小難しい「お役所言葉」で書かれた役所の文書を、誰にとっても分かりやすい「やさしい日本語」に変えようとしている神戸市。まずは年金や国民保険の手続きを説明する文書を見直しました。日本語を勉強中の留学生たちにテストを受けてもらい、理解度を検証したところ、やさしい日本語の効果が証明された一方で、日本語上級者でも従来文書は読み解けないことが判明。「日本語を勉強してもらう」だけでは解決できない問題も見えてきました。
【前回までのあらすじ】
ついに完成したやさしい日本語の資料。意気揚々と留学生に見せにいった神戸市職員ですが、留学生からは「それで、結局、どうすればいいの?」と質問が返ってきました。なぜ伝わらなかったのか、ベトナム人職員のダンさんが外国人視点で見直して、文書を改善しました。
ひとりぼっちの家に届いた恐怖の通知
20回説明しても伝わらない日本語って何なんだ?
「翻訳は、あえてしない」多言語対応の限界とは?
異文化の果てなき戦い? 「ゴミ捨て」問題のワナ
日本人の私が「外国人」だった時…職員の気づき
「誰も飲めない物」作る? ベトナム人職員の気づき
「私の常識が崩れそう…」日本人職員が嘆いた文書
ついに完成!外国人のための文書改革に落とし穴…
「無視してたら督促状が……」留学生を襲った結末
「年金手帳、僕は捨てた」外国人が悩む日本語の沼
正答率は1.5倍
神戸市の「やさしい日本語推進プロジェクト」の中井係長と、ベトナム人職員のダンさんは、神戸市内の日本語学校・専門学校11校、外国人留学生104名に協力してもらいました。中井係長が報告します。
〈中井係長〉
テストは、まず従来、役所の窓口で使っていた文書を読んで、質問に答えてもらいました。
次に、同じ内容について、文章を短くしてふりがなを振り、イラストをつけた「やさしい日本語」の文書を読んでもらい、同じ質問に答えてもらいました。

問題別に見ると、「やさしい日本語(やさ日)」にしたときの正答率はすべて上がりました。(複数回答が必要だった問題は、選択肢を一つしか選ばずに不正解となった人が多かったため、検証結果から除外しました)
全体で見ると正答率は44%から65%に上がりました。良かった!
ひと手間が大事
日本語教師や留学生から頂いた、さまざまな「突っ込み」(分かりにくいという声など)を踏まえて、「やさしい日本語」の文書をさらに改善。
読む負担が減るように文字数を減らすため、主語を省略していた部分は、「誰が何をするのか分からない」と指摘されました。だから、「一緒に書きます」という文を、「区役所の人があなたと一緒に申込書を書きます」と変えました。
「視覚的に分かりやすくしたい」という一心で、色を使い過ぎていたところは、読み間違える人が多かったと反省。改善版はあえてモノトーンにして、伝えたいことを一つずつ図形でまとめました。

広めていくにはやっぱり質が高くなくてはだめ。よく使われる、重要な文書をやさしい日本語にするときには、日本語教師や外国人に意見をもらうことを忘れてはいけない。ひと手間が大事だと気づかされました。
質の高い、職人のひと手間を感じる日本酒が格別な味わいなのと同じだな。

日本語のレベルと比べても
日本語を勉強していれば、役所の文書は分かるのでしょうか?
理解度を留学生の日本語能力別に集計し直してみると、日本語能力試験で一番難しいレベル「N1」に合格した人でさえ、従来の資料での正答率は「70%」でした。やさしい日本語にすると「95%」に上がりました。
そして、一番やさしいレベルのN5の人だと、従来の資料では「13%」とかなり理解が難しかった一方で、やさしい日本語にすると「50%」に増えました。
学習環境にもよりますが、N4、N5レベルでも、習得するのに300~400時間ぐらいかかると言われています。これは、日本人が中学3年間で英語を勉強したのと同じぐらいの時間です。
そんなに勉強してきた人たちでも、やさしい日本語にしてようやく、役所が伝えたいことの半分ぐらいしか伝えられません。きちんと情報を伝えるためには、多言語での支援も必要だなと改めて感じました。
「簡単な日本語を使えばいい」ではない
日本で暮らす外国人と日本人がともに気持ち良く地域で生きていくためには、まず生活に必要な情報やルールを知ってもらうことが大切です。その情報提供を担っているのが役所です。
それと同時に、地域で外国人と日本人がお互いに意思疎通ができることも大切。外国人に少しでも日本語能力を高めてもらうため、私たちは日本語を勉強するための環境を整えることに取り組んでもいます。そして、日本人側は「やさしい日本語」など分かりやすい表現を使って、歩み寄れば、もっとお互いにとって住みやすい町ができるんだと思います。

