連載
#4 平成家族
退社時間早まったのに「足が家に向かない」 増える「フラリーマン」
平成に入り、子育てを夫がする「イクメン」が少しずつ浸透してきました。残業を減らす働き方改革も進んでいます。それなのに、まっすぐ帰宅をせずにファミリーレストランなどで時間を潰す家族持ちの男性会社員がいます。その名も「フラリーマン」。家庭では妻や子どもが待っているのに、「どうしても足が家に向かない」。つかの間の息抜きを求める、パパたちの思いは。(朝日新聞記者・山内深紗子、中井なつみ)
昨年12月上旬の夕暮れ。すでに日は落ち、東京駅にほど近いオフィス街は寒気に包まれていた。
目抜き通りの交差点にあるファミリーレストランでは、クリスマスソングが流れるなか、勉強する学生やパフェをほおばる女子生徒ら40人ほどの客でにぎわっていた。そこへサラリーマンがひとり、またひとりと店に入ってくる。午後8時すぎまでに、8人を数えた。
午後5時すぎに入ってきたのは不動産会社の社員(45)。席に着き、顧客5人に電話をかけて営業をすませると、インターネットゲームを始めた。
別の席には、商社勤めの男性(45)。ハイボールと「おひとりさま用生ハムサラダ」を注文し、ちびちび飲み始めた。
午後6時すぎ、会社員の男性(37)が入店し、コーヒーを注文した。200円でおかわりを自由にできる。いつもの一杯だ。
スマートフォンを取り出し、素早く妻(35)にLINE(ライン)でメッセージを送る。
「今日も残業。がんばります!」
すぐに既読にはならない。子どもたちの相手をしながら、食事の支度に忙しくしているであろう妻の姿が浮かんだ。送信後、歴史小説を読みふけり始めた。
この春から勤め先の「働き方改革」で、毎週1回は午後5時半に退社できるようになった。その日を含めて週1、2回は早く帰れるが、ファミレスや書店で時間をつぶし、自宅に戻るのは午後9時すぎだ。
「どうしても足が家に向かない。僕はフラリーマンです」
フラリーマンとは、仕事が早く終わってもまっすぐ家に帰らない人たちのこと。企業で働き方改革が広がるなか、こんな男性たちが増えているという。といってもお金をかけるわけにもいかず、書店や家電量販店、ゲームセンターなどで時間をつぶしている。
この男性の妻は正社員として働く。子ども2人の育児のため、制限勤務をしている。
男性も一昨年、妻の職場復帰を機に3カ月間の育児休業を取った。その間の体験が、フラリーマンへと導いた。
掃除や食器洗いは普通にできたが、料理やアイロンがけ、洗濯がなかなかうまくできなかった。最初は優しく教えてくれた妻も、忙しさが重なるようになると、容赦ない指摘が飛んできた。
「このタオル、たたみ方がまた違うよ」
「食器は棚の定位置に戻して」
「観察力、なさすぎだよね」
一言一言が胸に突き刺さり、「自分の家事能力の低さに心が折れる日々だった」と振り返る。思えば、母親は専業主婦で、何でも自分でやっていた。
「不器用な僕のために何でもやってくれて感謝ですが、今の時代では、むしろ『ああ母さんよ、なぜ……』と言いたくなるんです」
自分の家事能力不足を認めながら、週末には家の片付けやごみ捨てなどを積極的に担ってきたつもりだ。それでも、今も妻から「違うよ」「ほんとうに学習できないね」というダメ出しがあり、落ち込んだり、腹が立ったりもする。
確かに妻の方が手早くて正確だし、子どもの扱いにも慣れていると思う。だから、表だってけんかはしない。衝突すれば、かえってしんどくなる。自分が我慢すればいい。
会社で働き方改革が始まった日、迷わずファミレスに向かっていた。それからフラリーマン生活がやめられない。
帰宅して玄関のドアを開けるとき、いつも自分にこう言い聞かせている。「浮気でも散財でもない。つかの間の息抜きだから。彼女もママ友ランチをするだろう?」と。
午後8時すぎ、「もうすぐ帰ります」と再び妻にラインを送った。小説を閉じ、店を出る。今度はすぐに既読になり、「お疲れさま」というクマのスタンプが返ってきた。罪悪感で胸がズキンとうずいた。
「イクメンになりたいけれど、意識と技量の面で現実はなかなか追いつかない。少し息抜きをしないと長続きは無理。妻には申し訳ないけれど、これが等身大の僕ですから」
こう言い残し、帰路についた。
京都市に住む会社員の男性(36)が自宅に帰るのは、家族が寝静まったあとだ。専業主婦の妻(37)との間に1歳から7歳まで3人の子どもがいるが、平日はほとんど顔を合わせる時間がない。
これまでも終電ぎりぎりに帰宅していたが、ほとんどが仕事をしていたからだ。ところが、今年春から働き方改革のかけ声で残業時間を減らすよう求められ、退社時間が早まった。ただ、その空いた数時間分は「自分の時間」として、ファストフード店でゲームをして時間をつぶしたり、居酒屋で知人と語り合ったりする時間を楽しんでいる。
「仕事が終わって帰宅後、子どもをお風呂に入れるパワーが残っていない。妻からその日の出来事を一気に話しかけられても、対応できなくなっている」
妻の話に相づちを打っても上の空で、まったく覚えていなかったこともある。結婚してから8年にわたり、「平日の夜は自分の時間」という意識が強くなっていた。
休みの日には、子どもの相手も進んでするようにしている。「妻も子どもたちと四六時中一緒にいるのは疲れるだろうし、自分の買い物や友達と会うこともできないでしょう」。妻が1人で出かけられるように心がける。
「平日の過ごし方に文句を言われないように、自分も頑張っているつもり。いまのところ、このバランスでうまくいっているんじゃないかと思っています」
◇
<フラリーマン> 2004年に渋谷昌三さんが著書「『上司が読める』と面白い」の中で使った造語がきっかけ。「家庭に居場所がなく、夜の街をフラフラする男性」を表すようになった。定年前後の男性だけでなく、働き方改革で多くの企業で退社時間が早まるなか、家にまっすぐ帰らずに時間をつぶしている男性たちのことも指すようになった。
夫婦問題カウンセラー小林美智子さんの話 今の時代、妻が育児や家事を頑張り過ぎると、夫のできていないことに目がいきがちになる。責められた夫は家での居心地が悪く、帰りづらくなる。そうした背景もあって、30~40代のフラリーマンが生み出されている。
妻は、育児や仕事で大変なときに夫が何をしてくれたか、何をしてくれなかったかということを、詳細に記憶している。そういうときこそ協力しなければ、熟年離婚も避けられなくなる。
フラリーマンは離婚を望んでいるわけではなく、「妻とどう接すればいいかわからない」という人がほとんど。まずは夫婦でお互いの「やってほしいこと」などのルールを話し合い、共有することを勧めたい。その場しのぎの対応をせず、きちんと向き合うことが大切だ。
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