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ひとりぼっちの家に届いた恐怖の通知 #役所をやさしく

「33年の公務員人生、初めての発注」

イラスト・逸見恒沙子
イラスト・逸見恒沙子

目次

シンプルでわかりやすい「日本語」を使って、日本語にまだ慣れていない外国人にも情報を提供する「やさしい日本語」。

「小難しい」言葉の代名詞ともいえる「お役所言葉」もやさしくするべく、ある自治体が本腰を入れました。やさしい日本語の「発祥の地」ともいえる、神戸市です。
しかし、若手や外国人職員の推進チームの前に立ちはだかったのは「慣例の壁」。年金、医療、公文書・・・。本当に役所は「やさしく」なるのでしょうか。

役所内のさまざまな声の板挟みに、ふと漏らした公務員のつぶやき。その本音には、さまざまな国のルーツの人が当たり前のように一緒に暮らす時代への、ヒントがあるかもしれません。一緒に、のぞいてみませんか。

【前回までのあらすじ】
中央区役所で行われた神戸市「やさしい日本語」推進プロジェクト第1回検討会議。中井係長は、やさしい日本語の有効性に一抹の不安も抱えながらも、ベトナム人職員ダンさんの励ましもあり、とにかく一度やってみようということになりました。 

 第1話 市長のむちゃぶりに葛藤 役所を「やさしく」 神戸市職員のつぶやき

怖過ぎるのは「通知文書」

「やさしい日本語」に置き換える文書を何にするか。「どんな文書が難しかった?」。中井係長はこのプロジェクトの外国人メンバー、中国人職員・呂さんの意見を聞いてみました。

 

呂さん

日本に来たばかりで日本語がまだ得意でなかったころ、役所から自宅に届く通知が怖かったんです。 通知文は、学校では勉強しない、専門用語がたくさん出てくるので。

「…であっても、…でなければ、…できなくなります」とか「○○は、…の後でなければ提出できず、…の後1か月以内に提出してください」など、長々しい言い回しも、いったい何が言いたいのか、わからない。

「何か問題があったのだろうか、在留資格がなくなってしまわないだろうか」と不安ばかりが募りました。

区役所の窓口に行くときは、日本語ができる知人に付き添ってもらったり、通訳の人が手伝ってくれたりして、何とか意味を理解できるんです。 でも、自宅ではひとりぼっち。

通知文の専門用語や長々しい言い回しなどの難しい表現が理解できないと、不安に後押しされるようでした。何度も区役所に問い合わせていました。

だから、通知文がやさしい日本語で書かれていたら良かったのに、と思います。 ちょっと苦労はしても、きっと内容を理解できるし、通知を受け取るたびに感じていたあの不安から解放されるから。

〈呂さん〉神戸市役所 市長室 国際部国際課。中国人。今年神戸市内の大学を卒業後、就職先が、新型コロナの影響で内定取り消しとなった。神戸市の緊急雇用対策により、4月に神戸市職員として採用され、現在は中国語翻訳や多文化共生関連の業務に携わっている。漢字圏の外国人代表としてプロジェクトに参加。

やさしい日本語の出番!

外国人スタッフの意見などを採り入れた結果、「やさしい日本語」にする文書として選ばれたのは、既に中央区役所の保険年金医療課で外国人向けに使っていた2つの「文書」です。

ひとつは、外国人の方が神戸市中央区に転入してきたりして新たに神戸市で国民健康保険や国民年金に加入したときに、窓口で渡す「国民健康保険・国民年金手続きメモ」。加入後に必要な手続きや注意事項が説明されていて、すでに日本語・英語・中国語・ベトナム語の4言語で作られていますが、ほかの言語には対応できていません。
日本語・英語を併記した「国民健康保険・国民年金手続きメモ」
日本語・英語を併記した「国民健康保険・国民年金手続きメモ」
もうひとつは、在留資格の有効期限が迫った外国人に郵送する「国民健康保険の保険証の更新についてのお知らせ」。

在留資格の有効期限が一年の途中で切れる外国人は、保険証もその有効期限で切れるようになっています。そこで、在留資格の有効期限が更新されたら、保険証の有効期限も更新するために、区役所に来てくださいという内容を日本語で説明するお知らせになっています。

とりわけ、郵送する通知文の場合、そもそも宛先の情報からだけでは受け取る人が使う言語を特定することができず、送付する相手によって使用言語の異なる書類を送付することはできないということがわかりました。
国民健康保険の保険証の更新について、郵送される「通知」。確かに分かりづらい……
国民健康保険の保険証の更新について、郵送される「通知」。確かに分かりづらい……
相手の状況がわからない時こそ、やさしい日本語が活躍できるはず。

ダンさんや呂さん、そして日本語教師という立場でプロジェクトに参加している尾形さんから、書かなければならない情報や表現を書き直したほうが分かりやすい点について意見が出されました。

たとえば、国民健康保険料の説明の場合、払わないとどうなるのか、「病院代が高額になったり、最終的には未納額を差し押さえられてしまったりして、困る」などの具体的な例を出すこと。

