連載
#103 #withyou ~きみとともに~
夜の定時制、地区唯一は工業高校 訪ねると…不登校越え「人生最高」
夜間の定時制高校、全国的に数が減っています。「昔のやんちゃなイメージとは違い、学校は少し大学に似た雰囲気」と記事を書いたところ、「私自身、現在の高校に赴任して良い意味で大きく変わったと思います」と山形県米沢市の先生から連絡をもらいました。訪ねてみると、そこは地区唯一の定時制で工業高校。そう、定時制は普通高校だけではありません。生徒の話に耳を傾けながら、工業高校の定時制を探りました。(朝日新聞デジタル編集部・影山遼)
訪ねたのは、JR米沢駅から車で5分ほどのところにある山形県立米沢工業高校。連絡をくれた地理が専門の教諭の高橋英路さん(37)が出迎えてくれました。現在は、1年生13人の担任です。定時制に赴任するまで全日制の学校にいたため、定時制は「あったなあ」程度のイメージしかありませんでした。
この学校、以前取材した福井県の定時制とは少し雰囲気が異なります。午後5時からショートホームルームが始まりますが、その前の午後3時には早い生徒が登校して、教員たちと雑談しています。定時制の放課後は夜遅くなるため、終わった後は話す時間がとれません。
授業前の教室の様子をこっそりのぞいてみます。学年を問わずに本を読みながら会話できる談話スペースに、生徒たちが集まってきました。4学年合わせた全校生徒が40人ほどなので、どの学年の生徒のことも分かる距離感です。
「先生、俺けん玉うまいんだ」と4年生の男子生徒が誇らしげに語りかけ、高橋さんは「見せてくれよ」と気軽に応じます。
笑顔の会話が続く一方で、本を読んでいたある1年生の男子生徒は「これまでの人生、あまり褒められたことないから、今楽しいんだよね…」とボソッとつぶやきました。
高橋さんの自宅に近いコンビニで働く、元卓球部の4年生の男子生徒は「先生、車買い替えようと思っているんだよね」と話しかけます。この地域、雪が深いため、車で通うのも大変です。その後も、「先生、先生」と話しかけてくる声は途切れません。
ですが、ショートホームルームが始まると一変、みんなおとなしくなってしまいました。「大人数が苦手な子が多く、学校に来るのが目標という子もいるので」と高橋さんは説明します。
山形県内には米沢工業以外にも、地区ごとに霞城学園(山形市)・酒田西(酒田市)・新庄北(新庄市)・鶴岡工業(鶴岡市)のいずれも公立の定時制があります。
米沢工業では測量など工業らしいこともやっていますが、高橋さんによると、進学してくる生徒は「工業だからというより、定時制だからという子がほぼ全員」。中学校を出た後すぐに来る生徒が大半ですが、中学時代は不登校だったという生徒も多数います。「それでも、集団の中に参加することで学ぶことがあると思います」と高橋さんは話します。
募集人員は毎年40人。そのため、少人数教育を目指しているわけではありませんが、入試の結果、少人数になります。とはいいつつ、人数が少ないのを入学前の学校開放日に見て「これなら行けそう」と思う生徒も存在するようです。来校者はここ数年で何倍にも増えているといいます。
はたまた、全日制と校舎を兼用しているために、教室や体育館の使用時間がかぶるなどの不具合もあるにはあります。
工業高校の利点もあります。工業を教える実習担当の教員がいるため、普通高校よりも教員の数が多く、3~4人の生徒に対して1人の教員という場合も存在します。
もちろん、人数が少ないデメリットも。生徒は全校合わせて、ようやく1クラス分です。金銭面などから、東京などから外部講師を呼びにくいという事情もあります。地元市役所の職員がボランティアで「竹明かり」の作り方を教えてくれるなど、地域の協力を得て運営が成り立っています。
高橋さんは自分のクラスに面白い手法を取り入れています。それは、「philosophy for children」(p4c)と呼ばれるもの。「文明が発達するのは良いことなのか」といった正解のないテーマについて話し合います。意見を共有していく過程を目に見えるようにするため、生徒たちが次々に実際のボールを回して、ボールを持った人が意見を述べます。
あまり自分の考えを述べるのが得意でない生徒のための手法で、対話を重視しています。高橋さんは「あるテーマに『何か質問ない?』と聞いても黙ってしまうことが多い。けれど正解のない問いにボールを回すことで、あまりしゃべらない生徒も発言して良いのだと思うことで、発言の機会を得られます」とメリットを説明します。
働く生徒は全体の8割ほど。昼であればガッツリ働けるようになっています。ただ、記者がこれまで取材した定時制と同じように、この学校でも正社員はここ数年ゼロ。土木や建築関係で働く人が減り、コンビニで働いている生徒が増加しています。他にもファミレスやスーパーなど仕事は多岐にわたります。高橋さんらも、企業側を年に2回訪問してフォローを実施。「入った時はヒョロヒョロで大丈夫かなと思っても、働いてたくましくなっていきます」
アルバイトで学費を払っている生徒もいます。他方では「長く続けられる子は学校も長く続きます」と高橋さん。
昨年、卓球が全国大会に出場し、高橋さんが引率しました。出場した5人全員が働いているため、帰ってきてすぐにあるお盆も休めません。アルバイト先ではお盆がかき入れ時だからです。帰った次の日に、高橋さんが近所のコンビニに行くと、昨日まで出場していた生徒が働いていました。
一方、年間150日以上かつ500時間以上働くと、教科書代と一部の給食代が支払われます。続けたら続けたでメリットもあるようです。さらに、「実務代替」といい、レポートと夏休みの少しの講義で、就労が単位として認められる制度もあります。
定時制には団結心が強くなる側面も。定時制や通信制に通う生徒が思いを語るイベントの「生活体験発表会」。ここで、生徒たちは「特別支援学級にいた」「小さい時に施設に預けられた」などといった高橋さんも知らなかった事実を次々に口にします。発表をしていない生徒も「あいつ、そんなことあったんだ」と、クラスメイトの隠れた一面に思うところがあるようです。
こうしたイベントなどから、お互いがお互いの大変さを知っているため、悪口を言い合うこともあまりありません。自分をさらけ出すことができる生徒もたくさんいるようです。学校全体に、本音を言っても大丈夫だという雰囲気が醸し出されています。
他方、一定数ですが、退学してしまう生徒もいます。退学の理由として「仕事で認められて、仕事に集中したいからやめる子が多いです」と高橋さん。それ以外だと、原因は分からずにだんだん無気力になり「少しずつ来ることができなくなる」そうです。
高橋さんは生徒に毎月、振り返りを書いてもらっています。特に記憶に残っているのは、不登校だった昔と比べて「あん時とは違う」という生徒や、「今が人生最高の時。卒業したくない」という生徒。中学校に行けなかった分、「変わりたい」という思いが強いのです。
高橋さんがメールでくれた「良い意味で大きく変わった」という真意が分かってきたような気がします。高橋さんは「生徒と距離が近い分、一緒に成長できています。そして、30代というフットワーク軽く柔軟に動ける時期に、こういう学校に勤務できることに幸せを感じています」とまとめてくれました。
工業高校というと、どうしても専門性を身につけるイメージがありますが、地方の定時制の工業高校はまた違った側面を感じさせてくれました。色々なケースのある定時制高校。他の学校からもご連絡をお待ちしております。
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