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連載

#8 平成家族

非正規シングル女性、収入12万円の「充実」と「取り残され感」

女性の趣味の水彩画。テーマを決めず、思いのまま筆を運ぶ=滝沢美穂子撮影
女性の趣味の水彩画。テーマを決めず、思いのまま筆を運ぶ=滝沢美穂子撮影

目次

 非正規雇用で未婚、親と同居。収入は少ないけれど、友人はいて「生活は充実している」。平成に入り「男性稼ぎ主モデル」から「女性活躍」への変化の波があります。取り残されていると感じる非正規シングル女性の内なる声に耳を傾けました。(朝日新聞記者・山内深紗子)

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連載「平成家族」
【朝日新聞デジタル】(家族って:4)非正規・独身、40代の焦り 親と同居の女性「半人前?」
非正規シングル女性の数の推移
非正規シングル女性の数の推移

弁当作ってもらうのも負い目

 関西地方の一軒家。契約社員の女性(45)は、年金暮らしの両親と同居している。

 昨年12月上旬の夕食後、食卓で母(78)が父(78)に漏らしたこんな言葉が偶然、耳に入ってきた。

 「あの子、弁当袋を新しく縫ったんよ。まだ私に作らせる気やわ……」

 女性は大手菓子店で働いている。短大卒業後に就職した会社は、女性の総合職がなかった。正社員だったが、29歳で退職した。その後、正社員としての再就職先を探し続けているが、年齢や経験不足が壁になり、ずっと非正規職を転々としている。いまの給与は、手取りで月12万円ほどだ。

新しいお弁当袋をミシンで縫う女性=滝沢美穂子撮影
新しいお弁当袋をミシンで縫う女性=滝沢美穂子撮影

 非正規になってから、母は「私が弁当を作るから、貯金にまわしなさい」と言って、弁当を作り続けてくれる。定番は、好物の卵焼きと俵型のおにぎり。それに、前の晩のおかずが入る。「500円弁当を買うから」と伝えても、母は用意してくれていた。

 母が漏らした言葉を耳にした日の夜、両親が眠っているのを確認して、食卓に置き手紙をした。

 「ダイエットにつき、もう弁当は必要ないです」

 それでも翌朝、食卓に少し小さな弁当箱が置かれていた。その日は無言で朝食を囲み、出勤した。

 「口実だったのに、心がズシンと重くなった」

新しく作ったお弁当袋。奥はこれまでお世話になったお弁当袋。小さいけれど母親の愛情がたっぷり詰まっている=滝沢美穂子撮影
新しく作ったお弁当袋。奥はこれまでお世話になったお弁当袋。小さいけれど母親の愛情がたっぷり詰まっている=滝沢美穂子撮影

孤独ではないが、焦りも

 40歳を過ぎて、両親とけんかすることが多くなった。入浴する時間や掃除のタイミング……。生活のリズムが異なり、お互いの将来の不安も重なって、こらえきれずに感情をぶつけ合ってしまう。さっぱりした性格の母も、何かと心配してくれる父も、最近は疲れが目立つ。「もっとしっかりして」という小言に、返事ができない。

 本当は同居をやめて、自立したい。でも、この給料では家賃を払えない。自分が「半人前」のように感じ、現実逃避から休日は眠って過ごす日が少し増えている。

 半人前なのは、パートナーがいないからなの? 女性は35歳を迎えてから、こんな思いにとらわれるようになった。結婚願望は薄かったはずなのに。

 2004年に、酒井順子さんのエッセー「負け犬の遠吠(ぼ)え」がベストセラーになった。「30代以上、未婚、子どもなし」の女性を「負け犬」と呼び、論争を呼んだ。女性の生涯未婚率は上昇し続け、15年には14.06%になった。結婚することは、当たり前の時代ではなくなっている。

 女性は非正規で働くようになって給料は減ったが、時々行く一人飲みで20代から60代まで幅広い年齢層の友人ができた。決して孤独は感じない。美術を学んでいたので、仕事の傍ら版画や水彩画の制作も続け、充実していると思っていた。だが正社員の仕事につけない年月が長くなると、焦りもでてきた。

