連載
#9 平成家族
「家族破綻のリスク」 無職の弟支えきれず、仕送り終了通告した兄
親が元気なうちは直視せずに済んでも、介護や死去などで一気に現実になる無職や未婚のきょうだいの孤立。平成に入り、家族の人数が少なくなるなか、そうした「きょうだいリスク」を家族はどこまでカバーしなければならないのでしょうか。(朝日新聞記者・高橋美佐子)
神奈川県に住む翻訳業の男性(51)は昨年1月、埼玉県にいる無職の弟(47)にこんな一文から始まる手紙を送った。
《現状のまま続けると、全員の生活が破綻するリスクが高い》
弟は大学を出てから就職せず、在学中と同じアパートに住み、社会保険労務士をめざしている。だが、毎年あと一歩及ばない。週3日間アルバイトしていると聞いたことがあるが、その生活は郷里の母(85)からの仕送りに頼っている。
男性は手紙を送りつける前、電話で母に尋ねた。
「実際にいくら払っているの?」
母は「月12万円ぐらい」と答えた。
父が他界後、母はダウン症の姉(53)と2人で暮らす。弟の生計は、実家近くで営むアパートの毎月の家賃収入10万円で支えていると聞いていたが、貯金を取り崩しているとは知らなかった。母は「残っているのは定期預金の300万円だけ」とも明かした。
男性は手紙に、11項目の決まり事を記した。弟への毎月の仕送りは計9万7千円で、男性も分担すること。さらに、送金は弟が50歳になる年度末で終えるという「通告」も盛り込んだ。
男性も姉も弟も独身だ。何とかしなくてはと手紙を送ったのは、男性も経済的な不安を抱えていたからだった。
国立大学の大学院で博士号を取得し、ドイツに留学。帰国後に研究職を志したがかなわず、10年前から大手企業の関連会社で契約社員として働いた。当時の年収は約600万円。だが、2015年11月に会社は突然閉鎖した。
その後、ドイツ語を生かしてフリーの仕事でしのいできたが、収入は安定しない。また企業に勤めたいと思う。
男性の狙いは、母から弟への送金の負担を減らすことだった。弟を自分の扶養家族にして、社会保険料も肩代わりした。
ただ、こうした手続きに必要な書類を手紙で催促しても、弟は指示した文書のコピーを送ってくるだけ。封筒には手紙も入っていない。弟と最後に会ったのは10年以上前になる。
「精神的に追い詰められているのでは、と不安になったり、『家族だから何とかしてもらえる』という甘えを腹立たしく思ったり。弟には生活保護を受給してほしいけど、母は悲しむ。あと2年、私が頑張って待つしかない」
神奈川県内に住む女性(49)は2週間に1度、東京都内の療養病床にいる母(81)を訪ねる。
殺風景な4人部屋。周りのお年寄りたちは皆、昼間も目を閉じて動かない。職員からは人手が足りないと釘を刺され、「私物の盗難騒ぎが困るので、パジャマや下着はレンタル品を」と言われた。
レンタル料金を含め、月額16万円。母の通帳口座から引き落とされている。
ベッド上の母はあどけない。いつも涙ぐんでこう訴える。
おうちに帰りたい――。
「元気になったらね」と、いつものようになだめ、部屋を出た。胸が痛む。
女性は夫と中学生の娘との3人暮らし。パートをしながら、母を介護している。脳梗塞だった父を看取った10年前も、介護疲れを訴える母を支えるため、幼子を抱えながら一人で駆け回った。
埼玉県に住む姉(55)は専業主婦で、子どもはいない。幼いころは体が弱かったが、今は元気だ。それなのに、実家に帰省しても介護を手伝わず、お客さんのように座ったまま。
先日は、母にパジャマやガウンを買ってきた。職員に禁じられているのに。あきれた。
夫は、いつも「なぜお前だけが?」といぶかる。
もともと母は、都心の実家で会社員の弟(47)と2人で暮らしていた。だが、一昨年10月に、ひざが悪くなって手術した。その後も歩行が難しくなり、介護保険でヘルパーを頼もうとすると、「同居家族あり」とされて利用できなかった。いまの病床に入院したのは、昨年6月からだ。
弟は身の回りのことすべて母にしてもらっていたため、女性が掃除に通うようになった。昨年末、弟は困ったように聞いてきた。
「俺のおせちはどうなるの?」
仕方なく、年末年始は家に招いた。
「母も、弟が一人で年を越すのを心配していたから、我が家に誘ったんです。でも母が逝ったら、私が弟の面倒を見るべきなんでしょうか」
不安が頭をもたげる。
「きょうだいリスク」の共著があるジャーナリスト古川雅子さんの話 無職や未婚のきょうだいの将来を不安がる中高年層の声をまとめたのは、同世代間で格差が広がり、きょうだい間だけで解決できない状況が生まれているから。親が元気なうちは直視せずに済んでも、介護や死去などで一気に現実になる。家族で支え合うべきだという風潮は強いが、当事者を追い詰めないように、社会保障の観点でも議論すべきだ。
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