連載
#3 平成家族
「イクメン」を褒められても…減った給料、消えない後ろめたさ
「父親も育児に参加を」。平成に入り、育児を率先する「イクメン」は称賛される時代になりました。でも、そうした世間に冷めた目を向けるイクメンもいます。定時退社になったことで減った給料。同僚への後ろめたさ。会社の仕組みや職場の意識とのギャップに悩むことも。自分で決めた選択でも「男は仕事」という考えからの転換にもがいています。(朝日新聞記者・中井なつみ)
東京都国分寺市に住む会社員の男性(31)は2015年の10月、職場にこう宣言した。
「保育園のお迎えがあるので、これから毎日定時で帰ります!」
妻(31)もフルタイムで働く。長女(2)が保育園に入園したタイミングだった。
男性は結婚後、深夜まで残業することも珍しくなかった。周囲の子どもがいる同僚や上司も同じような働き方をしていた。それが、長女が生まれたことで、働き方は一変した。
お互いの実家は遠方にあり、近くに頼れる人はいない。妻は職場まで満員電車に揺られて片道1時間はかかる。一方、男性の職場は自宅から徒歩圏内。保育園も自宅近くに確保でき、自然と「送り迎え」を担当するようになった。
朝は起きてから簡単な朝食を用意し、夜は妻が帰宅するまでに夕食を作る。平日は「仕事をしているか、子どもと一緒にいるか」という生活をほとんど毎日繰り返すようになった。
周囲から「すごいね」と言われることもある。それには「父親として当然のことをしているだけなのに」と違和感を覚える。
「仕事の代わりはいても、父親の役割は自分にしかできない。育児は楽しいし、『定時退勤』を宣言したことに後悔はない。でも、同僚や上司が、本音ではどう思っているか。意識的に考えないようにしていますね」
ただ、こうした生活にふと気持ちが揺れることもある。
たとえば、半年に1度支給されるボーナス。残業をしている同僚には5~10%ほどの加算があるが、自分にはない。月々の給料も残業代が支払われないため、新入社員のころとあまり変わらない額になっているという。
「この働き方で評価されるのは、正直に言って難しいと思う」
こう割り切っているが、職場はチームで動くことが多い。仕事を切り上げて帰ると、仕事仲間に負担を掛けているのではないか。そんな後ろめたさも感じる。
「どうして定時に退勤するという選択肢が当たり前の社会じゃないんだろう。まだまだ、労働時間の長さで評価される習慣は根深くあると思います」
仕事以外の時間でも、1人で過ごせる時間はほとんどない。資格試験の勉強や読書もしたいが、ままならない。仕事と育児に全力を注いでいることで、疲れがたまっている。「自由な時間が欲しい」と切実に思うことが少なくない。
あと3年は長女の保育園の送り迎えが続く。この期間は定時で退勤する日が続くと思うと、なかなか2人目の子どもを持つことには踏み切れない。
東京都中央区の会社に勤める男性(38)は、会社員の妻(33)と長女(4)、次女(1)と4人で都内に暮らしている。保育園の送り迎えなど育児には積極的に関わっている。そのため仕事を制限せざるを得ない自分の立場について、「宿命ですね」と言う。
9年前に中途採用でいまの会社に就職した。新卒で入った多くの社員に引けを取らないよう、「必死こいて、なんとか頑張ろうと思っていました」と振り返る。新規事業が立ち上がれば手を挙げ、出張が続くような忙しい部署への異動もすぐに受け入れた。
残業は多く、帰宅してから仕事をすることも珍しくない生活スタイルを続けていた。入社して5年後に長女が誕生したが、そのスタイルは変えなかった。家事や育児はほとんど妻に任せていた。
そして、妻が体調を崩した。
「このままじゃだめだ」と思って保育園の近くに引っ越し、送り迎えや家事を分担するようになった。育児に関わって「こんなに大変なことを一人でするのは無理だ」と感じた。自然と自分のできることを探すようになった。
お迎えのときは午後6時に会社を飛び出し、ほかの日もなるべく午後7時には会社を出てまっすぐに帰宅する毎日。仕事が忙しくなりすぎないように、コントロールしている。同僚たちとの飲み会は控え、「効率重視」という理由で、社内で同僚たちと立ち話をすることも避けている。
「社内で面白そうなプロジェクトに関われるチャンスが目の前にあっても、家庭とのバランスを考えると踏み込めない。時間に制約がなく取り組める同僚たちをうらやましいな、と見てしまいます」
社内では、共働きで幼い子どもがいるという境遇の社員はごく少数で、自分の働き方を理解してくれる上司や同僚はほぼいないと感じる。自分のように制約がある立場では、「いいポジション」を求めて異動希望を出すことや、外部の転職の誘いに乗ることもできない。職場での過ごし方は、「目の前の仕事をただこなしているだけ」になった。
「これから、何に生きがいを見つけよう」
そんな悩みも抱える。
「育児を『やってあげている』と思うべきでないことはわかっています。でも、世の中の大多数の男性に比べれば、かなり頑張っているとは思うんです」
いまの会社に転職したことも、結婚して子どもを持つことも、突き詰めてみれば「自分の選択で決めたこと」だ。でも、世間で「イクメン」が称賛されていることにはつい冷めた目を向けてしまう。
「やりがいのある仕事もばりばりこなしながら、育児や家事にも関わっていくなんて、どうすればできるんでしょうか。もし、やれるものならやってみてほしい」
◇
<イクメン> 厚生労働省が2010年に「イクメンプロジェクト」を立ち上げ、「育児を楽しむ男性」を指す総称として使われるようになった。プロジェクトは男性の育休取得率を上げる狙い。言葉の浸透とともに男性の育児参加への意識は高まっているが、育休は女性に偏る。男性の取得率は16年度にようやく3%を超えたところだ。
田中俊之・大正大准教授(男性学)の話 日本社会はいまイクメンを奨励し、「女性活躍」も叫ばれるようになったが、「男が家計を担う」という性別役割分業の考え方は根強い。男女間には賃金格差があり、勤務時間の長さで評価される実態が残る。子育て真っ最中の30~40代前半ぐらいの世代は、矛盾を感じる人が多いだろう。従来のような大黒柱としての男性の働き方を変えられなければ、板挟みで悩む人が増えるだけ。個人の努力に委ねるのではなく、社会全体で働き方を変えていく必要がある。
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