ほかにも「口座振替」という単語は日本語初級の外国人の方には難しいことや、「コンビニエンスストア」は実は日常的に使う「コンビニ」という言い方の方が分かりやすいといった意見がありました。

33年間の公務員人生、初の注文

「外国人に分かりやすい文書」。言うのは簡単ですが、それを実際に作ろうとするとちょっと状況は違います。なにがやさしくて、何がやさしくないのか。

現場となった中央区役所では、「国民健康保険・国民年金手続きメモ」との格闘が始まりました。担当の田中係長からは「苦悩のつぶやき」が漏れます。

 

中央区保険年金医療課の田中係長

「やさしい日本語」推進プロジェクト第1回検討会議が終了。

これまで使ってきた文書について、追加した方がいい項目や、分かりにくい表現の指摘があった。そもそも情報量が多いらしい。

でも、これまで役所で求められてきたのは、①制度の内容を漏れなく、正しく伝える②様々な場合を想定するなど、読む人に誤解を生まないように、たくさんの情報を詰め込む文書がほとんどだった。

ところが、情報量が多すぎると、かえって読みにくく、何を伝えたいのかが分かりにくくなってしまうことを知らされた。日本語が得意ではない外国人が辞書を片手に理解をしようとすると、文書が長すぎると集中力が続かず、最後まで読むことができず、逆に理解されないという話も聞いた。

「伝えなければならない内容をしっかり書きながら、情報量をできる限り少なくし、分かりやすい表現で伝える。」

33年間にわたる公務員人生。こんな注文を受けたことはなかった。この難しい注文に応える文書をどうつくればいいのか。明日から試行錯誤の日々が始まりそうだ……。
イラスト・逸見恒沙子
イラスト・逸見恒沙子

〈田中係長〉神戸市中央区役所 保険年金医療課 国保年金係長。今年4月から配属。区役所窓口の最前線で、日々国民健康保険・国民年金業務に従事。プロジェクトにはモデル職場の代表として参加し、現場の意見も反映しつつ、今回やさしい日本語の実践を試みる。

ふりがなだけでは、やさしくない?

中央区を後にした中井係長は、プロジェクトの取組み内容がとりあえず決まって安堵しながら、職場に戻る道を歩いていました。

 

神戸市国際課・中井係長

ストロング系酎ハイに潤いを求める日々。本当は日本酒が好みだ。秋田名物「いぶりがっこ」を肴に、冷やで傾ける珠玉のひとときがたまらない。

最近では全国各地に個性的な酒蔵が増えてきた。福島の「飛露喜」、栃木の「仙禽」、三重の「而今」。もちろん地元の灘の酒も大好きだ。でも、日本人ですらどう読んでいいか、難しい銘柄が多い。ふり仮名がないと読めない。

ふり仮名。そう忘れていた。ふり仮名をつけただけでは「やさしい日本語」にはならない。検証に使うことに決めた文章はたしかふり仮名がついていたけど、漢字を読むことはできても結局意味が分からないような、難しい単語を使っていたなぁ。

ダンさんや尾形先生にも手伝ってもらいながら、文書を更新していかないと。

このプロジェクトを来年度の全市的な取組みにも結び付けていくためには、検証期間なんかも考えると、文書の更新期限は9月末だな。「ん?あれ?おかしいな。このままでは間に合わないぞ。またもや希望がしぼんでいく……」

〈中井係長〉酒好き。神戸市役所 市長室 国際部国際課。やさしい日本語推進プロジェクトの中心的役割のはずなのに、落ち込みがち。

 

ベトナム人職員のダンさん

少しずつでいいから着実に進めていこうよ、中井係長!

僕たち外国人が経験した通知の恐怖も、「郵送の通知」を題材にするヒントになった。どうすればいろいろな人たちに分かりやすくなるか、しっかり整理して、検証していくことが一番大切。

そこで成果をきっちり出せないと、他の部署にやさしい日本語の必要性を理解してもらえず、次の取り組みにつなげていけないんやから。 お酒には付き合うから、頑張って!

【本日のベトナム人職員・ダンさんの励まし】

「Từng bước, từng bước.(step by step)」

〈多文化共生専門員 ダン〉ベトナム人。来日9年目。神戸市役所 市長室 国際部 国際課 多文化共生専門員。神戸市ベトナム語版Facebookの開設・運営など、外国人の視点から神戸市の多文化共生関連事業に携わる。プロジェクトでは、自分の経験に基づき、外国人に求められる情報ややさしい日本語について監修。
ダンさんのコラムは、神戸市ベトナム語版Facebookで読むことができます。

 

 

これは神戸市とwithnewsの共同企画です。
小難しい「お役所言葉」を、誰にでも分かりやすい「やさしい日本語」にしたい。

神戸市の若手や外国人職員が中心になって立ち上げた「やさしい日本語推進プロジェクト」で、さまざまな声の板挟みになる現場や外国人の「本音」を紹介していきます。

本当に役所は「やさしく」なるのか。毎週金曜日に配信予定です。
 
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