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YouTubeおすすめ、2日で「染まる」 「ネットに真実」を再現

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「ネットで真実を見つけた」ーー。その情報源として、SNSや動画サイトを挙げる人がいます。なぜそこまで信じてしまうのか。実験してみると、いかに素早く「おすすめ画面」が偏った情報に染め上げられるのかが見えてきました。あなたの画面が「染まる」までを再現しました。
SNSや動画サイトなど、「ソーシャルメディア」を見ていると、気づかないうちに似たようなジャンルの投稿や動画ばかりが表示されていることがあります。これは、「レコメンド(おすすめ)」という機能のなせるわざです。
見る人ごとに情報を「カスタマイズ」してくれて便利な半面、人々の思考を偏らせ、社会が分断に向かったり選挙結果に影響したりしてしまう危険性も指摘されています。
このことを考えさせられる経験が今年2~3月にありました。当時、SNSで盛り上がっていた「財務省解体デモ」の現場に、2カ月間通い詰めた時のことです。
何人もの参加者に話を聞きましたが、デモに参加したきっかけは様々。財務省の緊縮財政批判だけでなく「反ワクチン」や「日本人ファースト」からたどり着いた人もいました。共通していたのは、「マスコミ不信」と「ネットで真実を見つけた」という自信でした。
情報源を聞くと、ほぼ全ての人がYouTubeとXを挙げました。スレッズやTikTok、インスタグラムも人気でした。
気になったのが、彼ら彼女らが掲げる「ファクト」でした。
「財務省は朝鮮人に支配されている」「財務省はディープステート(影の政府)の手先」「新聞社は財務省からの天下り役人に牛耳られている」等々……。「『真実』を書いたら、記者さんの身にも危険が及ぶんでしょ?」と真顔で心配してくれた参加者もいました。
どうも、議論の土台となる「ファクト」が交わらない感覚です。その原因の一つが、情報環境の違いにあるのではないか? そんな疑問から、実際に、スマートフォンがどのように「染められる」のか、実験してみることにしました。
ソーシャルメディアに詳しい兵庫県立大の土方嘉徳教授に監修してもらい、東京、大阪、西部(福岡)の朝日新聞社会部の記者5人が参加しました。
私(41歳男性)以外はみな30代で、女性3人男性1人です。総務省の調査で、10~40代の9割以上が使用しているとされたYouTubeを使い、比較対象として、Googleの検索エンジンも使いました。
まず5人は、アンドロイドのスマホでGoogleアカウントを新たに作りました。検索や閲覧履歴が「まっさら」な状態から、レコメンドがどう影響するのかを見るためです。
10日間決まった手順で、3人がYouTubeの視聴を、2人はGoogle検索をしました。
YouTubeの3人は5日間、自らの趣味である「キャンプ」「編み物」「釣り」を検索し、一番上に表示された動画を5分見ました。
その後、「おすすめ」された中で一番上の動画を5分視聴。さらに、その動画のおすすめ動画の一番上を5分見るという流れで、計3本を見ました。ただし、5分以上の動画は、土方教授のアドバイスで5分で中断することにしました。
動画を視聴した影響を記録するため、毎朝YouTubeアプリを起動したらホーム画面に表示される動画の上位10本のスクショを撮りました。
6日目、検索語をキャンプから「財務省解体」、編み物から「ディープステート(影の政府)」に変更し、前日までと同じ流れで3本視聴しました。
キャンプ動画を視聴していたスマホ(40代男性)は当初、上位10本中5~7本をキャンプ関連が占めていました。ところが、財務省解体デモに切り替えた翌日には半分が財務省関連になっていました。さらにその翌日には財務省関連が6本に増えたほか、残り4本のうち2本が自民党批判などの政治関係の動画でした。
編み物動画を視聴していたスマホ(30代女性)は、ディープステート関連を見始めて3日目にトランプ米大統領や国際政治関連の動画が8本に急増し、編み物が1本だけになりました。
一方、釣り動画を見るスマホ(30代男性)は、検索語を「釣り」から変えずに視聴を続けました。すると、釣り動画が半数を下回ることはなく、10本中6~9本で推移しました。
Google検索をした記者2人は、初日から5日目まで、ニュースアプリで国内外のニュース、ビジネス、エンタメ、スポーツなど6分野のトップ記事を1本ずつ閲覧。6日目から、1人だけ「財務省解体」と検索し、記事を読みました。
Googleには、ユーザーの興味関心に沿ったコンテンツがスマホのホーム画面で表示される「ディスカバー」機能があります。ただ、YouTubeと違い、「財務省解体」と検索してコンテンツを読んだ翌日にも、関連記事が自動的に表示されることはありませんでした。
