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電車の窓に映る顔が「死んだ父」 50代でスキンケアにはまったワケ

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50代でスキンケアを始めたという男性。話を聞くと、スキンケアで得たものは、美肌だけでなく、生き方への新たな視点でした。取材した記者が振り返ります。(朝日新聞デジタル企画報道部、山下知子)
「電車の窓に映った自分が死んだ父に見えた日、スキンケアはじめました。」(平凡社、2023)ーー東京・池袋の書店をぶらぶらしていて、そんな本のタイトルが目にとまりました。
分かる!! 取材帰り、JR中央線の窓に映る疲れ切った自分に母が重なったことがあった記者(47)は、共感しつつ、気になりました。スキンケアを始めた中年男性の心には、どんな変化が起こったのかーー。取材を申し込むと快諾してくれました。
著者の伊藤聡さん(53)は東京都在住の会社員。ライターとしても活躍し、23年8月から、美容雑誌「美的」(小学館)の公式サイトで「中年男性、トキメキ美容沼へ」を連載しています。
伊藤さんは、自分の肌を触り、体調の変化を知る中で「自らをケアしない中年男性の不健全さに気が付いた」と話し始めました。
まず指摘したのは、自分で自分のケアをする「セルフケア」の力です。
「スキンケアを始めて女性と話すことが増えた」という伊藤さん。「女性の多くは日々肌を触り、『疲れているな』などと手のひらから体調を感じ取っています。月経もあり、体調変化も自身がよく分かっている。女性はこんなにも自分自身のことを知っているんだと驚きました」
ここで、伊藤さんが言及したのが、英国のコメディアン、ロバート・ウェップの著書「『男らしさ』はつらいよ」(双葉社)の一節です。
ウェップはその中で「男性は自分をあまり大事にしない傾向がある。(中略)たとえば肺感染症にかかったとしても3カ月は耐えるのが本当の男だ、などと考える」と書いています。
伊藤さんは首肯して言います。
「かつての私も含め、男性がいかに自分の身体に対して無頓着だったか。私も背中に腫れ物ができたとき、強い痛みが出るまでそのままにしていました。自分の身体についてどこかひとごとのようで、日頃から『手入れ』する発想がないんです。そもそも、自分をケアすることが『負け』のように感じる中年男性は多いと思います」
背景の一つだと伊藤さんが指摘するのが、男性たちが育ってきた環境です。
「泣くな」「歯を食いしばれ」「ぺらぺらしゃべるな」……。中年男性たちの多くは、そんな「男らしさ」が美徳とされる環境で育ってきたといいます。「痛い、つらい、悲しいといった感情は口に出さず、身体の不調を訴えず、ちょっとやそっとのことでは動じない。それが『あるべき姿』とされてきました」
だから、「肌がガサガサしている、乳液を塗ろうかな」なんていうケア行動をする人は、些末なことでいちいち騒いでいる「男らしくない」人になるといいます。
伊藤さんは言います。「自立とは経済的なことだけでは決してありません。自分の状態を知り、適切に対処する、ケアする。生きていく上で必要なスキルです」。伊藤さんはスキンケアからその一歩を始めることを提案します。
それでもいきなりスキンケアって、ハードルが高いのでは? 伊藤さんはこんな向き合い方を教えてくれました。
「ひげをそった後に乳液をなじませてみてください。驚くほど快適です。たくさん種類があって何を選べばいいか分からなければ、好きな香りで選んだらどうでしょう。乳液は入浴後も使えます。一日頑張って仕事して、『お疲れさん、自分!』と良い香りに包まれる。最高の安らぎですよ」
さて、記者には2人の息子がいます。高2の長男は、にきび予防の洗顔料を使い、風呂上がりに拭き取り化粧水で肌を整えた後、念入りに化粧水を肌に吸い込ませています。昭和生まれの50代父親とはまるで違う行動です。
朝日新聞が配信した記事には、こうしたスキンケアが「ルッキズムと紙一重」という指摘がありました。
地続きではありますが、日々のスキンケアは、必ずしも「見た目を気にする」ことだけではないと思います。唇が乾燥しそうだからリップを塗る、手が荒れやすいからクリームを塗る。ちょっとしたセルフケアで生活の質はぐっと上がります。
そうした自分をケアする力をつけてほしい。伊藤さんを見習って、できれば50代の父親も。
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関連記事では、スキンケアを始めて伊藤さんが得たのは〝ぷるぷるのお肌〟だけでなく、「自分を取り巻く環境や周囲への感度」だったという実体験を、さらに詳しく聞いています。
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