連載
#103 #となりの外国人
「困るの日本人では?」 介護の夜勤明けインドネシア人はつぶやいた

参議院選挙(20日投開票)を前に、外国人への規制強化や権利の制限を公約に掲げたり、主張したりする政党が相次いでいます。街頭演説でも「外国人問題」と叫ぶ声もあります。でも、いまや町中に日本人と同じように暮らしている外国人は370万人います。当事者はどんな思いで見ているのか、ふたりに話を聞いてきました。
都内の高齢者介護施設で働く30歳のインドネシア人男性は、勤務中にテレビで流れていたニュースで、「日本人ファースト」の街頭演説を見ました。
「どういうこと? アメリカファーストと同じ?」
気になって、夜勤明け、関連のニュースを探したそうです。
インドネシアのメディアが、日本の新聞を引用して「日本で新しい政党が、外国人政策を利用して爆発的に支持を広げている」と報じる記事を読みました。
男性は「これは生け贄にされたな」と感じたそうです。
物価が上がり、生活が苦しい。そんな時、問題を外国人に転嫁して人気取りする政治家の手法は、インドネシアでも見てきたのだといいます。
男性は「外国人が増えたら、不安になる気持ちも分かります。そこまでは納得できます。でも、外国人全員を敵視するのは、納得ができないです」と語ります。「私たちはきちんと働いて、税金も払っている。日本のルールを守って暮らしている。一緒くたに差別しないでほしい」
筆者が男性をインタビューした日は夜勤明けでした。
夜勤は、夜10時前から朝7時まで、1人で20人を介護しているそうです。「トイレに行きたい」「お水を下さい」「息苦しい」ーー。一晩中、入居者からの呼び出しコールは鳴り続けます。
優先するのは、転倒のリスクが高い人から。男性は「ごめんなさいね、待たせちゃったね」と謝りながら、次の人のところに駆け込みます。
認知症の方が「今何時?うちに帰りたい」と言うときには、そっと寄り添って「今は夜中でバスもタクシーもないから、明日にしましょうね」となだめているといいます。
その合間には、決められた時間ごとの巡回、必要な人にはおむつ替えや、床ずれができないように体位交換をします。洗濯物の片付けや記録の業務で、寝る間もなく朝が来ます。
施設のお年寄りを看取ったときは、駆けつけた家族と一緒に、体を拭いたり見た目を整えたりする「エンゼルケア」も施しました。
「亡くなるまでの苦しんでた様子をずっと見てきたから、悲しみよりも『これからはゆっくり休めるね』って思ってしまうんです」
男性の施設では、一年中求人を出していますが、なかなか人が来ず、「人手不足で大変」な状況だといいます。施設にいる介護スタッフの2~3割は外国人で、日本人スタッフも大半が40歳以上です。
男性は日本とインドネシアの経済連携協定(EPA)の枠組みで日本に来ました。この枠組みは介護人材として日本が外国人を受け入れる初めての制度で、2008年に始まったものでした。その後は様々な〝介護人材受け入れの仕組み〟が新設されていきました。いまや日本の介護現場では、在留資格「介護」、技能実習、特定技能で、7万人超の外国人が働いています。
男性は「日本人ファースト」と聞いても、「正直、あまり心配していない」と言います。「日本が急に外国人排斥に動くとは思わないです。だって、私たちがしている仕事は、日本人がやりたがらない仕事の一部だから」「選挙の票集めのためだけだと思いたいです」
もし日本で「外国人排斥」が進んだらーー。それは「ブーメランになって日本に返ってくるはず」と男性は指摘します。
「だって本当に私たちが日本から出ていったら、困るのは日本人じゃないですか」
争点になっている「問題を起こす外国人」を規制することについて、男性は「その辺は賛成」だと言います。でもその問題の根本には「教育」があるのだと指摘します。
例えば男性が来日した「EPA」の枠組みでは、施設で働く前に、日本語や日本のルールなどを1年かけて学びます。就労後も介護資格取得のための勉強をしたり、コミュニティーを作って、来日したばかりの後輩に職場や近隣とのトラブルを未然に防ぐための講習会をしたりしています。
「教育にはお金も時間もかかる。人手不足で、早く来てもらおうとした結果、どんどんトラブルにつながっているように思います」
問題を「誰かのせい」にするだけでは、解決しません。
排斥をする前に、「もしいま、『負担』だと思うことがあるなら、解決するための最善の策を見つけてほしい」と日本の政治に期待を込めました。
エジプト出身の30歳の女性は、日本に住んで9年になります。
5月末、近所の駅前で、ある政治団体が「みなさん、外国人がこれ以上増えたら、我々の生活はどうなりますか!」と叫んでいる演説を目にしました。
「とても驚きました」
学生時代に日本の幼児教育に感銘を受け、来日。日本語を勉強して、日本の大学に入り、日本人と同じ教員養成課程を受け、試験を受けて英語の教員免許を取りました。
日本で結婚し、働きながら、子育てをしてきた9年間。「これまで、たくさんの優しい人、助けてくれる人に出会って、日本で嫌な思いをしたことはなかったんです」と話します。
だからこそ、排外的な演説を聞いたときに「誰か心ある人が止めてくれるのでは」と期待したと言います。「でも、みんな、ただ聞いているんです。その方がショックでした」
ふとスマホを向けると、マイク越しに「そこの外国人の方に写真を撮られています。どうぞ撮影してください」と指をさされました。
ヒジャブ姿で、ベビーカーには1歳半の子どもを連れていました。恐怖に襲われてその場を逃げるように去りました。
「これからは本当に怖いです。どうなってしまうんだろう、想像がつかない」
外国人差別や排斥は、日本を含めて世界で悲惨な出来事につながっていきました。だからこそ、女性は、平和教育や国際理解教育に希望をつなげます。
日本で、日本人も多文化のルーツがある子どもたちも一緒に過ごせる学童を作ることーー。そう夢を語ってくれました。
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