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人気バラエティーに共通する〝AIにはできない要素〟 番組への活用
AIがエンタメ業界にもたらしている影響とは?
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AIがエンタメ業界にもたらしている影響とは?
昨今、小説・漫画・音楽・アイドルグループなどAI(人工知能)を活用したエンタメが世に出回るようになった。AIがエンタメ業界にもたらしている具体的な影響とは? アーティストやテレビプロデューサー、タレント、AI研究者の声を参考に、人間が創造するエンタメの現在地について考える。(ライター・鈴木旭)
昨年、『東京都同情塔』(新潮社)で第170回芥川賞を受賞した九段理江氏が、受賞記念会見で「小説の5%をAIで書いた」と発言し大いに波紋を呼んだ。
その後、九段氏は雑誌『広告』(博報堂)の企画で「95%をAIで書く」ことを前提とする短編小説『影の雨』を仕上げたうえ、執筆過程で生成AIと対話したプロンプトの全文を同誌のWeb上で公開している。その模様は、画面上に作家に忠実な頭脳を育て、共同作品を生み出すまでの作業のようで実に興味深いものがあった。
AIが身近になったのは、この3年ほどではないだろうか。筆者の周りでも、2022~2023年あたりから精度の高い「AI文字起こしツール」の情報をシェアするようになり、「ChatGPTでタイトルやリード文を作っている」といった話題を耳にするようになった。それ以前は、AIと実生活との間に距離があった。
テレビの世界に目を向けると、2017~2018年に人型ロボットのPepperをMCに据えた「AI×若手芸人」をコンセプトとする『AI-TV』(フジテレビ系)、2019年大晦日に昭和の大スター・美空ひばりをAIで復活させて話題となった『NHK紅白歌合戦』、2020年に人と自然に会話するバーチャルタレントを目指す「AI VTuberタミ子」の開発など様々な企画を推進する『今日からやる会議』(テレビ東京)が放送されている。
どの番組もある種の違和感は拭えず、ニュースで流れてくるAIロボットの進化もどこか他人事だった記憶がある。しかし、その後スマホをはじめとする顔認証システムの進化が注目を浴び、ディープフェイクの悪用が問題視され、ファミレスの配膳ロボットが普及し、Google検索にAI機能が搭載されるなど徐々に日常の中にAIが浸透してきた。
バラエティーにおいても、AI顔認証システムをあざむいて脱出を図る『変顔スパイ』(日本テレビ、2024年7月放送)、表情分析AIとテレビタレントがババ抜きで対決する『頂上決戦! 人類 VS 最強AI 〜ババ抜き編〜』(フジテレビ系、2025年6月放送)、「AI×人間」の共演をコンセプトとする『びっくりあいらんど』(日本テレビ・サイバーエージェント・KDDI、2025年11月17日より公式TikTok・Instagramで配信)など、昨年からAIを軸とする企画が増加したイメージが強い。
一方、今年に入って吉本興業グループのFANYは、GoogleのAIモデル「Gemini」を活用した「お笑い翻訳AIサービス」のα版を開発したと発表。海外展開も視野に入れ、お笑い特化型の字幕生成システムに注力し始めている。
先月、3週連続で放送された『考えすぎさん』(テレビ東京系)を見た折、今のエンタメ業界をけん引するCreepy NutsのDJ松永とテレビプロデューサーの佐久間宣行がリアルなAIの影響力を口にしていた。
松永は、音楽生成AIアプリの精度が高くなり1回のプロンプトで即座に2曲ほど提示されること、また電子音楽だけでなく「生バンドのアコースティックな音楽もむっちゃ精度高くて」と戸惑いを語ったうえでこう続けた。
「生成AIバンドだと、もうとんでもない、十何曲のアルバムを同じ年にバンバンバンってあり得ない数出してるからそこでわかるんですけど、俺も聴いたら『ちょっといいな』と思っちゃって。(中略)どのぐらいの分量を任せるかはもうその人のプライドじゃないですか。もうフルで任せようと思ったら、フルで任せられるので。(中略)ちょっと自力で作ってる人間はやっぱりテンション下がりますよね」
一方の佐久間は、バラエティー番組の会議で作家から上がってくるキャスティング案がかぶると「ChatGPTに聞いたな」と感じることがあるという。
「例えば『考えすぎさん』。『次回、考え過ぎてるような芸能人を呼びたい』って言ってかぶってるときに『ハハ~ン、この中の若手作家の何人かはChatGPTに出してもらったな』ってなると、(筆者注:番組出演者であるファーストサマーウイカ、DJ松永、ハナコ・岡部大を指差して)あなたたちの名前はChatGPTが出してることになるんですよ。逆に言うと、ChatGPTに引っ掛からないとキャスティング案が出てこない可能性がある。(中略)実は一番楽な仕事をAIに任せてるようで、根本を任せてる可能性があるのよ」
「どんなプロンプトを投げるのか」でChatGPTの返答も変わる。これを好意的に受け止めていた例として、より多くの友人を呼び出し待機させるマネーゲーム『賞金1億円の人脈&人望バトル トモダチ100人よべるかな?』(Prime Video)にプレーヤーとして参加したMattの言葉が印象深い。
「知能っていうのは、ほぼイコール予測能力だというふうに自分の中では定義してますね。『次の単語は何か』っていうのを予測することによって、その背景にある人の心の動きとか、そういったものを学習していくっていうのは非常に自然なことだと思います」
今年7月放送の『知的探求フロンティア タモリ・山中伸弥の!?』(NHK総合)の中で、日本のAI研究の第一人者で東京大学大学院教授の松尾豊氏はこう発言している。
これに加え、人の創造性も「予測能力」にあり、映画などは見る者の予想を裏切って楽しませることから、「人間の予測性を利用したエンターテイメント」と語っていた。つまり、AIは「飛躍的に予測能力を高めた」ことで広く活用されるようになったわけだ。
現時点で人とAIとの違いは身体性にある。物理空間で思うままに何かを実行し、落ち込んだり喜んだりする「体験」を分かち合うことは今のところ人にしかできない。
昨今話題になるバラエティーに目を向けると、「知性」と「身体性」が入り混じる不確定要素の強い企画は、『水曜日のダウンタウン』(TBS系)の説の検証やゲーム、『川島明の辞書で呑む』のスピンオフ番組『川島明の教科書で吞む』(テレビ東京系)、『有吉クイズ』(テレビ朝日系)の「有吉と知の巨人 雑学が止まらない旅」などが思い浮かぶ。
ある企画にタレントが臨み、視聴者の予想の斜め上をいく展開を作り、時に「忘れていた」「懐かしい」といった感情を追体験できるようなものが多い印象だ。しかし、冷静に考えてみれば、それは今に始まったことではなく、各時代の人気バラエティーが宿していた欠かせない要素ではないだろうか。
もしもAIロボットがこうした感覚さえ獲得したなら、いよいよ「人間らしさはどこにあるのか」という話になってくる。SF作品が描いてきた難題に向き合うまで、そう遠くないことを思うとちょっと恐ろしい。
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