連載
#8 キャラクターの世界
「たれぱんだ」変えた、サンエックスの価値観 すみっコ作者にも伝承
キャラクターを自分の分身だと思うデザイナー
今では「リラックマ」や「すみっコぐらし」で有名な会社「サンエックス」。文房具がメインで、キャラクターはそこに載っているものという時代が長らく続いていましたが、おなじみの「たれぱんだ」が登場したことで、会社そのもののあり方が変わったといいます。歴史の転換点に迫りました。(朝日新聞デジタル編集部・影山遼)
「キャラクターメーカー」としての側面が強くなるきっかけとなったのが、1998年に単独でデビューした「たれぱんだ」。つぶれたような、たれている独特なスタイルが一度見たら忘れられない存在です。
たれぱんだが「すき」「つかれた…」などと一言だけつぶやく絵本も登場し、専門店もできるなど一大ブームに。会社を象徴する存在になりました。
たれぱんだが登場するより前は、あくまで文具を取り扱う会社でしたが、ここから「ぬいぐるみ」という新領域に突入します。それから20年の時を経て、現在は売り上げの約6~7割をぬいぐるみや生活雑貨が占めるまでになっています。
当時はファンシーブームということもあり、デザイン入り文具が人気。様々なデザインが求められ、需要に応えるため、毎月2~3種類のキャラクターを発売するという、今とは違う商品開発のスタイルでした。ですが、たれぱんだを転機に、一つのキャラクターと深く長く付き合う関係になっていきます。
1932年創業の会社の長い歴史の中では、比較的最近のことだったのです。
以降、キャラクターメーカーとしての知名度が上がっていきます。
それまではキャラクター以外に、柄物やロゴデザインなども商品化していましたが、限られた人材を振り分けていく上で、自然とキャラクターがメインになっていきました。ただ、それ以前の技術も要所要所で役に立ったそうです。
その後、記者の世代にちょうどヒットした「ぶるぶるどっぐ」「こげぱん」「にゃんにゃんにゃんこ」「みかんぼうや」「アフロ犬」などが、1999~2001年の2年間に登場しました。
そして、2003年には「リラックマ」が登場します。ロングセラーのキャラクターで、今でもあちこちで見かけるまでに成長しています。カオルさんの家にいきなりすみ着き、動くのが嫌いで、いつも家でごろごろしている存在です。その人気は国内にとどまらず、アジアや欧米などの海外でもイベントを開いています。
サンエックスが大切にしているのは、自らキャラクターを生み出し、それを企画して販売していくこと。特に、キャラクターを生み出すインスピレーションを持ったデザイナーを多く見つけることを重要視しているそうです。
デザイナーは生み出すだけでなく、キャラの商品のデザインもします。かわいいだけじゃない「売れる」商品をいかに生み出せるかが鍵となります。
2012年には「すみっコぐらし」が登場。作者のよこみぞゆりさんは、以前の取材で、小学4年生の時にたれぱんだを好きになったと教えてくれました。そして、好きが高じて入ったよこみぞさんの大学には、講師としてたれぱんだの作者が在籍していたといったエピソードもあるように、デザイナーの系譜が受け継がれるケースも出てきたそうです。
主にキャラクターを生み出すのは「デザイン室」。ここに所属している自社のデザイナーが100%オリジナルのキャラクターを作っています。
そしてデザイン室から生まれてきたキャラクターが、「商品企画室」によるマーケティングなどを経て商品となり、「営業部」が全国の店頭に販売します。新たなキャラクターのお披露目は、新聞やテレビなどの広告には頼りません。鈴木さんは「グッズとして店頭に並ぶことがプロモーションであるため、初見でひきつけなければなりません」と強調。ほぼ全国一斉での発売となります。サンエックスのキャラクターは基本的に(テキストではしゃべっていますが…)声は出しません。そのため、なぜか気になってしまうといった気持ちを動かすことができる「見た目」が何より大切だといい、実力勝負となっています。
日々多くのキャラクターが考え出されますが、世間に出ていくのはほんの一握りです。
桐野さんは「デザイナーを始めとするスタッフはみんな、キャラクターへの愛が強いです。特にデザイナーは自分の分身だと思っています」。年に5回ほどの社内のコンペでは、一つの商品として売れるかというシビアな視点も必要とされ、キャラクターをどれか選ばないといけません。選ぶということはすなわち、どれかを選ばないことにもつながります。桐野さんは「ですので票入れは相当つらいものがあります」と静かに語ります。
コンペでは、市場でヒットするかどうかは分かりませんが、外れないだろうということは分かるといいます。例えば、すみっコぐらし。当時は派手で色の強いキャラクターが席巻していた中、ぺんぎん?たちが1枚の絵で出てきた時、「これはいけそう」という空気になったそうです。リラックマの場合も、絵に「おこしてください」の文字が添えられており、デザインとコピーのギャップがとても印象的だったといいます。
桐野さんは「ヒットした作品のコンセプトや骨子などは、最初に出てきた案をとても大事にしながらブラッシュアップしていきます。通り一遍の『かわいいね』では生き残れない世界です」とまとめます。いわば、あのゆるいキャラクターたちも勝ち残ってきたエリートなのです。
毎月2~3種類のキャラクターが登場していた時代について、鈴木さんは「当時はキャラクターありきではなく、あくまで文具がメイン。文具を売るための新デザインという意味合いが強く、それ以上の発想はなく、それで商品が売れていた時代でした」と振り返ります。
時間をかけてキャラクターを育てていくという方針になった今、鈴木さんによると「サンエックスでは1年に1種類、デビューができれば良い方ではないでしょうか」。社内コンペでデザイナー全員が最低一つを提案する、ということを繰り返して、新キャラクターの開発を行っているそうです。
デザイナーが心を込めて製作した年間200種類ほどから選ぶことになり、それがクオリティーの維持にもつながっています。
「現在は、自社商品の制作が5割、ライセンスが残り5割という感じです」と鈴木さん。
サンエックスのキャラクターの特徴は何なのでしょうか。
鈴木さんは「ファッショナブルではないですよね」と笑います。「基本的にキャラクターたちの背景を深掘りして楽しめるのが強みではないでしょうか」と語ると、桐野さんも「謎が多いのが特徴です。ほとんどは誕生日も性別もありませんし、音声もないので、ユーザーが想像する余地がたくさんあります」と同調します。
商品の売り場は、大人と子どもで分けられていることが多いです。一方で、鈴木さんとしては「キャラクターを無理に『大人向け』におしゃれにせず、そのままのちょっとやぼったい方がクールかもしれません」と考えています。昔のファンシーグッズが一周回っておしゃれになっている感覚と似ているのでしょうか。「大人と子ども、または性別や国籍を分けずに、一緒に同じデザインを語り合える時代になってきていると思っています」
たれぱんだの作者のインタビューでもあったように、何も大きなことはしないけれど、近くにいてくれるだけで心が安らかになる不思議な存在。それがサンエックスのキャラクターなのかもしれません。これからも、中心にはいないけれど、どことなく気になるキャラクターをいつまでも生み出してくれることを願っています。
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