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連載

#7 わたしの中の #健康警察

コロナ感染者予測「今後急増」 “大外れ”ケシカラン? #健康警察

8月11日時点のGoogleによる東京都の新型コロナウイルス感染者数の予測。
8月11日時点のGoogleによる東京都の新型コロナウイルス感染者数の予測。 出典: Google

目次

新型コロナ感染拡大後、「A大学のシミュレーションによれば、この後X月には、最大1日1万人の新規感染者が……」みたいなニュース、見かけるようになりましたね。そんな予測を知った後に、賑わうイベントの映像を見ると「警戒心が足りない!」と批判したくなります。

ところがその後、振り返ってみると、予測で示された感染拡大は起きず、むしろ減っていたなんてケースも。それを見て「大外れ! ケシカラン!」という声がSNSにあふれたりします。#健康警察 の連載第7回、身近になった「シミュレーション予測」。私たちはどう捉えたらいいのか? フカボリして考えます。(医療ジャーナリスト・市川衛)
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【連載】わたしの中の #健康警察

新型コロナ禍のいま、「他人の健康行動」について、ついつい気になっちゃう人、増えているみたいです。「感染症をうつされないよう、身を守るのは当たり前だろ」という声も聞こえてきそうですが、「見ず知らずの他人」の行動にまでひとこと言いたくなってしまうというのは、不思議なことでもあります。医療ジャーナリストとして10年以上、取材/発信してきた私の中にもある、「他人の行動にひとこともの申したくなってしまう気持ち」。それを自分の中の #健康警察 と名づけて、考えてみることにしました。

第一回:なぜ他人の行動が気になる?クレーム対策の手袋やアクリル板の流行 生きづらい世界を作る #健康警察
第二回:なぜ若者世代は「悪者」にされるのか?カラオケ・飲み会のイメージ…でも背景には「格差」も #健康警察
第三回:ワクチン「説得」は逆効果? #健康警察 、善意の「おすすめキャンペーン」の落とし穴 カギは「共感」
第四回:「ダイエットで若返り」を目指したアラフォーの反省 #健康警察 は自分の行動すら縛るのか?
第五回:「食べ物でコロナ対策」はケシカラン? 自分の身と心を守る「おまじない」への線引きのススメ #健康警察
第六回:コロナ対策「客ごとに消毒」本当に必要?店の負担も…「おもてなし」意識が“呪縛”になるとき #健康警察

Googleが感染者数の予測を出し続けているけど…

「あの」Googleさんが新型コロナ感染者の予測数値を出し続けているって、知っていました?

COVID-19 感染予測(日本版)
https://datastudio.google.com/u/0/reporting/8224d512-a76e-4d38-91c1-935ba119eb8f/page/ncZpB

“このダッシュボードでは、日本国内の COVID-19 (新型コロナウイルス感染症) の感染の広がりについて、都道府県別で予測を表示しています。”

全世界から超優秀な人が集まり、膨大なデータを利用できるGoogleが出す予測。予測の仕組みも公開されています。

すごくざっくりまとめると、感染症の患者数の予測を出すのに標準的に使われているモデル(SEIRモデル)をもとに、「AIと膨大な疫学的データを組み合わせ、さらに、時系列の予測を扱う斬新な機械学習のアプローチを採用することで(Googleリリースより)」実現したといいます。

これだけだと詳細はよくわからないけれど、Google先生が「時系列の予測を扱う斬新な機械学習のアプローチを採用」とまでうたっているわけですから、すごそう。未来の感染者数を、魔法のように予測してくれそうに思います。ところが、この予測結果には、こんな反応も。

Googleの「コロナ感染者予測」は信頼に足るのか 専門家がメカニズムを解説
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/2105/05/news013.html

“例えばGoogleモデルは1月12日に、新規感染者数が2月6日に1万人を超えると予想していたが、実際には1月8~16日がピークで、2月に向けて下降。6日の実際の新規感染者数は約2000人だった。”

この記事によれば今年1月、Googleのモデルは「今後1カ月、感染者数が大幅に増える」と予測していました。ところが実際に1カ月後に振り返ってみると、感染者数は減り続け、ピークとしていた2月頭には予測の5分の1ほどの新規感染者しかいなかった、というのです。率直に言って“大外れ”と感じてしまいますね。

とはいえまあ、これはたまたま失敗しただけかもしれません。このダッシュボードのリリースは昨年11月のこと。すごいところは、一度予測を出したらそれっきりではなく、実際の感染者データなどを基に改良され続けることだそうです。

そこで現状の精度について、筆者自身も確認してみることにしました。下の図は、8月11日時点のGoogleによる東京都の感染者の予測です。
 
8月11日時点のGoogleによる東京都の新型コロナウイルス感染者数の予測。
8月11日時点のGoogleによる東京都の新型コロナウイルス感染者数の予測。
この予測では、感染者数は9月にかけて右肩上がりに増え続け、9月2日ごろには1日8000人に近づくとされています。この時期、他にも国内の研究者による「8月末には1日1万人を超える可能性」という指摘が話題になっていたこともあり、私自身「今度こそGoogleの予測が的中するのでは?」と感じました。

ところがです。

実際の経過はご存知の通り。東京都の新規感染者数は8月13日をピークに、ゆるやかに横ばいから減少に転じました。ピークを迎えるとされた9月2日は3099人と、予測の2分の1以下です。やはり素直な感覚では「え……めっちゃ外れてるじゃん……」と思ってしまいます。

「説得力のあるシミュレーション」ほど外れる?

