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連載

#9 わたしの中の #健康警察

「がんはXXで完治」信じたほうが悪いの? #健康警察

科学的な根拠の怪しいがん治療を、「オレオレ詐欺」と比べてみると……。※画像はイメージ
科学的な根拠の怪しいがん治療を、「オレオレ詐欺」と比べてみると……。※画像はイメージ 出典: Photo AC

目次

ネットや健康本などで「がんは放置せよ」とか「XXでがんは完治する」とかいう情報が流布され、信じ込んでしまった結果として標準治療を選択しなかったり、経済的に大きなダメージを被ってしまったりする方がいることが問題視されています。対策としてよく指摘されるのが「個人のリテラシーを高める」こと。それは大事だけど、でも、それ「だけ」で良いのでしょうか?(医療ジャーナリスト・市川衛)
「カッコいい年のとり方」を考えたら、見えにくいモノが見えてきた(PR)

【連載】わたしの中の #健康警察

新型コロナ禍のいま、「他人の健康行動」について、ついつい気になっちゃう人、増えているみたいです。「感染症をうつされないよう、身を守るのは当たり前だろ」という声も聞こえてきそうですが、「見ず知らずの他人」の行動にまでひとこと言いたくなってしまうというのは、不思議なことでもあります。医療ジャーナリストとして10年以上、取材/発信してきた私の中にもある、「他人の行動にひとこともの申したくなってしまう気持ち」。それを自分の中の #健康警察 と名づけて、考えてみることにしました。

第一回:なぜ他人の行動が気になる?クレーム対策の手袋やアクリル板の流行 生きづらい世界を作る #健康警察
第二回:なぜ若者世代は「悪者」にされるのか?カラオケ・飲み会のイメージ…でも背景には「格差」も #健康警察
第三回:ワクチン「説得」は逆効果? #健康警察 、善意の「おすすめキャンペーン」の落とし穴 カギは「共感」
第四回:「ダイエットで若返り」を目指したアラフォーの反省 #健康警察 は自分の行動すら縛るのか?
第五回:「食べ物でコロナ対策」はケシカラン? 自分の身と心を守る「おまじない」への線引きのススメ #健康警察
第六回:コロナ対策「客ごとに消毒」本当に必要?店の負担も…「おもてなし」意識が“呪縛”になるとき #健康警察
第七回:コロナ感染者予測「今後急増」“大外れ”ケシカラン?「シミュレーション結果」への向き合い方 #健康警察
第八回:ぎっくり腰で苦しむ人に「お大事に」と言ってはいけない? 変わる医療の常識との向き合い方 #健康警察

「騙されたやつもケシカラン」思考に陥っていないか?

ご存知Amazonで「がん 完治」と入れて検索してみます。

すると「がんはXXで消える」「がんは完治する」というような、一見、希望に満ちあふれた書名が並びます。出版社が出しているものもあれば、いわゆる自費出版のような形で出ているものもあるようですが、読んでみると、科学的な根拠の怪しいものがほとんどです。その中には「特定の高額な治療法に誘導している」と感じられるものもありました。

医療や健康の分野で仕事をしていると、こうした情報を信じ込んでしまった結果、つらい状況に追い込まれてしまうケースをよく耳にします。

病院で勧められた標準治療(さまざまな選択肢の中で最も根拠がはっきりとしている治療法)を拒否してしまったり、不当に高額な治療法を選んで経済的に大きなダメージを被ってしまったり。がんと診断されたのに放置しているうちに、治療が可能なタイミングを逃してしまったりすることもあるようです。

その状況に憤りを感じつつも、一方で不思議にも思ってしまいます。世には、こうした情報を「信じ込んではいけない」と警告する記事や文章がたくさんあります。ググれば多くの場合、信頼できる情報を提供する国内最大規模のがん情報サイト『がん情報サービス』(国立がん研究センター)のページが一番上に表示されます。それでも、偏った情報を信じてしまう人が後を絶たないのは、いったいなぜなのでしょうか?

ここで大事になるのが、「ヘルス・リテラシー」というものです。「玉石混交の情報の中から、適切なものを集め、批判的に検証できるようにする力」のことを指します(※1)。

先ほどの例で言えば、ググった結果からがん情報サービスを参照するのはリテラシーの「高い」態度、怪しい情報に飛びついてしまうのは「低い」態度と言えるかもしれません。

「平常時からがんや健康情報に関するリテラシーを高め、騙されないようにしなくては!」

心が痛むケースについて耳にするたび、私はそのように感じていました。

なぜ、そう感じるのか。少しフカボリして考えてみると、私の中に「リテラシーさえ高ければ、騙されないはずだ」、さらに言えば「騙される側のリテラシーの低さにも原因がある」という意識があるからかもしれない、と思い当たります。

そこまで考えて、ふと私は気がつきました。私、もしかしていつの間にか、「騙されたやつもケシカラン」的な思考に陥っていない……? そこで考えてみたのですが、「がんはXXで完治する」といった情報に騙されたとして、騙されたほうにも非があるのでしょうか?

