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連載

#12 平成家族

親の呪縛から逃れたい… 断絶を選んだ娘、罪悪感と安堵と

自らの価値観を押しつける親の呪縛から逃れようと葛藤する女性たち(写真はイメージです)
自らの価値観を押しつける親の呪縛から逃れようと葛藤する女性たち(写真はイメージです) 出典: PIXTA

目次

 結婚は「家に入る」ことではないのに、そんな意識に基づく慣習は平成の今も残っています。「親子の絆」は、義務や責任、束縛へ変わることもあります。実の母でも、義理の母でも、自らの価値観を押しつけるような親の呪縛から、逃れようとする女性たちがいます。(朝日新聞記者・田中聡子、藤田さつき)

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義母との同居、居づらい毎日

 新潟県内に住む女性(35)は昨年の夏、夫にこう切り出した。

 「お母さんと別居してくれないなら、子どもを連れてアパートに出るから」

 夫の母と同居して3年あまり。これまでもたびたび訴えてきたが、「簡単なことじゃない」と相手にされなかった。この日、初めて夫が「分かった」と言った。

 県内出身の女性の父は長男で、祖父母と同じ家で育った。農家が多い集落で、友だちも祖父母との3世代同居が当たり前だった。

 5年前に結婚した夫も長男。当然のように夫の実家に移り住んだ。玄関も風呂もトイレも台所もすべて一つしかない。家の中にいると常に、気を使わなければいけない。

 「財布」は夫の母が管理し、女性にはお小遣いが渡された。無駄遣いと思われそうで、買い物袋を提げて帰るのも気兼ねした。昔の育児書を引っ張り出して説教されることも苦痛だった。

 家にいたくなくて、子どもを連れて広場に行ったり、買い物にいったり。行く先々で同じように「放浪」する女性たちに会った。だれもが居づらさを感じながら暮らしているようだった。

 夫に相談すると、最後は「悪気はないから」と母親をかばった。自分への感謝や謝罪がない夫の態度をみるたびに、「この人は『同居は当たり前なのだから我慢して当然』と思っている」と感じた。

家にいたくなくて、子どもを連れて広場に行ったり、買い物にいったりする女性(写真はイメージです)
家にいたくなくて、子どもを連れて広場に行ったり、買い物にいったりする女性(写真はイメージです) 出典:PIXTA

 ある日、同じように同居に悩む人のブログを読んで、「世の中では3世代同居は少数派」ということを初めて知った。自分の周りは3世代同居ばかりなのに、全国平均で見ると1割にも満たない。

 2015年の国勢調査によると、全国の3世代同居率は5.7%。山形が最も高い17.8%で、新潟県は3番目に高い13.8%だった。最も低い東京都は1.8%だ。

 女性は、「別居」という選択肢があったことに気づいた。「知っていたら、違う道があったかもしれない」。自分の無知を恨んだ。

 日本家族社会学会が09年に実施した全国家族調査によると、30~50歳の既婚女性のうち夫の母との関係が「良好」と答えたのは全体の43%で、同居に限ると38%に下がる。14年の内閣府の意識調査では、夫の親との3世代同居を望む女性は14%にとどまっている。その一方で、政府は3世代同居を「家族の支え合いにより子育てしやすい環境」として、16年度から予算や減税で後押ししている。

 そんなニュースを見て、女性は「同居で苦しむ人たちの気持ちを全く分かっていない。男性社会が描く幻想しか見えていないのではないか」と憤った。

 この秋から、別居費用のためにパートを始めた。自分のように情報がなく同居を当然と思わないように、日々の生活をつづるブログも始めた。夫の母には、まだ何も話していない。

 「きっと一緒に住んでさえいなければ、いい関係だったはず。同居は家族の絆を強くするどころか、亀裂を生むものではないでしょうか」

女性が「ピコ丸」の名前で始めたブログには、同居生活の実態がつづられている。「私のように流されて同居してしまって、苦しまなくてすむように」と女性は話す
女性が「ピコ丸」の名前で始めたブログには、同居生活の実態がつづられている。「私のように流されて同居してしまって、苦しまなくてすむように」と女性は話す

親との断絶、罪悪感と安堵と

 実の母との関係に悩む女性たちもいる。

 名古屋市の女性(32)は、母(57)からほめられた記憶がない。中学生のとき、思い切ってクラスの書記に立候補した。内気な自分の勇気を母にほめられたかった。でも、その日、妹とケンカをして母から「書記に立候補するより、妹と仲良くできる方がいい子よ」と言われた。定期テストの勉強をがんばっても、「こんな点数なら、勉強する姿は見せてほしくなかった」と突き放された。

