知らせを見直していきました。
まず、これまで、役所の窓口で国民健康保険・国民年金について、説明するときに使っていた資料は、こんな感じでした。

一部イラストで説明を補足していますが、文章での説明がメインです。
「保険証の封筒のあて名は、在留カードと同じ名前です。郵便受けにも同じ表記で名前を書いておいてください。郵便受けに名前の表記がないと郵便物が届かないことがあります」という感じ。日本語の初級では勉強しない言葉もありました。
そして、「やさしい日本語」にしたものはこんな感じになりました。
文章での説明がほとんどありません。
「あなたがすること」「区役所の人がすること」に分けて、やるべきことをイラストにしました。
必要最低限に絞った文章は、「郵便の箱に在留カードと同じ名前を書きます」と、やるべきことが短く、明確に一文になっています。

外国人と日本語教師がチェック
もともと「外国人にも分かりやすい」だろうと思って作っていた文書を、もっとやさしくするにはどうしたらいいか?
最初に神戸市中央区の保険年金医療課の担当者が、掲載する情報を見直して、表現もできるだけやさしい日本語にしました。
でも「それでは、まだ難しい」。そこから外国人職員や日本語教師がチェックして、さらに情報を削って選び出し、表現を変更しました。
「それでも、まだ難しい」と、わかりにくい表現を改善したり、イラストを活用したりして、視覚的に分かりやすいものに変えました。
こうした「もまれにもまれてできた文書」が生まれました。中心を担った神戸市役所のベトナム人職員ダンさんが、狙いを説明します。
ダンさんは、日本人職員が「最近、やさしい日本語能力はもう抜かれた気がする」と評価するほどの「やさしい日本語」の使い手です。
「何をしなければいけないのか」が分かる
ダンさん
6つの点に注意をしながら、資料を作りました。
①日本語にまだ慣れていない人にもわかりやすい単語を使う
②ストレートな表現にする
③一文を短くする(ひとつの文には、ひとつの情報)
④主語・述語・動詞。言葉の文節単位に分けて書く(わかち書き)
⑤イラストを多く使う
⑥情報を視覚的に整理する
日本語がまだ得意ではない外国人にとっては、文書だけでは理解が難しいので、日本にしかない制度の内容は見るだけで理解できるように、イラストで説明しました。
⑤までは、「やさしい日本語」のコツとしてよく紹介されていることです。出入国在留管理庁の「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」でも整理されています。
でも、実は僕たちが、最も力を入れたのが、⑥の「情報を視覚的に整理する」です。
文書を受け取った外国人が一番知りたいことは、「何をしなければいけないのか」です。
何もしないとどんなことが起きるのか、受け取った人は不安になります。 そこで、受け取った人がすることと、区役所の職員がすることを左右に整理。色も変えてみました。誰がなにをするのかすぐに分かります。
これは、外国人だけではなく、日本人にも分かりやすいと思っています。
これから検証を始めますが、その結果がどうなるかドキドキしています。
今回作った「やさしい日本語の文書」は、本当にやさしくなったのか。どうすればもっとやさしくなるのか。
みなさんのご意見も、ぜひ「#役所をやさしく」をつけてツイートしてくださるとうれしいです!

〈多文化共生専門員 ダンさん〉
ベトナム人。来日9年目。神戸市役所 市長室 国際部 国際課 多文化共生専門員。神戸市ベトナム語版Facebookの開設・運営など、外国人の視点から神戸市の多文化共生関連事業に携わる。プロジェクトでは、自分の経験に基づき、外国人に求められる情報ややさしい日本語について監修。
ダンさんのコラムは、神戸市ベトナム語版Facebookで読むことができます。
「手帳」なのか「本」なのか
とは言え、日本人からすれば違和感のある表現もあるようです。
中央区役所保険年金医療課の境田さんは、できあがった文書を見て、ちょっと不安を感じています。
境田さん
前からあった資料もきれいにまとまっていたが、工夫次第で変えられるところが残っていたことを知った。常に良くしようという「改善の視点」を持つことが大切だと思い知らされた。
ただ、新しい資料には正直、戸惑う部分もある。「年金の本」だ。

境田さん
年金手帳という言葉に慣れ親しんできた私には、とっても違和感がある表現だ。
日本語が得意ではない外国人でも理解できる表現が必要ということは共感できる。本当に外国人にとって「手帳」より「本」の方が分かりやすいのだろうか。この先も日本で暮らすなら、「年金手帳」という正しい言葉を、早い段階から知っておくべきではないか。
やさしい日本語を使った資料は、効果を検証する段階になった。窓口でも実際に資料を使って、外国人の反応や対応する職員の手応えなどを調査する予定だ。
「手帳」なのか「本」なのか。
その答えを一刻も早く知りたい。仮に、もしも、「本」の方が理解しやすいなら。 私の常識が崩れていきそう……。
〈中央区役所保険年金医療課 境田さん〉
令和2年度新規採用職員。国保担当。新型コロナウイルスの拡大で海外からの転入者が減少しているため、日本語の通じない方と窓口で接した経験は多くない。新型コロナウイルス収束後、増えるだろう外国人への対応をうまくできるか不安な日々。

これは神戸市とwithnewsの共同企画です。
小難しい「お役所言葉」を、誰にでも分かりやすい「やさしい日本語」にしたい。
神戸市の若手や外国人職員が中心になって立ち上げた「やさしい日本語推進プロジェクト」で、さまざまな声の板挟みになる現場や外国人の「本音」を紹介していきます。
本当に役所は「やさしく」なるのか。毎週金曜日に配信予定です。