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IT・科学

「客ごとに消毒」は必要?「おもてなしの呪縛」を考える #健康警察

「客ごとに消毒」を実施する店もあるが……※画像はイメージです。
「客ごとに消毒」を実施する店もあるが……※画像はイメージです。 出典: PIXTA

目次

「当店はお客様ごとに席を消毒しています」といった貼り紙、見かけるようになりましたね。慣れてくると、逆に頻繁に消毒をしていないお店が気になります。安全を軽視しているというか、「おもてなし」意識に欠けるのではないか、という気持ちになってしまうというか……。

でも考えてみると、そもそも席などの消毒をどのくらいするべきかって、決まっていたんでしたっけ? 最新の研究などを調べてみると、意外なことがわかりました。#健康警察の連載第6回、「消毒」と「おもてなし」の関係をフカボリしてみます。(医療ジャーナリスト・市川衛)
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【連載】わたしの中の #健康警察

新型コロナ禍のいま、「他人の健康行動」について、ついつい気になっちゃう人、増えているみたいです。「感染症をうつされないよう、身を守るのは当たり前だろ」という声も聞こえてきそうですが、「見ず知らずの他人」の行動にまでひとこと言いたくなってしまうというのは、不思議なことでもあります。医療ジャーナリストとして10年以上、取材/発信してきた私の中にもある、「他人の行動にひとこともの申したくなってしまう気持ち」。それを自分の中の #健康警察 と名づけて、考えてみることにしました。

第一回:なぜ他人の行動が気になる?クレーム対策の手袋やアクリル板の流行 生きづらい世界を作る #健康警察
第二回:なぜ若者世代は「悪者」にされるのか?カラオケ・飲み会のイメージ…でも背景には「格差」も #健康警察
第三回:ワクチン「説得」は逆効果? #健康警察 、善意の「おすすめキャンペーン」の落とし穴 カギは「共感」
第四回:「ダイエットで若返り」を目指したアラフォーの反省 #健康警察 は自分の行動すら縛るのか?
第五回:「食べ物でコロナ対策」はケシカラン? 自分の身と心を守る「おまじない」への線引きのススメ #健康警察

お店の消毒と「おもてなし」

最近、飲食店などで見かけるようになった光景があります。お客さんが席を立った後、食器を片付けた店員さんが、アルコールで念入りにあちこちを消毒する姿です。テーブル上はもちろん、椅子の背もたれや座面まで拭く姿も。壁には「当店は、お客様の安全を第一に考えています」と貼り紙があったりして――。

新型コロナウイルス感染の経路と言えば「飛まつ感染」と「接触感染」が思い浮かびますよね。感染拡大初期に、ニュースなどでよく取り上げられていました。

飛まつ感染とは、感染した人のくしゃみなどで出る飛まつを吸い込むことによって感染が起きること。

そして接触感染とは、ウイルスを含む飛まつが机やドアノブなどの表面につき、それに触れた手で、無意識のうちに鼻や口に触るなどして感染が起きることを指します。インフルエンザやノロウイルス感染症では重要な感染経路とされています。

新型コロナウイルスの感染拡大が報じられ始めたころ、「どのくらい接触感染が起きるのか?」について注目が集まりました。当時、実験室で調べてみると、机やドアノブなどつるつるしたところの表面では3日間ほど感染させる能力を保つことができる、という結果が報告されたりもしました。

だとすると、接触感染にも警戒が必要なはず。手洗いや手指消毒、さらには不特定多数の人が触れる場所での消毒が推奨されるようになりました。

昨年の春ごろ、アルコールなど消毒剤が店頭から姿を消し、通販サイトで高値で転売される……なんて騒動が起きたことを覚えておられる方も多いかと思います。

それから1年以上が経ち、消毒用アルコールの供給は安定し、入手する上での問題は改善しました。であれば、お客さんの安全のため、お店側ができるだけの消毒をするのは当たり前にも思えます。

実際、現状の飲食店業界の感染対策ガイドライン(『外食業の事業継続のためのガイドライン』)を読むと、原則的に「お客様が入れ替わる都度、テーブル・カウンターを消毒する」ことが推奨されています。

これぞ日本の「おもてなし」の精神! こんなことも守れない店はケシカラン! 私の中の #健康警察 が、ざわ……ざわ……してきました。

接触感染は、リスクが低い?

といったところで、この連載のお約束。 #健康警察 のざわつきを感じたら「一度立ち止まって調べてみる」を実行します。そういえば上記の実験結果が出たのって、1年以上前のこと。最近の研究では、何か新しいことがわかっていないのでしょうか?

