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連載

#9 #乳幼児の謎行動

子どもは親のもの?赤ちゃん学の第一人者が心配した「親目線の育児」

小西行郎さん
小西行郎さん 出典: 赤ちゃん学研究センター提供

目次

9月5日、赤ちゃん愛あふれる研究者がこの世を去りました。日本赤ちゃん学会理事長で、小児科医の小西行郎さん(享年71歳)は、読者や子育て中の記者からの疑問に、丁寧に回答を寄せてくれました。少子化で、子ども一人一人に対する大人の関わり合いが増え、ネットなどでは多くの情報が飛び交う時代。小西さんが何度も伝えていたのは、「子どもは親の思う通りにはならない」というメッセージでした。

 
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「主なやりとりはメールに」

小西さんは、1974年に京都大学医学部を卒業し小児科医として勤務。その後、福井医科大学、東京女子医科大学を経て同志社大学に赤ちゃん学研究センターを設立しました。「赤ちゃん学」創設の中心となり、心理学やロボット工学など多様な視点から、赤ちゃんを科学的に研究しました。
 
「イヤイヤ期の表現、なんでみんな似ているの?」や「『ごめんなさい』となかなか言えないのはなぜ?」など、子育て中の読者や記者が抱いた疑問をひもとくwithnewsの連載「乳幼児の謎行動」で、6回にわたり回答者として協力くださいました。
 
この企画に、「赤ちゃん学」に携わる小西さんの協力を仰ぎたいと、小西さんが所属する同志社大学赤ちゃん学研究センターに私が連絡をしたのは、昨年末のこと。
 
京都・木津川市にあるセンターに足を運ぶと、出迎えてくれたのは、小西さんのスケジュール管理などを長年担当している小野恭子さん(同センター職員)でした。
 
この頃、小西さんは入院されていましたが、小野さんからは「面白い企画なので協力させてほしい。やりとりは主にメールになる」と前向きな返事をいただき、企画は進み出しました。

 

主語は「子ども」

小野さんからの説明の通り、小西さんとはしばらくの間、メールでのやりとりを続けました。
 
メールで受け取る小西さんの言葉には、優しさの中に切れ味鋭いまなざしがあり、毎度うなりながらメールを読んでいました。
 
初めて受け取った小西さんからの回答には、こんな前置きがありました。
 
「今回のエピソードのすべてが2~3歳の赤ちゃんであることが大変興味深かったです。小児科の発達外来でも比較的よく聞くエピソードでもあることから、いただいた質問などは現代育児に共通するものなのかもしれませんね」
子どもの発語について「初めて言葉を話すようになった場合、周囲の大人の受け止めや反応、理解が重要です。関心のない言葉が出ないのは当然のことだと思います。あくまで自発的な意思表示なのですから」と語っていた。
子どもの発語について「初めて言葉を話すようになった場合、周囲の大人の受け止めや反応、理解が重要です。関心のない言葉が出ないのは当然のことだと思います。あくまで自発的な意思表示なのですから」と語っていた。 出典:2歳の娘、信号の意味を覚えてくれない…悩む父に専門家「無理です」
子どもの発達や子育てに向き合い続けてきた小西さんの、「現代育児」に向き合う姿勢は、その後のやりとりでも何度も感じました。

例えば「どうすれば覚えてほしい言葉を覚えてくれるでしょうか」という質問に対しては
 
「最近の親は、子どもにどうにかして教えたいという気持ちが強いような気がしますが、子どもの発達にはそれなりの段階があり、それは脳神経系の成長と機能の発達によるものですから、ある程度時期によって決まっています。子どもは親の言いなりには決してならないことを覚悟したほうが良いかもしれないと思います」
「自我」に関する質問には
 
「最近は少子化などの影響から子ども一人にかかわる大人の数が増え、大人の価値観を子どもに押し付けるような傾向も見られます。さらには育児における愛着や愛情の重要性を強調するあまり、子どもが自ら学習し発達するという観点がなくなっているような気がします」
時に辛口な小西さんのコメントでしたが、親の視点で終始しがちな、子育て中の私たちの心に、「子どもはどう思うんだろう?」といった「主語を子どもにする」くさびを打ち込み続けてくれていたような気がします。

 
イヤイヤ期を経ての成長「自制心の芽生え」について事例を出して説明をした際、「大人にとっては小さい事でも、大好きなイチゴをあげるなんて、子どもにとっては『革命』です」と語っていた
イヤイヤ期を経ての成長「自制心の芽生え」について事例を出して説明をした際、「大人にとっては小さい事でも、大好きなイチゴをあげるなんて、子どもにとっては『革命』です」と語っていた 出典:イヤイヤ表現、みんな「床ゴローン」の謎 イチゴ革命は変化の兆し

「まだまだやるぞ」感じていた

丁寧で愛ある返信をいただく一方で、小西さんは入退院を繰り返していました。

小西さんとは、メールでのやりとりを続けつつ、電話で補足取材をすることも増えました。

電話を通して聞く小西さんの声には張りがあり、現代の子育て報道全般に対しての怒りをぶつけてくださることも、個人的な子育ての悩みに向き合っていただくこともありました。「まだまだやるぞ」というエネルギーが満ちあふれていたように感じていました。
 

