連載
#33 平成家族
「休んで大丈夫?」夫の決断に冷めた視線のママ 今なら言える言葉
「育休取りたい」と素直に言えますか?男性にも女性にも少し複雑な昭和的価値観が残っているようです
「女性活躍」、「イクメン」が叫ばれる一方で、男性が育児休業を取る家庭はまだごく少数です。共働き世帯でも、女性が多く育休を取ることで、いつの間にか、家事や収入に性差がつき、家事・育児は女性の役目、稼いでくるのが男性の役目と、昭和的な価値観に逆戻り。その矛盾に戸惑いながらも乗り越えた平成の家族をたずねました。
「そんなに休んで大丈夫なの?」
昨年1月、第2子の妊娠が分かっていた東京都内の30代の会社員女性は、夫から「育休を取ろうと思う」と切り出され、思わずそう返しました。「男が育休を取れば干されるんじゃないか」。喜びよりもまず、不安があったと言います。
メディア業界で働く夫は、土日も出勤、帰りは深夜という生活でした。女性は教育関連の企業でフルタイムで働いていましたが、長男(3)のときは当然のように1人で育休をとりました。
復職後も1人で育児、家事をこなしてきました。平日は仕事と家事で疲れ切り、「それでも子どもを育てなきゃ」と踏ん張りました。
「夫が育休を取る発想はありませんでした。育休取って、キャリアは平気なのかって」
一方、夫は仕事が軌道に乗っていましたが、育児に関われないことももどかしく感じていました。「ワンオペ育児」の問題も報道され始め、「できないことが精神的にきつかった」と言います。
夫が会社の人事に育休について相談すると、驚かれましたが、「前例はないけど、規則上ではできるはず」と対応してくれました。上司も「男でも取れるのか」と面食らいつつ、受け入れてくれたそうです。
「声を上げればサポートしてくれる。男性の育休もそんなにネガティブではなかったんだ」と女性は安堵しました。
雇用保険で支払われる育休給付金は、6カ月までなら賃金の3分の2に減り、6カ月以降は半分になります。夫婦そろっての取得は、原則生後1年2カ月まで1年間認められますが、家計的には赤字。でも、貯金をあてて、まずは育児に専念しようと決めました。
夫は育休当初、暇な時間に資格を取ったり、旅行に行ったりする計画を立てていました。しかし「そんなに甘くなかった」。
長女の夜泣きで夜間はほとんど寝られない女性。午前4時以降の対応は夫がバトンタッチします。朝食も担当し、日中は夫婦で子どもの世話と家事を手分けしてこなすうち、日が暮れます。「2人でやってちょうど良いくらいの分量」と感じています。
女性には1人きりの育児と目に見えた変化がありました。料理や掃除をしていると「ぼくもやりたい」とせがんでくる長男に、「一緒にやってみよっか」と返す心の余裕ができたこと。ずっと後回しになっていた歯医者など自分の通院に行けたこと。「心身ともに健康に子育てができています」
しかし周りのママ友に「夫と育休を取っている」と話しても、「大丈夫なの?」と冷めた目。うらやましがられることはありません。女性は「みんな女1人でやるものだと思っているんです。私もそう思っていましたから」と話します。
それでも、「ほかのお母さんもワンオペができるんだからと夫の育児協力が後ろめたくて、自分の状況にふたをして頑張っているだけ。一緒に育児をしたい人も多いはず」と今なら言えます。
先日、休みの日に家族4人で定食屋に行った際、女性はふと涙がこみ上げてきました。そこは数年前、長男を連れて2人きりで休日に来た定食屋でした。
暴れる長男を押さえながら、ごはんをかき込んでいた自分を思い出し、「やって当然」と納得させていた自分の孤独に気づきました。
「家族で来られた。こういう家に憧れていたんだ」
夫のキャリアに育休が及ぼす影響はまだ分かりません。ただ夫は、「今、とても良い時間を過ごせています」と満足げに話します。
