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30年間保存した凍結受精卵から子馬誕生 卒論の学生ら献身

母子ともに健康 夜通しの授乳訓練も 在来馬の保存へ画期的成果

30年間保存した凍結受精卵から生まれた子馬
30年間保存した凍結受精卵から生まれた子馬 出典: 東京農業大学提供

目次

30年間液体窒素の中で保存されていた馬の凍結受精卵から、元気な子馬が生まれました。研究グループの中核を担ったのは、卒業論文研究の一環として取り組んだ北海道・網走のキャンパスで学ぶ学生たち。30年もの間、保存された受精卵から子馬が誕生した例は世界的にも極めてまれだといいます。

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異例の長期間保存

研究に取り組んだのは、東京農業大学北海道オホーツクキャンパス(北海道網走市)の平山博樹教授(家畜繁殖学)と学生5人のグループです。平山さんによると、どさんこの通称で知られる北海道の在来馬「北海道和種馬」のレラ(5歳)が、5月15日にオスの子馬・エムを出産しました。母子ともに健康だといいます。

平山さんによると、長期間凍結保存した受精卵を使った出産は馬以外でもあまり例がなく、ヒツジで7.5年間、ウサギで15年間保存した凍結受精卵で出産した事例がある程度だといい、30年間保存し続けた凍結受精卵での出産は異例です。

北海道和種馬
北海道和種馬 出典: 朝日新聞社

日本の地域に根付いた馬のことを在来馬と呼びます。与那国馬(沖縄県の与那国島)やトカラ馬(鹿児島県のトカラ列島)など8品種があり、北海道和種馬はそのうちの一つです。在来馬は絶滅が心配される品種があるほどで、種の保存が課題になっています。

かつて東北地方から海峡を渡って連れてこられた在来馬が北海道で生き残ったものが北海道和種馬の祖先といわれています。開拓が盛んだったころは、電力会社が高圧線の鉄塔設置に使う資材を山に運び上げる仕事などを担いました。

大正時代初期には約9万頭いた北海道和種馬は、現在は1千頭ほどしかいないといいます。

北海道にいたエキスパート

地方独立行政法人の北海道立総合研究機構(道総研)の畜産試験場(北海道新得町)は、1980年代から受精卵の凍結保存技術を活用した種の保存に取り組んできました。東京農大のグループは今回、畜産試験場が保存してきた凍結受精卵を使って、出産を試みました。

平山さんによると、牛や豚では人工繁殖技術の研究が進んでいますが、馬の人工繁殖技術の研究は遅れているといいます。馬の繁殖というと競馬のサラブレッドが思い浮かびますが、サラブレッドにおいてはメスとオスの自然交配が繁殖の原則とされていて、人工繁殖技術はほとんど普及していないといいます。

しかし、畜産試験場の山本裕介元場長は馬の受精卵凍結技術の先駆者で、北大の院生時代に世界で初めて凍結受精卵からの馬の生産に成功した実績があります。平山さんも大学で研究者になる前は道総研の職員で、山本さんのもとで受精卵移植技術の研究に従事していたというバックボーンがありました。

融解後の凍結受精卵=平山教授提供
融解後の凍結受精卵=平山教授提供

昨年6月、30年間液体窒素中で保存された凍結受精卵を道総研から提供してもらい、解凍した受精卵をレラの子宮に移植し、一度で受胎に成功しました。妊娠期間は約11カ月ありましたが、現在は卒業した学生も含めて、みんなで順番で世話を続けました。胎児は順調に成長し、今年5月15日20時30分に子馬が生まれました。

受精卵移植の様子=平山教授提供
受精卵移植の様子=平山教授提供

学生が夜通しの世話、元気に成長

レラは初めての出産でした。出産した後、レラが子馬への授乳を拒む場面もありました。

馬は通常、生まれてから1時間ほどで自力で立ち上がり、お母さんのミルクを飲み始めます。このミルクには、お母さんから免疫力をもらうという重要な役割があり、ミルクが飲めないことは一大事です。

学生たちはシフトを組んで、交代しながら夜通しの授乳訓練に取り組み、3~4時間おきに子馬をレラの所に連れて行ってミルクを飲ませたといいます。

元気に成長しているエム=東京農業大学提供
元気に成長しているエム=東京農業大学提供

学生たちの馬を愛する気持ちは非常に強いといいます。「キャンパスが網走市にあり、北海道の自然の中で勉強したいという学生たちがたくさん集まっています。学生たちは朝晩に当番制で馬のお世話をしているので、自然と愛情は強くなります」

エムと名付けられた子馬は現在、体重84キロまで成長しました。平山さんによると、網走でも連日異常な暑さが続いているといいますがエムはいたって元気で、昼夜放牧をしているので、一日中、野外で活発に過ごしているといいます。学生たちによくなついていて、これからも網走のキャンパスにある牧場で、学生たちが世話をしていくということです。

学生たちとエム=東京農業大学提供
学生たちとエム=東京農業大学提供

今回の研究は、東農大と道総研の包括連携協定の一環として実施されました。平山さんは、今回の研究成果は道総研の長年の取り組みの延長線上にあると強調します。

「凍結受精卵が30年間保存可能だと証明するためには、30年前の凍結受精卵がないと証明のしようがありません。北海道和種の長期間保存した受精卵を持っているのは世界でも道総研しかないので、長年保存した凍結受精卵から健康な子馬が生まれるか証明できる材料を持っていたのは私たちだけということになります」

平山さんは、今回の研究を各地の貴重な馬の保存につなげたいといいます。

「北海道和種はそれでも1千頭いますが、在来馬の中には50頭弱ほどしかいない品種もあります。少しでも早く受精卵を採取して凍結保存しておくのが将来に向けて種の絶滅を防ぐために非常に重要だと思います。今回の研究成果が、北海道だけでなく全国の貴重な馬の保存に向けた活動が始まるきっかけになればと思っています」

今回の研究成果は、今夏に開催される受精卵移植技術の研究発表会で発表される予定です。

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