 手を上げられたことは1度もない。ただ、母の言葉の端々に現れる否定的なニュアンスが、心にささくれを残した。

 今の夫を「紹介したい」とメールで連絡したとき、喜んでくれるだろうと期待した。ところが母は、勤め先や出身地、学歴、親のことなどを矢継ぎ早に尋ね、「急に連れてこられても」という反応だった。出産後に娘の写真をメールで送ると、「部屋が静かだけど、話しかけてあげてるの」「前髪が目に入りそう」と返信があった。

 結局、私は肯定されないんだ。母から電話やメールが来ると、今度は何を言われるのかと怖くなった。

 昨年初め、母へ手紙を送った。「私の気持ちを分かってくれない」「もう連絡してほしくない」。便箋2枚に、震える手で書き連ねた。親不孝だという罪悪感の一方、安堵も広がった。

 その後、いつものように実家から野菜が段ボール箱で届いた。手紙も同封されている。母の字だ。手紙を前に、ぼろぼろ泣いた。それでも読む勇気がなくて、開けていない。

母とのやりとりを客観的に受け止められるよう、ノートへ自分の気持ちとともに書き連ねる人も(記事中の女性ではありません)
母とのやりとりを客観的に受け止められるよう、ノートへ自分の気持ちとともに書き連ねる人も(記事中の女性ではありません)

距離を置いて、武装が解けた

 名古屋市のカウンセラー加藤なほさん(34)が主宰する「おはなし会」には、こうした子どもに価値観を押しつけるような「毒親」を持つ女性が集まり、自らの体験を語り合う。5年前に始まり、これまでに72回で延べ300人ほどの女性が参加した。

 加藤さんは「幼少期からの親の言動が影響し、感情を無意識に抑圧してしまっている人が多い。自分らしく生きていいと思うまでにかかる時間は個人差はあるが、自分を見つめ直す機会ととらえてほしい」と話す。加藤さんのブログに、おはなし会の案内などがある。

 おはなし会で体験を明かした名古屋市の会社員女性(40)は昨年5月、4年半にわたり関係を断っていた母(75)と再会した。

 「縁を切る」と伝えて、一時は解放感があった。だが、長男(4)が言いつけを守らないことに「我慢しなさい」と叱ったとき、はっと気づいた。私が母から言われていたことだ。

 母と買い物に行っても、好みは聞かれず、選ばせてもらえなかった。自分がいいと思ったことを押しつけてきた母を見て、「あんな子育てはしまい」と決心していたのに……。思い立って、長野県の実家を突然訪ねた。

 「どうしたの急に」。母は驚きながらも、何もなかったかのように食事を用意し、話し始めた。「お母さんね、近くに土地を買おうと思うの。そしたら、あんたたちも住めるでしょ」

 相変わらず、自分の希望ばかり。ただ、距離を置いた時間のせいか、自分たちとは別の人間なだけか、と思えた。母には母の事情があるし、私には私の事情がある。まとい続けてきた武装が解けた気がした。
距離を置いた時間のせいか、母親のことを「自分たちとは別の人間なだけか」と思えた(写真はイメージです)
距離を置いた時間のせいか、母親のことを「自分たちとは別の人間なだけか」と思えた(写真はイメージです) 出典:PIXTA

家父長制の名残、地方を中心に今も

 筒井淳也・立命館大教授(家族社会学)の話 結婚で「家に入る」という意識が薄れているとはいえ、女性が結婚すると「従業員」のように扱われた家父長制の名残は、地方を中心に今もある。3世代同居の慣習もその一つだ。

 政府が3世代同居を促すことで「家族が育児や介護を担うべきだ」という風潮が強まれば、大変な思いをする人も増える。家族によるケアに頼らずに「ケアの社会化」を一層進めることが、「家族を大切にすること」につながる。

親子が密着し、息苦しさ感じる家庭が増加

 広田照幸・日本大教授(教育社会学)の話 高度成長期以降、親戚や地域、会社と家庭との間の壁は厚くなった。家族の自律化は同時に孤立化・閉鎖化の動きでもあった。少子化や「家族が一緒に体験する」娯楽施設や教育産業の発展もあり、親子のコミュニケーションは以前よりはるかに密になっている。

 今は、自分流の子育てや子ども一人ひとりに気を配ることがしやすくなり、いい時代になったとも言える。だが、閉鎖的な家族空間で親子が密着し、息苦しさを感じる家庭も増えた。「我が子とはいえ、しょせんは他人」と親が意識するべきだろう。

連載「平成家族」

この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。結婚・子育て・専業主婦…新しい価値観と古い制度の狭間にある「平成家族」をテーマに、1月1日から1月9日まで公開します。
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