また、パパ仲間の人脈も広がり、家事や育児を通して複数の仕事を同時にこなす力も身につきました。この経験は仕事に生かせると思っています。
「本業と違う経験を得られるという『副業』みたいでした。育休は休みではなくて、育児という仕事が経験できる時間ですよ」
東京都文京区で学習塾を経営する高山陽介さん(37)が育児に目覚めたのは、長男(5)の水ぼうそうがきっかけでした。
妻(31)は小学校教員。育休からの復職を目指し、当時8カ月だった長男の慣らし保育も終え、復職する始業式当日に、長男が水ぼうそうを発症しました。「どうすんの、これ」。いきなりの想定外のことに妻はパニックになったと言います。
当時、介護施設で働いていた高山さんが1週間休み、面倒を見ることにしました。ところがそれまで、育児はほぼ妻に任せきり。なぜ子どもが泣いているのかも分からない状態でした。
「まとわりつかれながら離乳食を作ったり、目が離せないからトイレ中もドア全開だったり。主体的に『手伝う』以上のことをして、初めてママの大変さが理解できました」
高山さんは介護の仕事をやめ、興味のあった学習塾を開きました。妻の急な残業にも対応して子育てをし、妻の仕事を応援します。収入は以前より不安定ですが、「大企業が安定している時代じゃない。うちは妻の気持ちが安定して笑顔でいてくれることが大事です」。
周囲で孤独に子育てするママの愚痴を聞くこともあります。一方で、楽しんで子育てをしているパパ仲間が増え「当たり前のように楽しく子育てをしている周りの雰囲気が大事。パパ仲間とつながって、『やって当然』の意識ができればと思います」と話します。
先月下旬、文京区であった子ども向けの写真撮影会。高山さんは「パパ友仲間をつなげたい」とスタッフとして参加していました。午後に勉強会がある妻が、撮影会場で長男の世話をバトンタッチします。高山さんは長男の様子を見て「疲れているみたい」と早めに家に引き上げました。子どもの体調の判断も適切にしてくれる夫を見て、妻は「チーム育児ですね」と頼もしげに言いました。
法律上、男性の育休取得も、女性と同様に労働者の権利として認められています。1人の子どもにつき原則1回ですが、妻の産後8週以内に取った場合は、分割して取ることができます。妻が専業主婦の場合でもとることができます。
しかし依然として、育休を取るのは女性に偏っています。厚生労働省の調査ではパートナーが出産した男性のうち、育休を取った人は、年々増加傾向にあるとは言え、まだ3%ほどです。
男性の育児参加をすすめるNPO法人「ファザーリングジャパン」の2015年の調査によると、乳幼児がいる男性の46%が、妻の産後に、妻のサポートや育児を目的として、育休制度ではなく、有給休暇などを取っていました。長時間労働などで休みづらい雰囲気の会社で、上司や周りの目を気にしていることも一因にあり、「隠れ育休」と言われています。
政府は2020年に男性の育休取得率を13%に引き上げることを目標にしていますが、制度や企業の取り組みだけでなく、こうした社会全体の意識も変えていく必要がありそうです。
夫から「所有物」のように扱われる「嫁」、手抜きのない「豊かな食卓」の重圧に苦しむ女性、「イクメン」の一方で仕事仲間に負担をかけていることに悩む男性――。昭和の制度や慣習が色濃く残る中、現実とのギャップにもがく平成の家族の姿を朝日新聞取材班が描きました。
朝日新聞生活面で2018年に連載した「家族って」と、ヤフーニュースと連携しwithnewsで配信した「平成家族」を、「単身社会」「食」「働き方」「産む」「ポスト平成」の5章に再編。親同士がお見合いする「代理婚活」、専業主婦の不安、「産まない自分」への葛藤などもテーマにしています。
税抜き1400円。全国の書店などで購入可能です。
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