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連載

#11 役所をやさしく

「年金手帳、僕は捨てた」外国人が悩む日本語の沼 #役所をやさしく

外国人職員も盲点だった突っ込み

イラスト・逸見恒沙子
イラスト・逸見恒沙子

目次

小難しい「お役所言葉」で書かれた役所の文書を、誰にとっても分かりやすい「やさしい日本語」に変えようとしている神戸市。試しに年金や国民保険の手続きについて説明した文書を見直して、本当にわかりやすくなったのか検証してみました。

市内の日本語学校や専門学校、日本語教室を回ったやさしい日本語推進チームのメンバー。
ところが、文書を熟読した日本語初級者がつぶやいたのは「それで、どうやって保険証をもらうの?」。全く伝わらなかった理由について、チームのベトナム人職員、ダンさんが「日本語初級者」の視点で考えました。

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【前回までのあらすじ】
ついに完成したやさしい日本語の資料。役所からの通知が読めず、無視していたら「真っ赤な紙(督促状)が届いて焦った」という経験があるインドネシア人留学生には、「これならパッと見て、『なんとかこの通知を読んでみよう』と思えます!」と絶賛してもらえましたが……。

市長のむちゃぶりに葛藤 役所を「やさしく」  
ひとりぼっちの家に届いた恐怖の通知

20回説明しても伝わらない日本語って何なんだ? 
「翻訳は、あえてしない」多言語対応の限界とは?
異文化の果てなき戦い? 「ゴミ捨て」問題のワナ
日本人の私が「外国人」だった時…職員の気づき
「誰も飲めない物」作る? ベトナム人職員の気づき
「私の常識が崩れそう…」日本人職員が嘆いた文書

「無視してたら督促状が……」留学生を襲った結末

年金手帳、僕は捨てた

「本来の用語はいつ覚えるの?」
「誰が、何をするの?」
「結局、どうすればいいの?」

訪問した学校の関係者や学生からもらったのは、予想外のコメントの数々でした。

自分は間違いなく「外国人」なのに、「外国人」ではなくなっていたなぁ。まだ日本語をうまく話せなかった初級のころの苦労を忘れていました……。

まず、年金手帳について「年金の本」など、日本語初級者でも分かりやすい言葉に置き換えたこと。

これに対して、「いつ本来の用語を知ってもらうの?」と日本語教師から突っ込みを頂きました……。


でも、いきなり「年金手帳」という専門用語を使って説明されると、それを知らない外国人には何も伝わらないし、理解しようという気になってもらえない。実際に私が留学生だったとき、「年金手帳」という言葉が、自分の家に届いた青色の本のことだと理解できず、捨ててしまったことがあります。
 
従来、外国人への説明に使われていた国民年金手続きメモの一部=神戸市提供
従来、外国人への説明に使われていた国民年金手続きメモの一部=神戸市提供


だから「手帳」という言葉を知らない人でも、「本」ならば理解できるかもしれないと思って、書き換えたのです。

ただ、それだけではご指摘の通り、「年金の本」が「年金手帳」を指していることが分かりません。確かに、この先も日本で生活するなら「年金手帳」という言葉も絶対に知っていて欲しい。

アドバイスを頂き、こんな風に書き変えました。

「年金手帳(年金の本)納付書(お金を払う時に使う紙)」

これなら、分かりやすい日本語とともに、正しい言葉も知ることができますね!
やさしい日本語で書き換えた年金手続きメモ。年金手帳(年金の本)と補った=神戸市提供
やさしい日本語で書き換えた年金手続きメモ。年金手帳(年金の本)と補った=神戸市提供

日本語ならではのワナ

これでよし。お次は……。

誰が、一緒に何を、書くの?」と、日本語初級者から。

しもたっ!