実は、今年の4月5日、アメリカのCDC(疾病予防管理センター)の新型コロナウイルスに関する一般向けガイドラインが改訂され、次のような文章が加わっていたのです。

(新型コロナウイルスでは)「ほとんどの場合、物体の表面に触れることによる感染のリスクは低いです。」

要は「接触感染のリスクは低い」ということ。「えっ、どういうこと?」と思ってしまいますが、実は最近、それを示す研究結果が次々と発表されているのだそうです。

例えば、昨年12月に米タフツ大学が発表した研究です。2020年の4~6月、新型コロナウイルスが流行していた米マサチューセッツ州において、飲食店のドアノブや信号機のボタンなど、不特定多数の人がよく触れるところに接触することで、感染のリスクがどのくらいあるのかを調べました。

「定量的微生物リスク評価(QMPA)」という複雑な手法を使った研究なのですが、簡単にまとめると、下記のような手順になります。

①実際に街中を観察し、いろいろな人が手を触れる場所を探す
②そこを綿棒でこすってサンプルをとる
③サンプルの中に新型コロナウイルスがどのくらいいるかを調べる
④その場所を触ったとして、どのくらいのウイルスが手に移るか、その後に手が鼻や口に触れたとして、どのくらいの量が体内に入り感染が成立するか、などをモデル化して危険度(リスク)を計算する

街中の348カ所でサンプルをとったところ、わずかでもウイルスが検出されたのは29カ所と、10分の1以下にすぎませんでした。

「新型コロナウイルスは3日残るのなら、もっと見つかってもいいんじゃないの?」という気もしますが、これはそもそも実験室の環境下での報告。実際の社会環境は実験室の中と違って、温度や湿度が一定でなかったりするので、それほど長くウイルスが残るわけではなかったようです。

研究チームが①~③の調査結果を、④のモデルに当てはめて算出したところ、接触感染のリスクは10万分の6.5(平均値)と計算されました。

ものすごくざっくり言えば「新型コロナウイルス感染症がめっちゃ流行しているときに、不特定多数の人が手を触れるような場所を10万回触ると、6.5回くらい感染するかも」ということです。この数値、インフルエンザウイルスより低く、ノロウイルスと比べるとかなり低くなります。

ご興味のある方は以下のリンクから元の論文が読めます。

Longitudinal Monitoring of SARS-CoV-2 RNA on High-Touch Surfaces in a Community Setting
https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acs.estlett.0c00875

こうした研究がいろいろ積み重なってきたので、最近では、新型コロナウイルスは接触感染のリスクは比較的低いというのが共通認識になりつつあるそうです。

先ほどのCDCのガイドラインでは、飲食店などの施設では「通常は1日1回の清掃で、ウイルスを十分に除去し、健康的な施設を維持できます」としています(なお、医療機関など感染者がいる可能性の高い場所ではより頻繁な清掃が勧められています。また、高い頻度の清掃を禁じているわけではありません)。

もちろん接触感染によって感染が起きるリスクはゼロではないわけですから、手洗いや手指消毒の重要性は変わりません。でも例えば入口にアルコールなどが置かれ、お客さんや店員さんが丁寧に手指消毒を行っているようなお店では、お客さんごとに消毒するほど対策にこだわる意義は少ないようなのです。

えっ、そうなんだ……。ざわ……ざわ……していた私の中の #健康警察 は、急にしょんぼりしてしまいました。

「おもてなし」を呪縛にしないために

しかし「消毒をどのくらいするべきか」というテーマは、本当に難しい。たとえデータでそこまでする必要がないといっても、なんだか納得できないものが残ります。

目を閉じればまぶたの裏に浮かぶのは、お客さんが席を立つごとに必死で消毒をしてくださるお店の人の姿。その姿はまさに、「おもてなし」の精神の象徴といえるかもしれません。

その思いや努力はムダと切り捨てて良いものではないはずです。たとえほんのわずかだとしても、その努力により確かに感染のリスクが減る部分があるかもしれないのですから。

一方で、その姿勢が、お店側の自発的なサービスの範ちゅうを超え、社会としてのマナーのような「すべきもの」と捉えられるようになると、急に息苦しくなってきます。

例えば一人でお店を切り盛りしている人が、料理や接客に加えて毎回の消毒に疲れ果てているケースもあるかもしれません。その場合は、「入店時の手指消毒などをお客さんに徹底してもらえば、清掃はそこまで頻繁に行わなくていいんですよ」と伝えてあげたくなります。

でも、新型コロナウイルス感染対策が最優先事項になっている今の空気の中で、そんなことを大っぴらに口に出そうものなら、「ケシカラン」って批判を受けちゃうのでは、と心配にもなります。やっぱり、多くの人の #健康警察 がざわついている状態って、生きづらい世界なのかもしれません。

どこでバランスをとればよいのでしょうか? 思い悩んだ末、せめて自分にできることとして、次の宣言をすることにしました。

1. お店側の「おもてなし」精神に感謝する一方で、お客側である私が求めすぎないよう意識すること
2. 空気に流されず、「自分が拠り所にしているのは古い情報かも」という意識を持って、最新のデータを参照していくこと

丁寧な清掃や消毒によって、お客さんの安心に全力を尽くそうとする「おもてなし」精神。尊いはずのそれは、行きすぎれば「呪縛」と化してしまう危険性もある。そのバランスは非常に難しいものです。

おもてなしを呪縛としないために、まずは自分のできることから。「自分の中の #健康警察 の高まりを感じたら、まずは一度立ち止まって考えてみる」。この連載開始時に立てた誓いを、愚直に守っていこうと思います。
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