お金と仕事
アスリートのセカンドキャリアをじゃまする「やっかいなプライド」
30人の話を聞いてわかった…五輪レベルへ到達した人に共通の習慣
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30人の話を聞いてわかった…五輪レベルへ到達した人に共通の習慣
五輪出場した人、プロになった人、プロになったけど活躍できずに戦力外通告を受けた人、そしてプロになれなかった人――。どんなアスリートにも引退は訪れます。次のセカンドキャリアを成功させた人たちは、何を手がかりに新たな道を切り開いたのでしょうか?30人のアスリートのセカンドキャリアの取材から、働き方が多様化する現代社会に必要なヒントについて考えます。(ライター・小野ヒデコ)
まず、五輪やプロまで〝いった人〟が成功した要因に、現役時代から多くの人が「PDCAサイクル」を回していたことがあげられます。現役を退いてから「これまでしていたことはPDCAだった」と気付いた人は少なくないことから、この循環が生活の中に染み込んでいると感じました。
アスリートは、目標に向かって、日々努力を積み重ねていきます。体調や気持ちの浮き沈みがある中で、どうしたら目標に到達できるかを常に「考える」習慣が、現役時代をはじめ、引退後も生きていました。
「考える習慣」に加え、「言語化力」もポイントです。スポーツにおいて〝天才〟と呼ばれる人は、感覚的にスキルを体得している場合があります。一方で、本当に〝天才〟な人は一握りで、取材した多くのアスリートは現役時代、成功のイメージを自分なりに練り上げ言語化していました。
元柔道家で五輪金メダリストの松本薫さん(33)は、こう話していました。
自分の思考や行動を客観的に捉え、言語化する。その時の状況、判断、行動、そして結果を分析することで、成功もしくは失敗した理由を把握できます。成功した場合は「まぐれ」ではなく「再現」することが可能であり、失敗した場合はその克服方法を考えることができます。
次に、五輪やプロまで〝いかなかった〟、もしくはプロになっても本人が思うように活躍できなかった人は、当時をどのように振り返っているのでしょうか。
元サッカー選手の阿部博一さん(35)は、「3000人に1人しかなれない」と言うプロへの狭き門を突破。24歳でプロ契約に至るも、約1年で戦力外通告を受けました。その時の気持ちをこう振り返ります。
結果を求められる厳しい世界で、自分の実力を認めることは難しいことです。阿部さんのように、他責ではなく自責で現実を捉えられた人は、至らなかった点を認識しているため気持ちの整理がつき、前向きに引退を受け入れ、セカンドキャリアを切り開いていけるようです。
アスリートのセカンドキャリアの取材において、毎回、聞いているのが「現役アスリートへのメッセージ」です。回答で多かったのは、「目の前のことに集中してほしい」、「競技以外の世界にも興味をもってほしい」でした。
「目の前のことに集中」と「競技以外の世界にも興味」は一見すると矛盾するように見えます。しかし、その根底には、どちらも、アスリートとしての積み重ねの中から、次にいかせるものを選ぶ俯瞰(ふかん)した視点があります。
プロ、アマを問わず、競技を続ける中での学びは必ずあり、そこで得られた自信と学びは、自分の強みにつながっていきます。その結果、新しい世界への挑戦を躊躇(ちゅうちょ)なくし、生き生きと働いていると感じました。
また、「SNSで発信をしてみるといい」というアドバイスもよく聞きました。
発信とそのリアクションの結果は、その時の自分の立ち位置を判断するための手がかりとして機能するのかもしれません。
元柔道家の松本薫さんが勤務するベネシードは、これまで5人の引退したアスリートを受け入れてきました。
社長兼会長の片山源治郎さん(62)がアスリートのセカンドキャリアに興味を持ったのは20代の頃。五輪で活躍した元アスリートの「孤独死」の報道だったと振り返ります。
「その事実を知った時、『そんな馬鹿なことがあるか!』と思ったんです。日本の誇りである金メダリストが、悲しい亡くなり方をしたのがショックでした」
そして、引退したアスリートが就ける職業が限られていて、苦労している人たちが多いことを知りました。
「15年前から現役そして引退したアスリートを支援しています。弊社は零細企業のため、まだ柔道部以外は作れていませんが、これからもアスリートを応援していきたいと思っています。今は社会貢献をする企業が伸びている時代です。企業側が元アスリートの強みを生かせる職のポストを提案したり、いっそのこと新しい事業を作ったりしてもいいと考えます」
元アスリートのセカンドキャリアをはばむ要素の一つが、「プライド」です。競技で得た実績の数々は、仕事においては意味をなさないことがあります。たとえ年下からの意見でも聞き入れる姿勢と素直さは大事だと片山社長兼会長は言います。
「これまで得たことは生かし、プライドは捨てる。人の話に耳を傾ける〝傾聴力〟は、キャリア形成に影響すると思います」
また、現在はアイス事業を担当し、店舗で販売業務をする松本薫さんについて、こう話していました。
「松本は国内外の大会で数々の実績を残していますが、そのプライドを微塵も感じさせず、謙虚で、いつも人の話に耳を傾ける。それに、アイスを買いに来てくれたお客さんのちょっとした表情や動作から、〝この人は何を求めているか〟を読み取ります。待たされているお客さんがイライラしていると感じると、一声かける気配りをしています。これまで対戦相手を観察してきた〝洞察力〟が生きているんですね。〝柔道家〟と〝アイス〟は一見つながりませんが、その軸にあるのが、『体に良いアイス』。松本が現役時代に食べたかったアイスは、健康思考が高まっている社会においてニーズがあると考えます」
少子高齢化が進み、若手人材の採用が難しくなる世の中になっていく中、元アスリートのスキルを生かすことは、生きやすい社会を考えるために大事なテーマになると考えます。
アスリート側だけではなく、企業側も受け入れる体制をつくる。相互の歩み寄りにより、人も組織も発展し、その結果、社会にも良い影響を及ぼしていく。アスリートのセカンドキャリアを考えることは、社会全体にとって意味にあることだと感じました。
30人の取材を振り返って思うのは、「アスリートのセカンドキャリア」が、アスリートだけではなく転職を考える多くの人にとって役立つ情報だということです。
働き方が多様化する今、これからも元アスリートの今を追うとともに、キャリアの築き方の事例を発信していきたいと思います。
※片山氏の肩書を修正しています(2021年5月11日)
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