SNSは元々、友人・知人や興味関心のあるものを「フォロー」してコミュニケーションをするツールでした。
様相が一変したのが、TikTokが他のSNSに先駆けてレコメンドを強化した2017年です。TikTokの大人気を受けて、YouTubeやフェイスブック、ツイッター(現X)なども慌てて追随しました。
レコメンドはフォローの有無とは関係なく、視聴率が高そうなコンテンツが勝手に表示される仕組みです。土方教授によると、「ユーザーの過去の検索や閲覧履歴から、その人が見そうなコンテンツを予測してSNS側がおすすめしてくる」のだそうです。
YouTubeの実験結果について土方教授に聞いてみました。すると、「検索する言葉によって、おすすめがある程度短期間で変わるのは想定していました。でも、『財務省解体』を検索した2日後には、大半のレコメンドが財務省や政治関連に置き換わるスピードには、正直驚きました」と話しました。
「ちょっとした興味の変化を逃さず、あっという間にユーザーをそのトピックに誘導するよう設計されている」といいます。
なぜ、これほど機敏に反応する設計になっているのか。土方教授は、「ライバル」の存在があると言います。
「競合相手のTikTokのほか、インスタグラムやXとも熾烈な視聴者の奪い合いを繰り広げています。そんな中で収益を上げるには、YouTubeを長時間見てもらわなければいけません。そのためにとにかく短期的にユーザーの興味を逃さないアルゴリズムになっています」
その結果、何が起きるのでしょうか。土方教授は「兵庫県知事選や財務省解体デモなど、『盛り上がっている話題』を一度見ると、おすすめ動画が染められてしまい、『周囲もみな支持している』と誤解してしまう可能性があります」と話してくれました。
インターネット上で、レコメンドなどのテクノロジーによってユーザーの思想や行動に合わせた情報ばかりが表示されてしまう現象は「フィルターバブル」と呼ばれます。SNSなどで、自分と似た意見ばかりが跳ね返ってくる「エコーチェンバー(反響室)」現象と共に、人々の思考を偏らせる危険性をはらみます。
ところが、ネットでは「一方通行のマスコミと違って、自分の意思で見るコンテンツを選んでいる」 などと思い込みやすいと土方教授は指摘します。「いまや日常生活のあらゆる分野にレコメンドが浸透し、人々は自分が思うほど能動的には選択していません」
総務省の24年の委託調査では、おすすめやレコメンドを「知らない」人が47.9%、フィルターバブルについて「知らない」人が74.8%でした。「新しい事柄を調べる際に複数の情報源を比較するか」という問いに「あてはまる」と答えた人は、おすすめやレコメンドの内容や意味を具体的に知っている人では82.2%でしたが、知らない人では47.7%でした。つまり、仕組みを理解できていない人ほど、情報をうのみにしやすい傾向にあるようです。
ただ、Google検索の実験では、こうしたレコメンドの働きは顕著には見られませんでした。土方教授は「極端なパーソナライズがされず、新聞やテレビなど既存メディアで情報摂取している場合と似たような環境になっている」と分析します。
その上で、YouTube視聴とGoogle検索で生じる情報環境の違いに注目。「特定の分野ばかりを見ている人と、そうではない人の間に、情報基盤のズレが生じています。こうした『情報の分極化』の結果、見ている世界が違う人たちの間で、議論がかみ合わなくなってしまいます」と分析します。
いま行われている参院選でも、同じような状況が生じている可能性はあるそうです。
新興政党が既存の権威を批判する構図は分かりやすく、「ネット受けがいい傾向があります」と土方教授。「再生数が稼げるのでコンテンツが量産され、さらに再生数が増えるという相乗効果のサイクルが生まれています。正しいかどうかより、人々の興味や関心を奪い合うアテンションエコノミーや、SNS側の経済合理性に左右される情報空間になっています」
では、処方箋は無いのでしょうか。
土方教授は「SNS側は、短いコンテンツを大量消費してもらい続けるために、工夫をこらしています。こうした特性を観察し、理解することが必要だと思います」と話してくれました。
筆者は以前、俳優の高知東生さんが〝関連動画〟がきっかけで「陰謀論」にはまってしまった後、抜け出すまでの話を聞きました。そのときは信頼する友人からレコメンドの仕組みを教えてもらったそうです。
難しさもあると思いますが、自分の意思とは関係なく、ある分野のコンテンツを摂取させられている「偏食」状態に気づくことが、「バランスよい食事」への第一歩なのかもしれません。
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