なんで優秀な人が集まって、最新技術まで使ってモデルを作り、直近約1カ月というそう遠くない未来を予測しているのに、結果は外れてしまったのか。

つらつらと考えていたある日、面白い話を耳にしました。実話かどうかは不明とのことですが、イギリス統治時代のインドであったとされる失敗談です。

<コブラ(毒蛇)による被害が相次ぐのに頭を悩ませた当局は、コブラを減らすため『駆除して死体を持ってくれば報奨金を出す』とおふれを出しました。
するとコブラの死体を持ち込む人が急増。あまりの増加を訝しんだ当局が調べてみると、報奨金を目当てにコブラをわざわざ育てて殺し、死体を持ち込む人がいることがわかりました。
不正に気づいた当局は、報奨金を中止。すると多くの人が、もはや用なしと育てたコブラを逃がしました。結果、コブラは以前より増えてしまいました。>

このエピソードは「グッドハートの法則」の典型的な例として語られます。グッドハートの法則とは、「あらゆる観察された数値は、それが何かをコントロールするために使われると、役立たずになる」ということ。イギリスの経済学者、チャールズ・グッドハートさんが、1975年に発言した内容がもととされています。

例えば企業の粉飾決算のニュースで「厳しい営業目標を達成するために、担当部署がグループ会社に大量に商品を売ったことにして、その後、買い戻すことを繰り返していた」なんて話、目にすることがありますよね。

「数値」というものは目標として非常にわかりやすいので、ついついそれが目的化し、行動が引きずられてしまうというのは、古今東西共通の「人類の宿命」と言ってもいいものかもしれません。

シミュレーション予測についても、例えばGoogleのような存在が「このままだと感染者数が激増」という予測を示し話題になると、「じゃあ、行動を控えておこう」と思う人が増えます。そうすると当初の前提より感染が増えなくなり、予測は外れます。「シミュレーションに説得力があり、話題になるほど予測は外れる」。そんな皮肉なメカニズムもありそうです。

そうやって考えていくと、「未来の感染者数を予測する」ってメチャメチャ大変なことだとわかってきます。感染者の増減は人間の行動に左右されますが、それは数値化できなかったり、予測不能だったりする、さまざまな要素に影響されるのですから。

例えば、緊急事態宣言の長期化による「宣言慣れ」や政府首脳への反発など、いわゆる「空気」と表現されるモヤモヤっとした感情の広がりって、個人単位では行動に大きく影響しますよね。でもこれは数値で表現しにくいもの。Googleの予測モデルにも直接は組み込まれていません。

「じゃあ、なんで予測なんてするの?」という気持ちにもなりますが、よくよく考えると、シミュレーション予測を行う本当の目的は「未来を完ぺきに的中させる」ことではなく、「感染を抑え込む」ことですよね。

そのための手段として、予測はたとえ完ぺきなものでなくとも、大事な手がかりを与えてくれます。政策決定者にとっては、「人の動きを減らす」という大きなコストのかかる手を打つ前に「どのくらいの効果(=感染者数が減る)がありそうか?」が見積もりやすくなることで、判断や説明がしやすくなるでしょう。

もし予測と実測が違っていたとしても、「なぜ違ったのか」を検証することで、感染の抑制に本当に必要な「勘所」を探るヒントとすることができます。

私自身を振り返ってみるに、シミュレーション予測に対して、当たり外ればかりに意識が行って、そもそもの目的をきちんと考えていなかったのかもしれない……。1カ月ほどつらつらと考え続けてきた結果として、そう感じました。

身近になった「シミュレーション」にどう向き合うか

しかしそれにしても、なぜ私は、シミュレーション予測が未来を示しているように思い込んだのでしょうか。そしてその予測が「幸いにも」外れたときに、なぜ私の中の #健康警察 は「不幸を回避できた」と喜ばず、むしろ「なんだ、大外れじゃん……」とザンネンに思ってしまったのでしょうか。

背景にあるのは「未来への不安」なのかもしれません。

あれよあれよと言ううちに始まった新型コロナの感染拡大、やっとワクチンと思ったら始まったデルタ株のまん延。緊急事態宣言は延長に延長を重ねる。オリンピック・パラリンピックは無観客。2年前に当たり前と思っていた日常とは、かなり違った日々が続いています。こんなことが、どこまで続くのか……。未来が見えない状況の中では、不安ばかりが募ります。

そのときにシミュレーションは「数値」というわかりやすい形で予測を示してくれるので、まるで未来をハッキリと示してくれるように思えます。何かを信じることで、不安を減らしたい。そんな思いで、その実力以上に予測を信じ込みたくなっていたのかもしれません。

一方で感染者が減り、難局をとりあえずは乗り切った後に思い出されるのは、せっかくの夏に海も行けず、ビアガーデンで騒げなかった心残りな日々のこと。その残念感をぶつける相手もいない中「なんだ、感染爆発って騒いでいたけど、大したことなかったじゃん!」と裏切られたように思い「ケシカラン!」という気持ちが湧いてきたのかもしれません。

「のど元過ぎれば熱さ忘れる」ではないですが、それに近い心理に自分自身がなっていたのではないかと自戒しました。

当たり前のことですが、「未来に何が起きるのか」を決めるのは、私たちがいま選ぶ行動ひとつひとつの積みかさねでしかありません。シミュレーション予測もひとつの「参考情報」と捉えて、自分がどうするかは自分のアタマで考える。コロナ禍により未来が不透明な状況が続く今だからこそ、そんな心構えを持っておこうと思います。

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