やさしい日本語の資料には「あなたがすること」と「区役所の人がすること」を分けて書きました。

そして、読む負担を減らすことを考えて、文字数を減らそうとして、主語を省略したんです。
突っ込みをもらう前の、国民保険手続きメモ。主語を省略していた=神戸市提供
突っ込みをもらう前の、国民保険手続きメモ。主語を省略していた=神戸市提供
でもね、初級者にとって大事なのは基本文型(SOV・主語→目的語→動詞)を守った文。文の主語や補足部分をきちんと入れないと、かえって混乱を招くのです。

日本語以外の言語では主語を省略することは少ない。だから、主語のない文章だと、外国人が理解しにくいという原則を、日本語に慣れてしまった私はすっかり忘れていました……。

「一緒に書きます」とだけ書いてあった部分には「区役所の人があなたと一緒に申込書を書きます」と変えました。一文は長くなりますが、主語があった方が外国人に理解しやすく、間違いが少なくなります。
突っ込みをもらった後の、国民保険手続きメモ。主語を補った=神戸市提供
突っ込みをもらった後の、国民保険手続きメモ。主語を補った=神戸市提供

「伝わってない」とどめの一言

さて、とどめの一言がこれや。

それで、結局、どうやって保険証をもらうの?」と日本語学校の学生から。

ここに書いてるやん!」と突っ込みたくなる気持ちを抑えて考えてみる。
イラスト・逸見恒沙子
イラスト・逸見恒沙子
区役所の人が家に送った保険証は、郵便箱で受け取ってもらいたい。

これが、どんなにやさしく書いても外国人には全く伝わりませんでした。

文章で説明すると分かりづらいから、手順を(1)や(2)など数字でふったり、矢印にして、「あなた」がすべき行動の流れを分かりやすくしたつもりでした。
指摘を受ける前の「保険証のもらい方」。うまく伝わらなかった=神戸市提供
指摘を受ける前の「保険証のもらい方」。うまく伝わらなかった=神戸市提供
でも、実際に留学生と話をしみると、その矢印に気づかなかったり、先に別の文章を読んでしまったりして、混乱してしまった人もいました。

「視覚的に分かりやすくしたい」という一心で、色を使いすぎたこともあり、結局、何を強調したいのかが分かりにくい文書になっていたことが原因のようでした。

伝えたいことを一つずつ図形でまとめ、矢印なども強調されるように注意して文書を作り替えました。
指摘を受けて改善した「保険証のもらい方」=神戸市役所
指摘を受けて改善した「保険証のもらい方」=神戸市役所

三人寄れば……

既に完成したと思っていたやさしい日本語の文書がさらに分かりやすくなりました。

出入国在留管理庁の「在留支援のためのやさしい日本語ガイドライン」でも、「日本語教師や外国人に、わかりやすいかどうか、伝わるかどうかをチェックしてもらう」という最終工程がありました。

いろんなひとの意見が「気づき」につながった。ひとりでは見えないことが、みんなで見ることで見えてくる。検証の大事さを実感しました。


三人寄れば文殊の知恵(Một cây làm chẳng nên non, ba cây chụm lại nên hòn núi cao)

〈多文化共生専門員 ダンさん〉
ベトナム人。来日9年目。神戸市役所 市長室 国際部 国際課 多文化共生専門員。神戸市ベトナム語版Facebookの開設・運営など、外国人の視点から神戸市の多文化共生関連事業に携わる。プロジェクトでは、自分の経験に基づき、外国人に求められる情報ややさしい日本語について監修。

ダンさんのコラムは、神戸市ベトナム語版Facebookで読むことができます。

 

 

これは神戸市とwithnewsの共同企画です。
小難しい「お役所言葉」を、誰にでも分かりやすい「やさしい日本語」にしたい。

神戸市の若手や外国人職員が中心になって立ち上げた「やさしい日本語推進プロジェクト」で、さまざまな声の板挟みになる現場や外国人の「本音」を紹介していきます。

本当に役所は「やさしく」なるのか。みなさんのご意見を「#役所をやさしく」をつけてツイートしてください。

毎週金曜日に配信予定です。
 
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