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耳が聞こえない弟2人に「YouTubeやろう」 兄が誘ったわけ
イベント開催に向けてクラファン実施中です

出典: サエキさん提供
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聴覚障害のあるアスリートによるスポーツの祭典「東京2025デフリンピック」が11月15日から始まります。開幕が待ち遠しい一方で、すでに閉幕後を見据えて動き始めている人がいます。聴覚障害への関心を持ち続けてほしいと活動する原動力は、ろう者である弟2人の存在。聞こえる人と聞こえない人の壁をなくすことが目標です。(朝日新聞withnews編集部・川村さくら)
サエキさん(28)は東京都で生まれました。4人きょうだいで、妹と、耳が聞こえない弟ナツさん(25)とマコさん(19)がいます。
耳が聞こえる母が声を出しながら弟たちと手話で会話している様子を見て、自分も子どものころから自然に手話を覚えていきました。
聴覚障害が身近だったことや、年齢が9つ下のマコさんの面倒をよく見ていて子どもが好きだったこともあり、大学では特別支援教育を専攻。
大学では手話サークルに参加したり本を読んだりしてあらためて手話を学び、ゆくゆくはろう学校の教員になろうと考えていました。
大学4年のときには休学してワーキングホリデーの制度を使ってオーストラリアへ。その後カナダへのワーホリや世界一周の旅も考えていましたが、コロナに阻まれました。
そこで人生設計を再考。
以前から「聞こえない人の存在を知る機会が世の中には少ない」と感じていたサエキさんは、2020年8月、弟2人とYouTubeを始めました。
「聞こえない人の存在を知ってもらうきっかけを作りたい。自分たちのことを発信して聴覚障害に興味を持ってもらえたら」という思いでした。
チャンネル名は「POCチャンネル」。困難にも立ち向かおうと、「楽勝」「たいしたことない」といった意味がある英語のスラング「Piece Of Cake 」からとりました。
「YouTubeを見るのが好きだったので、自分もやってみることが楽しみでした」というマコさん。
対照的にナツさんは「目立つのが好きじゃない」と一度断ったそう。しかし、サエキさんに発信したい理由を説明されると納得し、「僕も何か力になるなら」と参加を決めました。
初めて投稿した動画「二人とも耳が聞こえません。先天性の聴覚障害です」はこれまでに60万回以上再生されています。
障害のことや差別のことを真剣に語り合う動画もあれば、手話で口論するとどうなるか、酔っ払って手話をするとどうなるかなど、硬軟織り交ぜながら発信しています。
TikTokやインスタグラムでは100万回以上再生された動画も多くあります。
「酔っているナツの動画は、家に帰ったらナツが酔っていたので『撮っていい?』と聞いて撮影しました。他の動画も日常の延長線上で撮影している感覚です」
「聴覚障害について発信している人は少なかったし、(たくさん見てもらえる)自信は元々ありました」とサエキさんは話します。
動画での発信を始めたことによる変化を聞くと、ナツさんは「(街で)声を掛けられることが増えました」といいます。「手話をもっと勉強しようと思いました」「動画を見て手話講習会に行き始めました」など言われることもあったのだとか。
サエキさんは2022年には一般社団法人POCを設立。
国立市で聞こえない子どもと聞こえる子どもが混じり合って過ごす学童保育「POC HOUSE」(現在は休止中)を立ち上げました。
聞こえない子ども向けのオンラインの学習支援「POC STUDY」も運営しているほか、国立市でお酒を飲みながら交流できる「POC BAR」も月に一度開いています。やってくる人は3割ほどがろう者、7割ほどが聴者だといいます。
今後は手話を学べる教材や場所も作ろうとしているそうです。
サエキさんが実行委員長として11月30日に国立市で開くのが「デフフェス」。聴覚障害の有無に関わらず来場者がともに楽しめるイベントとして企画しました。
実行委員会はナツさんとマコさんのほか、友人たちや手話通訳者、普段からPOCの活動に参加しているボランティアなどで構成されています。
イベントには、聴覚障害について発信しているインフルエンサーやデフアスリートなどが出演予定で、飲食やワークショップも楽しめるそうです。
兄であるサエキさんの行動力や発信力を尊敬しているというナツさんとマコさんにデフフェスへの思いを聞くと、「自分たちだからこそできる、つながる空間を作りたいです」(ナツさん)
「デフリンピックとともに、もっとろうの世界を盛り上げたい。聞こえる人もろう者も一緒に楽しめるイベントにできるよう、頑張りたいです」(マコさん)
どのような経緯でデフフェスの開催を思いついたのか、サエキさんに聞きました。
映画『コーダ あいのうた』が2022年にアカデミー賞で作品賞などを受賞。また同年にはドラマ『silent』が放送されました。
「聴覚障害について関心が高まるブームが何度かありました。でもブームが終われば関心も下がる。デフリンピック後には、聴覚障害について知る機会がどんと下がってしまうんじゃないかと危惧しています」
聞こえる側であり、聞こえない弟たちの生活もすぐそばで見てきたサエキさんだからこそ、両者が関わり合いながら生活できる社会を望んでいます。
「(聴覚障害や手話について)よく知らないと、知らず知らずに相手を傷つけてしまうこともあるんです。だからこそデフフェスでお互いのことを知り合って、これから生まれてくる子どもたちがもっと安心して過ごせる世界に近づけたらいいなと思います」
サエキさんたちはデフフェスを今回限りでなく、来年以降も続くイベントにしたいと意気込んでいます。
「デフフェス」のクラウドファンディングサイトはこちら(10月30日まで)
サエキさんがデフフェスへの思いを語った動画はこちら
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