趣味の水彩画。テーマを決めず、思いのまま筆を運ぶ=滝沢美穂子撮影
趣味の水彩画。テーマを決めず、思いのまま筆を運ぶ=滝沢美穂子撮影

 恋愛は苦手で、男性とお付き合いをした経験は少ない。10年前から、インターネットの結婚相談サイトや婚活イベントで出会いの機会を増やす努力をしているが、成果はない。

 「婚活は、好きになれる気持ちがあるのかどうかのイメトレ」と言う。最近は婚活を「もはや実験」と考えるようになり、人を好きになるという意味が分からなくなってきた。

老いれば、経済力のない自分は

 実家から徒歩15分離れたところには、4歳上の姉夫婦が5年前に建てた住まいがある。天然木のドアを開けながら「ただいま~」と声をかけると、小学生のめいとおいが「おかえり~。待ってたよ!」と出迎えてくれる。

 正社員で働く姉の夫(47)も交え、週に1回は5人で夕食をともにする。両親との食事は年々軽めになり、女性には物足りなくなった。総菜を買うと高くつくし、栄養が偏らないようにと、姉が誘ってくれるようになった。

 姉の家では、めいやおいたちとトランプをしたり、宿題を見たり。習字の発表会に一緒に出かける機会もできた。めいは月に1回は実家に泊まりに来る。子どもたち2人は慕ってくれる。でも最近、それがつらい。もしこのまま独りで老いれば、経済力のない自分は、あの優しい子どもたちに迷惑をかけるのでは、と思ってしまうから。

 数年前、姉から真顔で「結婚しなくてもいいから子どもを産みなよ」と言われたことがある。必要とし、必要とされる人間関係にあこがれがある。だが、踏み込めない。心の中では「ネコみたいにひっそりと死にたい」と願っている。だが、めいやおいの顔が浮かび、すぐに打ち消す。

 食卓では、仕事のことや、子どもたちのその日の出来事が話題にのぼる。

 「店長が25歳の男性になって。うまく差配できずに現場は混乱よ」。一番キャリアの長い自分が、店長と契約社員をつなぐ役目になった。

 「どうしてこの給料でそんなことせんとあかんのかな」。ビールを飲みながら姉夫婦に愚痴ると、「うまく立てながら動かすしかないね」と率直な助言が返ってくる。硬くなっていた体や心が、「まぁいいっか」とゆるんだ。

姉夫婦に仕事の話を愚痴ると、女性の心も軽くなる(写真はイメージです)
姉夫婦に仕事の話を愚痴ると、女性の心も軽くなる(写真はイメージです) 出典:PIXTA

非正規、主婦からシングル女性に拡大

 総務省の労働力調査によると、35~54歳で非正規のシングル女性は2002年の約24万人が12年には約60万人に。この10年間で2.5倍と、大幅に増えた。

 16年の労働力調査では、働く女性のうち56%が非正規で、その約半数が35~54歳だった。かつて非正規は主婦パートが中心だったが、製造業に派遣労働が解禁されたこともあってシングル女性にも広がった。

 公益財団法人「横浜市男女共同参画推進協会」などが実施した同じ条件の女性を対象にした調査(15年)では、年収250万円未満が約7割を占めた。非正規の理由を「正社員で働ける会社がなかった」と回答した人は約6割にのぼった。

 調査した福岡女子大の野依智子教授(ジェンダー)は「経済困難だけでなく、未婚や非正規であることで心理的な圧迫を受けている人が多かった」と指摘。そのうえで「国は最低賃金の引き上げ、非正規単身世帯への家賃支援、最低限の年金保障をすべきだ」と求める。

35~54歳の非正規シングル女性に聞いたアンケート結果
35~54歳の非正規シングル女性に聞いたアンケート結果 出典: 朝日新聞

連載「平成家族」

この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。結婚・子育て・専業主婦…新しい価値観と古い制度の狭間にある「平成家族」をテーマに、1月1日から1月9日まで公開します。
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