最初は「やさしい日本語」って何だろうと、自問自答していた私。外国人向けの日本語表現だと思っていました。
でも、「簡単な日本語を使えばいい」ということだけではないことが、今回の取り組みで、よく分かりました。
やさしい日本語の資料を作るときに一番力を入れたのは、とにかく何を伝えたいのか、情報を整理することでした。
伝えたいことを、単純に、分かりやすく配置する。これが一番重要で、外国人へ情報提供するときに限ったことではないと気づきました。
やさしい日本語の取り組みは、神戸市長の目指す「(外国人も日本人も)すべての市民にとってわかりやすい公文書」につながる足掛かりであることを強く感じました。
作り手の気持ちを直に聞いて、理解して飲んだ日本酒は、やっぱり格段に味わいが違います。お互いが歩み寄る大切さ。
丁寧でありながら、純粋にうまい酒。これはみんながうまいと感じるはずで、きっと市長もうまいと感じてくれるはず。
あれ、日本酒の話ではなかったか。まぁ、とりあえず飲んで考えを整理しますか。残すは、市長への成果報告。どきどき……
〈中井係長〉
酒好き。神戸市役所 市長室 国際部国際課。やさしい日本語推進プロジェクトの中心的役割のはずなのに、落ち込みがち。
ようやく検証も終わり、やさしい日本語の効果とその注意点が分かってきた中井係長。
「すべての市民にとってわかりやすい公文書改革を進めてください」という言葉で、この取り組みのスタートを切った市長。いよいよ市長にその内容を報告しに行くことになりました。
果たして、市長の期待に応えられる内容なのか。今夜も中井係長の晩酌はとまりません。
先ず隗より始めよ
ダンさん
ですが、やってみて分かったのは、外国人向けに分かりやすい文書は、日本人にも分かりやすい文書でなければならないということでした。
逆に言えば、僕らが外国人向けに分かりやすい文書を作るときは、まずはそれを日本人にとって分かりやすい文書にしなければならないということです。
「外国人に分かりやすい文書」に向けた身近な取組をこれまで通り着実に進めていくことが大切です。それが最終目標である「全ての市民にとって分かりやすい公文書」にきっとつながります。
「先ず隗より始めよ。(Bắt đầu từ những việc gần với mình trước khi hướng tới mục tiêu xa)」
〈多文化共生専門員 ダンさん〉
ベトナム人。来日9年目。神戸市役所 市長室 国際部 国際課 多文化共生専門員。神戸市ベトナム語版Facebookの開設・運営など、外国人の視点から神戸市の多文化共生関連事業に携わる。プロジェクトでは、自分の経験に基づき、外国人に求められる情報ややさしい日本語について監修。
ダンさんのコラムは、神戸市ベトナム語版Facebookで読むことができます。

これは神戸市とwithnewsの共同企画です。
小難しい「お役所言葉」を、誰にでも分かりやすい「やさしい日本語」にしたい。
神戸市の若手や外国人職員が中心になって立ち上げた「やさしい日本語推進プロジェクト」で、さまざまな声の板挟みになる現場や外国人の「本音」を紹介していきます。
本当に役所は「やさしく」なるのか。みなさんのご意見を「#役所をやさしく」をつけてツイートしてください。
毎週金曜日に配信予定です。