大人の「安全安心」、子どもにとっては

そして4月、小西さんの一時退院に合わせて、同僚の林利香記者と一緒にセンターを訪問しました。小西さんにお会いしたのはこのときが初めてでした。
その際、小西さんがお話されていたことで、印象的だった言葉があります。
 
(子どもへの目線について)
子どもは親に余裕があると、かわいくて、とてもおもしろい存在です。
「余裕」とはつまり、悪いことをしてもいいことをしても、受け止めてあげるということ。
子どもなりの「作戦」ってあるんです。その場をやり過ごすための子どもなりの作戦です。その作戦を大人は読まないといけない。いまの親は引き出しが少なく、遊びがないんですよね。
また、子どもを大人と同じように扱う親が多い。
信号の話(「信号の意味を2歳児に覚えてもらいたい」という悩み)があったでしょう。教えればどうにかなると思っているんですよね
子どもの行動について、ユーモアのある表現をすることも。とあるエピソードで「怒れなかった」という親には、「子どもなりの『作戦』ってあるんです。その場をやり過ごすための子どもなりの作戦。その作戦を大人は読まないといけないですね」
子どもの行動について、ユーモアのある表現をすることも。とあるエピソードで「怒れなかった」という親には、「子どもなりの『作戦』ってあるんです。その場をやり過ごすための子どもなりの作戦。その作戦を大人は読まないといけないですね」 出典:まるで修行僧…叱られると黙って目をつぶる2歳児の戦略
(育児の情報について)
間違った情報が多すぎます。そのほとんどが親目線です。「子どもがどう思っているかを考えているのか?」と疑問に思います。
小児科医をしていて、親に「こどもはウソをつくようになりましたか?」とよく聞くんです。すると、親からは「ウソをつくと困る」という答えがまず最初に来る。でも、私は「ウソをつくのは発達です」と伝えます。
うそをつくのはどういう能力だと思いますか?
「正直に言うと怒られる」→「言いわけをする」→「だます」という流れです。つまり、反応を知った上で裏をかくということです。
親からすれば『困ったこと』、それは、能力が伸びているというということになります
(小西さんは発達障害の専門家でもあった)
発達障害の話に戻ると、理由も聞かずに「みんなと同じ」を求める。子どもの世界に大人のルールを持ち込んでしまいすぎるのは、すごく怖いことです
(子どもの想像力について)
想像力のない子が増えてしまっています。
大人は明るい清潔感のある部屋を「安心安全」と言うけど、子どもからすれば、暗闇や隠れ家のない場所は安心できない。
センターに滞在したのは2時間以上。「はじめまして」とご挨拶したときに明るかった空は、「これからもよろしくお願いいたします」と別れを告げた時には真っ暗になっていました。林記者と、「おもしろい話を聞けたね」とわくわくしながら帰路につき、企画を世に出すことが、改めて楽しみになりました。
 
子どもの「繰り返し」を心配する親には「決まった反応が常に起こるということによる安心感もあるのではないかと思われます」と回答。
子どもの「繰り返し」を心配する親には「決まった反応が常に起こるということによる安心感もあるのではないかと思われます」と回答。 出典:おしりふきを出しまくる赤ちゃん…実は世の中の変化を実験中

子どもが「持ち物」の感覚

今も思い出すのが、「乳幼児の謎行動」の最初の記事を出した4月17日のことです。記事配信後、小西さんと電話で話し、記事に寄せられた「コメント」について話していた時、「経験論」を語る言葉を見つけた小西さんは、こんな懸念を口にしていました。
 
「『育児を科学する』ために赤ちゃん学をつくったのに、いまだに「思い込み」が先行している」
「子を自分の持ち物と思ってしまう感覚があるような気がする。それは僕は危険だと思う。『自分のつくった子ども』という価値観ではなく、コウノドリが持ってきたという発想がないと、子は自由になれない」
赤ちゃん学会が設立された年に朝日新聞に掲載されたインタビュー記事。「赤ちゃんをちゃんと科学する学会に育ってほしい」と語っている。
赤ちゃん学会が設立された年に朝日新聞に掲載されたインタビュー記事。「赤ちゃんをちゃんと科学する学会に育ってほしい」と語っている。 出典: 2001年5月25日朝日新聞夕刊
4月23日には、小西さんからの電話があり、翌日配信する予定の記事について最終確認をしました。その際には、こんな小西さんの言葉を書き取っていました。
 
「子どもの発達を見ていると面白いです。学問なんですよ、謎なんですよ。赤ちゃんの行動見ていてもなんでこんなことするのか分からないこともある。だから研究しているんです」
記事として世に出したのは6本。
多くの子育て世代からのコメントをいただき、たくさん読んでいただけました。
 
【小西さん回答「乳幼児の謎行動」記事】
2歳の娘、信号の意味を覚えてくれない…悩む父に専門家「無理です」
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