連載
#15 キャラクターの世界
「このときがずっと続けばいいのに」が叶わない親子、英会話本に共感
現実には叶わないことを願う気持ち
ある英会話本の1ページに載った1組の親子の物語が話題になりました。ページに書かれた言葉は「I wish this moment could last forever(このときがずっと続けばいいのに)」。何げなく紹介した本に共感が広まり、国内だけでなく、海外からも多くの声が届きました。投稿者と本の出版社に込めた思いを聞きました。(朝日新聞コンテンツ編成本部・影山遼)
話題になったのは、めらがいあさん(@meragaia89)が「すみっこぐらしの英会話本、可愛いし分かりやすいしで楽しく読んでたのにこのページからもう何も見えない(涙で)」(原文のまま引用)の文言とともに、Twitterに投稿した一つの画像です。
すみっこぐらしの英会話本、可愛いし分かりやすいしで楽しく読んでたのにこのページからもう何も見えない(涙で) pic.twitter.com/bOx1Aidro1
— めらがいあ (@meragaia89) January 26, 2021
投稿は次のように続きます。
「とても可愛くて分かりやすくて素敵な本ですが私は例のページから読み進められていません」
この画像は、シーン別に使える1〜8語ほどの短い表現を、サンエックスの「すみっコぐらし」のキャラクターとともに紹介した英会話本の1ページです。
親子が別れる前のシーンに、「夜泣きしたムスメを抱っこしてゆらゆらしてる時はこんな気持ち」「息子と二週間自宅待機中の心境」などと、自身の子どもを思って共感するコメントがつきました。2月3日現在、24万を超える「いいね」がついています。
ご存じない方のために説明すると、すみっコぐらしの主要キャラには(全員がすみっこにいるので、何を持って主要と言えば良いのか分かりませんが)、自分が本物のペンギンなのか自信がない黄緑色の存在「ぺんぎん?」、北から逃げてきた寒がりの人見知り「しろくま」、脂っこいから残されたトンカツの端っこ「とんかつ」、体形を気にする「ねこ」、そして、今回スポットライトが当たっている「とかげ」がいます。
医療従事者の20代女性だという投稿者(めらがいあさん)に話を聞きました。
海外旅行が好きだといいますが、英語があまり得意ではないそう。「旅行の時に困らないくらいの英語を話したい」と考えて本屋に入ったところ、以前から好きなすみっコぐらしが目にとまり、手に取りました。
本を読み進めていると、今回のページに出会うことに。普段はプレーしているゲームや一緒に暮らしているペットについてつぶやくことが主ですが、思わず本を紹介したところ、「Twitterを開いたら10秒でアプリが落ちる状態が2日続きました」というほど広まりました。
「このページを見て我が子を抱きしめた」「叶うことが無いなんて…」などというニュアンスのコメントや、海外からのリプライもあふれました。めらがいあさんは「とかげとおかあさんが、それだけ愛されているんだな、とうれしくなりました」と話します。
そもそも、このシーンにはどういった物語があるのでしょうか。
今回、大きなきょうりゅうの上に載っているのは、自分がきょうりゅうであることを他のすみっコたちに秘密にしている「とかげ」(ばれると捕まってしまうと思っています)。
ある春の日、きょうりゅうが現れたという情報をもとに、湖に駆けつけたとかげ。目撃されたきょうりゅうは、離れて暮らすおかあさんでした。涙の再会でしたが、訳あって、ずっと一緒にいることはできず…。別れる前の一時を切り取ったのが、今回の場面です。(とかげは最後に、他のすみっコたちの優しさに触れます。権利の関係上、詳しくは下記の絵本「すみっコぐらし このままでいいんです」(よこみぞゆり・主婦と生活社)をご覧ください)
投稿されたページでは、その当時の心情を「I wish this moment could last forever(このときがずっと続けばいいのに)」との言葉で表現し、「You are always in my heart(心はいつもそばにいるからね)」と返答が。「I wishで、『~だったらいいのに』と現実には叶わないことを願う気持ちを表せます」という、せつない解説文もその後に添えられています。
その物語に感動する人が続出しましたが、なぜこのフレーズを選んだのか。そもそも、どういった過程を経て出版されたのか。出版社の担当者からは、素敵な回答がありました。
出版したのは名古屋市にあるリベラル社。これまでにリラックマと学ぶ英会話本などを手がけています。担当した山田吉之さん(41)も、すみっコぐらしのファン。「どんな人でも自分の繊細な部分と重ね合わせられるような魅力的なキャラがたくさんいる」と魅力を説明し、その中でも寒いのが嫌いで、いつも震えている「しろくま」を推しています。(2019年に公開された)映画(「とびだす絵本とひみつのコ」)を見て、「とんかつ」と「えびふらいのしっぽ」も同率一位に。「あの食べてほしいオーラは反則です…」
話題となった「このときがずっと続けばいいのに」という言葉を入れた理由について、「とかげは、おかあさんに会いたいのに会えない。きょうりゅうなのに、みんなには言えない。この絵は、そんな切ない存在のとかげの願いが叶った瞬間(=お母さんと会えた)なのではないか、と思いました。また、その瞬間を読者の記憶にもとどめてほしいと感じたため、絶対に載せたいなと。とかげの気持ちになったら、この絵は外せません」と力説します。
もともと、この本を作った理由の一つに、英語が苦手だと思っている学生や社会人に、気軽に手に取ってもらうための「やわらかい英語の本」があっても良いという思いがありました。山田さんは「好きなものと英語が組み合わさっていたら、楽しくてついつい勉強しちゃうのではないか、という思いを大切にしています。細かい文法用語を知らなくても、長くて複雑な英文が読めなくても、英語って面白いかも、と感じてもらえたら」と話します。
今回、話題になったことには、別の効果もあったそうです。
山田さんは「通常、作った本に対して、読者からの感想を聞く機会はかなり限られています。その中で、発刊から1年が経とうとしている本について、声を発信していただいたことがとてもうれしいです。『読者に届け』と気持ちを込めて本を作りますが、それがきちんと届いていたんだなあと実感させていただき、感謝の気持ちしかありません」。
読者さんの投稿で『すみっコぐらしの英会話』の「とかげ」のページに多くの方からの共感が寄せられています。
— リベラル社 (@riberarusya) January 29, 2021
会いたいと思っていたお母さんから離れたくない…そんな気持ちを表現しています。現在売り切れにつき、増刷は2月上旬!お楽しみに。(編集YY)#すみっコぐらし pic.twitter.com/nIs2kIbdtS
2020年2月27日に初版が出た「すみっコぐらしの英会話」は1100円(税別)で、全国の書店で購入できます。ただ、現在は売り切れている店が多いそうです。2月上旬に重版がされますので、その後は、インターネットでも定価で購入ができる予定です。
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