※1. ヘルスリテラシーとは「情報を理解・活用できる力」のことで、以下3つの段階があるとされます。
1)「機能的ヘルスリテラシー」(基本的な読み書き能力)
2)「伝達的ヘルスリテラシー」(情報を自分で探したり、他人に伝達したり、自分で適用しようとしたりする能力)
3)「批判的ヘルスリテラシー」(得られた情報をうのみにせず、批判的に吟味し、主体的に活用しようとする能力)

厚生労働省『「統合医療」に係る情報発信等推進事業』ページより
https://www.ejim.ncgg.go.jp/pro/communication/c01/01.html

啓発が進んでも減らない「オレオレ詐欺」 その理由は

急ですが、「オレオレ詐欺」についてはみなさんご存知ですよね。

高齢者のお宅などに突然電話をかけ「母さんオレだよ」と息子を装うなどして、高額のお金を振り込むよう求める詐欺行為です。

社会問題化したのは10年ほど前。その後、被害を防ぐために社会をあげての啓発活動が行われてきました。メディアなども活発にこのことを報道しています。

もはや「オレオレ詐欺」の存在や、対策法(例えば、レターパックでお金を送ってはいけないなど)を知らない人のほうが少ないと言って過言ではない状態です。平均的なリテラシーは高まっている、と言って良さそうです。

ではその結果、被害件数や被害総額は減ったのでしょうか?

警察庁の公表資料によれば、2009年のオレオレ詐欺の年間の被害件数は3000件ほどで、被害総額は約50億円でした。これが、2018 年には被害件数は9000件ほど、被害総額は3倍以上の約180億円と、減るどころか大幅に増加してしまっています。

なぜか。ひとつ興味深い調査があります。

警視庁がオレオレ詐欺の被害に遭った345人に聞き取り調査を行った結果です(※2)。被害に遭った人に、その後、面接調査を行ったところ、ほぼ全員がオレオレ詐欺というものの存在を「知っていた」そして「自分は被害に遭わないと思っていた」と答えました。その理由として、およそ6割の人が「騙されない自信があったから」と答えました。

こうしたケースに共通するのが「冷静な判断ができない状況に追い込まれた結果、騙されてしまった」ことです。

詐欺師は「自分や家族の命や財産など重要なものが失われようとしている」というストーリーを作ります。さらに「時間的な制限があり、すぐに判断を下さなければならない」と迫ります。その結果、論理的な判断ができなくなり、平常時であればオレオレ詐欺と気づき、対処法を実践できたはずなのに、それができなくなってしまうわけです。

※2. オレオレ詐欺被害者等調査の概要について
https://www.npa.go.jp/bureau/criminal/souni/tokusyusagi/higaisyatyousa_siryou2018.pdf

個人だけでなく「社会として」のリテラシーを高める

ここで、がんと診断された時のことを考えてみます。告知された瞬間、当事者は命の危機を感じます。そしてその衝撃の中で、「ある期限までに治療法などを決断するように」と伝えられます。少し乱暴かもしれませんが、オレオレ詐欺と似た、論理的な判断がしにくくなる状態と言えるのではないでしょうか。

そんなとき、通常であれば高いヘルスリテラシーを持っている人であっても、「がんは完治できる」というような情報に、すがりたくなってしまっても不思議ではないように思います。

例えばオレオレ詐欺において、現状、最も有効とされる対策は「留守番電話を設定しておき、すべての電話に対し、いったん録音メッセージを聞いてからかけ直すようにする」ことです。詐欺師が自らの声を録音されることを嫌って諦める効果のほか、録音された音声を時間を置いて聞き返すことで、冷静な対処がしやすくなることがわかっています。つまりリテラシーを発揮するには、それを妨げる状況を防ぐ「環境作り」が大切だということです。

がんの情報に関しても、同じことが言えるかもしれません。

個人のヘルスリテラシーを高めることは大事です。しかし社会として、それを発揮できる環境作りは十分でしょうか。

例えば医療の場において、がんを告知するとき、当事者が冷静に判断できるようにする環境は十分に整っているでしょうか。当事者に判断を迫るだけでなく、混乱した感情に寄り添い、落ち着いてからの選択を勧める空気はできているでしょうか。

そして私たちは、もし大切な家族や友人からがんについて相談された時、適切なアドバイスをする準備はできているでしょうか。

そう考えていくと、当初、私が持っていたような「リテラシーさえ高ければ、騙されないはずだ」という考え方はちょっと浅はか、と言わざるを得ません。反省しなければ……。

いま、SNSなどの発達により、私たちが接する情報の量は増加し続けています。その結果、さまざまな偏った情報も、目に留まりやすくなっているといえます。

その対策として、個人のヘルスリテラシーを高めようとすることはもちろん大事です。しかしその考えが「自己責任論」にすり替わってしまえば、当事者や家族を傷つけるだけでなく、対策のために必要な手立てに目を向けにくくする危険もあるのではないか。

自分の中の#健康警察。他人の行動についモヤモヤしてしまう感情が、自分の中にあることに改めて気づいてしまいました。連載1年を経過しても成長しない自分を顧みる必要を、改めて感じます。精進します。
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