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連載

#3 役所をやさしく

20回説明しても伝わらない日本語って何なんだ? #役所をやさしく

規格外の公務員、トレーニング中の気づき

イラスト・逸見恒沙子
イラスト・逸見恒沙子

目次

シンプルでわかりやすい「日本語」を使って、日本語にまだ慣れていない外国人にも情報を提供する「やさしい日本語」。
「小難しい」言葉の代名詞ともいえる「お役所言葉」もやさしくするべく、ある自治体が本腰を入れました。やさしい日本語の「発祥の地」ともいえる、神戸市です。

しかし、若手や外国人職員の推進チームの前に立ちはだかったのは「慣例の壁」。健康保険をどう説明すればわかりやすいのか。頭を悩ませるのは、表の顔は公務員、裏ではSASUKE完全制覇を目指しているマッチョな北風さん。公文書は「完全制覇」できるのか? 

役所内のさまざまな声の板挟みに、ふと漏らした本音には、さまざまな国のルーツの人が当たり前のように一緒に暮らす時代への、ヒントがあるかもしれません。一緒に、のぞいてみませんか。

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【前回までのあらすじ】
外国人職員の経験を聞いて、家に届く「恐怖の通知文書」の存在に気づいた神戸市職員。そこで、郵送される「国民健康保険の更新のお知らせ」や、窓口で渡す「国民年金、国民健康保険」の説明書きを、外国人にも分かりやすい「やさしい日本語」にしようと、奮闘を始めました。 

第1話 市長のむちゃぶりに葛藤 役所を「やさしく」  
第2話 ひとりぼっちの家に届いた恐怖の通知

トレーニング室のダイバーシティ

「そもそも、外国人に分かりやすい文書って、どんなものだろうか……」

中央区役所で国民年金の事務を担当する北風さんは、考えていました。

 

北風さん

仕事終わりに兵庫県立体育館のトレーニング室に通う。月1回の閉館日以外は欠かさない日課だ。

トレーニング室を見渡すと、まるで小さな「多文化共生社会」だ。フランスと日本の治安の差について話すフランソワさん(40代)はフランス人。日本語はまだたどたどしくても、なぜか日本の「若者言葉」が流暢なドク君(10代)はベトナム人だ。

「ケンコウホケンシカクソウシツショウメイショを持ってきて下さい」

役所の先輩が、受話器越しに、20回ぐらい同じ言葉を繰り返していた姿が目に焼き付いている。きっと問い合わせをしてきた外国人は、「健康保険資格喪失証明書」という言葉を、見たことも聞いたこともなかっただろうな。

言い方を工夫して、簡単な言葉にしたらどうだっただろうか。 時間はかかるかもしれないけど、相手が理解できるまで、表現を変えてみて、説明することが大切だと考えた。 たとえばこんな風に。

「会社を辞めると、会社を辞めるまで持っていた健康保険証の資格が無くなったという証明を会社が作ってくれます。その健康保険の資格が無くなったという証明書を資格喪失証明書と言います。その証明書を持って来て下さい」。

20回、同じ言葉を繰り返すより、きっといいはずだ、そう思って僕は実践してきた。

ヒントは自分の日常にあった

 

北風さん

そして出会った「やさしい日本語」推進プロジェクト。

検討会議の場で、ベトナム人職員のダンさんから「文章で説明するときは、ある程度日本語が分かっている外国人には、文章を短くした方が良いですよ」と、思いがけない一言をもらった。

時間をかけてでも理解してもらえるまで説明できる窓口や電話での応対と、文章での説明は違うそうだ。表現を変えた文章を次々と渡せない状況では、伝えたいことをより簡潔にすることがとても大切だと言う。

そこで、異文化の人と、何気ない会話を交わすトレーニング室を思い出す。そういえば、お互いに理解できる言葉を選びながら、短い表現で伝えあっていたな。なるほど!ヒントは自分の日常にあったのだ。

このプロジェクトは、最低限伝えなければならない情報を選び出して、分かりやすい、短い日本語で外国人に伝えることを研究していくプロジェクト!!

これは非常に頭を使う、なかなか大変なプロジェクトにかかわってしまったな。

〈北風さん〉
世界165の国と地域で放送されているスポーツ特別番組“SASUKE”。その実力派チーム山田軍団‘黒虎’の一員。
SASUKE完全制覇のため、筋力を高める毎日のトレーニングを欠かさない。
趣味の将棋ではアマチュア五段で全国大会にも2回出場。神戸市役所の将棋部前代表。大手監査法人勤務後、26歳の時に神戸市役所へ転職、本庁各部署を経験後、現在は中央区役所保険年金医療課の年金担当をしている異色の公務員。
「やさしい日本語」推進プロジェクトにより“やさしい日本語”が市役所内を‘完全制覇’することを期待している。

「新たなチャンネル」

神戸に住む外国人向けの日本語学習支援の充実に日々尽力している日本語教師の尾形さんでも、外国人に分かりやすい文書を作る難しさを改めて実感していました。

 

尾形さん

誰かと意思疎通をはかろうとするとき、相手によって、自分の持っているいろいろなチャンネルを使い分けている。「丁寧さ」「方言」「世代」「職業」「性別」など。

どのチャンネルを使うか瞬時に判断して、一番適切なことばを選び出す。

「やさしい日本語」は、日本語があまり上手ではない在住外国人を対象にした「新しいチャンネル」なのだろう。

この新しいチャンネルは、使う人の強い意志を必要とする。「何を伝えるのか」「何を知ってほしいのか」。発信する側がその内容を明確にできていなければ、いくら「やさしい日本語」という新チャンネルを使っても伝わらないことも実感した。

やさしい日本語は、日本語を母語とする私にとっても「外国語」と同じ。新しいチャンネルは、学ばなければ習得できない。どの単語をつかえばいいのか、どんな表現にすればいいのか。 産みの苦しみがあり、今回、その苦労を実感している。

このプロジェクトは、私の生活の新たなチャンネル……。でもね、そう考えると、とっても楽しい!!!
イラスト・逸見恒沙子
イラスト・逸見恒沙子

〈尾形さん〉
神戸国際協力交流センター・総括コーディネーター兼地域日本語教育コーディネーター 。
日本語教育に関わって、早や四半世紀!「少女老いやすく学成り難し」たぶんあの世に行くまで学び続けるのだろうと思う今日この頃……。
南国土佐を後にして数十年経っているのに、未だハチキン魂が抜けず、戦うコーディネーターとして、日々奮闘中。

少しずつ、目指すべき「公文書」の形が見えてきた「神戸市やさしい日本語推進プロジェクト」のメンバー。

やさしい日本語は「新しいチャンネル」。一方で、「やさしい日本語に正解はない」という言葉にも行き当たります。

「やさしい役所」を目指し、日本人担当者と外国人職員の意見交換・苦悩は続いていきます。

 

これは神戸市とwithnewsの共同企画です。
小難しい「お役所言葉」を、誰にでも分かりやすい「やさしい日本語」にしたい。

神戸市の若手や外国人職員が中心になって立ち上げた「やさしい日本語推進プロジェクト」で、さまざまな声の板挟みになる現場や外国人の「本音」を紹介していきます。

本当に役所は「やさしく」なるのか。毎週金曜日に配信予定です。
 
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