連載
#29 平成家族
突然の辞令、臨月の妻と家探し 会社員の宿命「転勤」のリアル
かつてユニコーンの「大迷惑」でも歌われた「転勤」。共働きの増加、男性の育児参加など「平成の生き方」との間でズレを引き起こしていないでしょうか。
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#29 平成家族
かつてユニコーンの「大迷惑」でも歌われた「転勤」。共働きの増加、男性の育児参加など「平成の生き方」との間でズレを引き起こしていないでしょうか。
かつてユニコーンの「大迷惑」でも歌われた「転勤」。共働きの増加、男性の育児参加など「平成の生き方」との間でズレを引き起こしていないでしょうか。突然転勤を言い渡された男性は、臨月の妻を連れて家探し。仕事での成長を求め妻子を残し単身赴任を決めた男性は、妻の両親から「総スカン」に。専門家は「転勤のコストに値する効果は、本当にあるのでしょうか」と疑問を投げかけます。
「来月、転勤してもらいます」
自動車関連の企業に勤める男性(30代)は、関東の本社で働いていたある日、上司に呼び出され、東海地方への異動の内示を受けました。人事のローテーションによる、玉突きの結果でした。
当時、専業主婦の妻は臨月。お腹に2人目の子どもが宿っていました。
数日以内に可否の返事を求められましたが、上司は「事実上、決まってることだから」。
「受け止めるしかない……」
退職するという考えも頭をよぎりましたが、20代のときに転職を2度経験し、幼い息子と出産を控える妻を抱えたいま、できない選択だったと振り返ります。
人事発表から着任まではおよそ2週間。会社の寮や社宅はなく、妻と共に家を探し、引っ越しも済ませました。
「この街でいいのか、この家でいいのか、短い時間で大切な判断をしなければならなかったことが、非常にストレスでした」
転勤後、仕事は充実していました。
「難度の高い仕事が多く、転勤しなければ積めなかった経験、伸ばせなかった能力があった」
子どもが保育園に入れたことで、妻にも友人ができ、家族とは楽しい時間を過ごしました。
一方、男性個人としては「たくさんのものを失った」といいます。
ゆかりのない土地でひとり、SNSの中の友人たちに感じる疎外感。これまでの人間関係が断絶され、「趣味をほとんど捨てた」と話します。
男性は、東海地方から関東に戻ることなく、現在は海外駐在として働いています。今回もいつ日本に戻れるかわかりません。
「もしも希望を聞いてもらえるのであれば、転勤はしていません」
「とにかく異動したかったんです。場所は問いませんでした」
関西でエンジニアとして働く男性(30代)は、都内に妻ともうすぐ2歳になる息子を残して、単身赴任しています。
「前の部署に異動するとき、とりあえず3年、と言われていたんです。でもあれよあれよという間に、5年。著しく仕事に飽きている自分がいました。やりたくない仕事で残業しなくてはいけないのが、苦痛でした」
仕事へのモチベーションの低下で、転職を考えたことは何度もあります。けれども、今より良い待遇となると、なかなか希望に合う企業は見つかりません。
愚痴とまではいかなくとも、くすぶっている様子に妻も案じていたと言います。
そんなとき、関西の支社に新しく部署が立ち上がることになり、関連する業務を行っていた男性は、転勤の可否を問われました。
強く希望はしなかったものの、否定をせずにいると、トントン拍子に転勤が決まりました。
苦労した保活、妻自身のキャリア……妻と何度も話し合った結果、単身赴任を選びました。
男性の気持ちに理解を示しているという妻ですが、当時は転勤が近付くにつれ不安になり、けんかも絶えなかったといいます。
「もしも何か起きたら、あなたの単身赴任のせいだから。覚えておいて」。妻に言われた言葉に、「仕方ないですよね」と身の縮む思いです。
幸いにも、子育てに関しては妻の親族の協力が得られましたが、男性は妻の両親からは「総スカン」。
それでも転勤してから「成長したいという気持ち、仕事へのモチベーションは上がってきた」と話します。
男性にとっても息子はかけがえのない存在。離れて暮らすことに、強い寂しさを感じています。もうひとり子どもを作って、育児休業で妻子を関西に呼び寄せることも視野に入れています。
リクルートワークス研究所の大久保幸夫所長は、転勤を「日本の社会的価値観でつくられた独特の制度」と話します。
「第一次オイルショックなど、日本の景気が大きく底についたときに、雇用の安定を重視されるようになりました。終身雇用する代わりに、企業には人事権が広く認められてきたんですね。そして余程の事情がない限り、社員は甘受すべきだと」
大久保所長は、転勤の目的は大きく3つあるといいます。
ひとつは全国にある拠点への人材の需給調整。
二つ目は会社の事業を多角的に知る人材育成。
三つ目は、同じ業務を続けるマンネリ化の防止、です。金融機関などでは、癒着による不正を防ぐ目的の転勤も含まれます。
しかし、1990年代に共働き世帯が増えると、転勤制度のあり方にひずみが生まれ始めます。
「夫が転勤を命じられたとして、働く妻はどうするのか、子どもの教育はどうするのか、という問題とあまりにも折り合いがつかない。はっきり影響が見えるのは単身赴任者の数。右肩上がりで増加しています」
リクルートワークス研究所の調査によると、2016年の1年間に転勤を経験した人は79.1万人。そのうち、6割以上が役職のない社員です。
「若い時にはいろいろな仕事を経験させる」というジョブローテーションの中に、転勤が組み込まれているのが実態です。
「転勤のコストに値する効果は、本当にあるのでしょうか」。大久保所長は、慣行化する転勤に疑問を投げかけます。
「最近は新卒の学生も、地元で働きたいという人が多いです。『転勤がない』というだけで、その地域での採用力が上がります。人材育成のためには転勤でなくても、異動で昇進するキャリアパスを描ければいい。癒着による不正が起こるのは、転勤の問題じゃないですよね。不正を発覚させるには、例えば2週間の休暇でも代替できるのです」
一方、「拠点展開や、上級幹部の育成のために、ごく少数の転勤は残る」と大久保所長は話します。
「ただし、会社から一方的に発令するのではなく、ミッションや期間を明確にして、本人の同意があることを前提にするべきでしょう」
この記事は朝日新聞社とYahoo!ニュースの共同企画による連載記事です。家族のあり方が多様に広がる中、新しい価値観と古い制度の狭間にある現実を描く「平成家族」。今回は「働く」をテーマに、4月28日から公開しています。
夫から「所有物」のように扱われる「嫁」、手抜きのない「豊かな食卓」の重圧に苦しむ女性、「イクメン」の一方で仕事仲間に負担をかけていることに悩む男性――。昭和の制度や慣習が色濃く残る中、現実とのギャップにもがく平成の家族の姿を朝日新聞取材班が描きました。
朝日新聞生活面で2018年に連載した「家族って」と、ヤフーニュースと連携しwithnewsで配信した「平成家族」を、「単身社会」「食」「働き方」「産む」「ポスト平成」の5章に再編。親同士がお見合いする「代理婚活」、専業主婦の不安、「産まない自分」への葛藤などもテーマにしています。
税抜き1400円。全国の書店などで購入可能です。
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