連載
#15 withnewsスタッフブログ
「振り向いて」5年間思い続けた話 withnewsスタッフブログ
Jポップの歌詞のことでも、恋煩いの話でもありません
こっちを振り向いてほしい――。一途さをたたえるJポップの歌詞のことでも、恋煩いの話でもありません。記者として働く上で、筆者(34)が常に思ってきたことです。振り向いてもらいたかったのは、読者の人々。仕事を始めて10年の節目を迎えた今、これまでの経験を振り返ってみました。
こんにちは、神戸郁人といいます。2013年に新聞記者となり、18年から5年ほど、withnews編集部に所属しています。ネット上で話題の事柄から趣味の情報まで、興味を持ったテーマをあれこれと取材・執筆してきた「雑食」人間です。
さて今回、初めてスタッフブログを担当することになりました。編集部メンバーが個性豊かに思いを書き連ねる、このコーナー。自己開示が不得手ゆえ、執筆依頼をのらりくらりとかわしてきたものの、とうとうお鉢が回ってきたのです。
……と記述すると、いささか不正確かもしれません。
実は、筆を執ったのには大きな理由があります。極めて私的な事情なのですが、この4月末をもって転職することになったからです(ブログ初投稿なのに!)。しかも新天地は全く未経験の業界の企業。がくぶる。
当初、転職の件は公にせず、忍者がドロンと姿を消すように職場を去るつもりでした。ただ今春で記者になって10年。そのキャリアにいったん終止符を打つのです。退職日が近づくにつれ、今の心境を記録したい衝動が強まりました。
「それならスタッフブログはどう?」。編集長と雑談中、そう提案された私。これまでの恩返しの気持ちも込め、ぜひにとお返事しました。そんなわけで、書き慣れない文章で読みにくいかもしれませんが、少々お付き合い頂けたら嬉しいです。
とはいえ、何を取り上げたものか……。この段落を埋めるだけで1時間くらい悩んだのですが、やはり記者なので、「これまで世に出した記事を振り返ってみよう」と思い至りました。本論に入る前に、ちょっとだけ自分語りをさせてください。
これまで誰かの話を聞き、原稿にまとめる仕事を続けてきました。情報を間違いなく伝えようとすると、おのずと文体が客観的になります。自分の感情を極力そぎ、必要ならデータも盛り込む。新聞記者時代、そんな習慣が身につきました。
一方、withnewsはウェブメディアです。決まった購読者がいる新聞と違い、様々な媒体と読み手の獲得にしのぎを削ります。どうやったら記事を面白がってもらえるか……。5年間、そのことばかり考えてきた気がします。
私は今の部署に来て早々、「客観性」につまずきました。社会の動きを伝えるニュースはネット上にあふれています。多くが「政府は」「企業は」など大きな主語で始まる文章。まさに従来の新聞的な書き方で、踏襲するだけでは目立ちません。
根本的な意識改革が必要かもしれない。そう考え、withnews発の人目に触れた記事を読み比べてみました。記者が時に顔を出して、実体験やそれに付随する感情を書く。そんな風に等身大の興味・関心が起点になっていると気付いたのです。
ただ、いきなり自らの気持ちを原稿に刻むのは、ハードルが高いように思われました。「まずは、本当に面白いと感じられた話題を取材してみよう」。色々と試行錯誤しながら、所属後に初めて手がけたのが以下の記事です。
長い後ろ脚を持つ虫「アシナガコガネ」が、空中に飛び立とうとするたびにバランスを崩し、落下してしまう。その様子をとらえた動画が、ツイッター上で人気を集めていたことを知り、撮影者の男性に制作経緯を聞きました。
取り上げたのは、動画の魅力もさることながら、アシナガコガネの哀愁あふれる姿に私自身の境遇が重なったから。七転八倒しながらも飛ぶことを諦めない様子が、新職場でうまくやっていけるか分からず、不安な心に沁(し)みたのです。
男性は、アシナガコガネへの共感を広め、「虫=嫌われ者」とのイメージを覆したいとも語っていました。人間の視点で生き物を価値づけることには課題もあります。しかし私は大切な考え方だと感じ、本文に書き入れたのです。
環境保護の重要性を訴えるだけだと、関心が高い層を越えて支持が拡大しにくいかもしれません。でもアシナガコガネが「推し」になれば、豊かな自然の価値に無理なく意識が及びます。好意が個人と世界をつなげる。新鮮な発見でした。
「好き」という感情は、もしかしたら立場を越えて、普遍的な価値を媒介してくれるかもしれない――。そんな予感を得て、趣味に関する原稿も書いてみることにしました。代表例が連載「コミケ狂詩曲」です。
私自身がアニメ・漫画好きで、中学生の頃から通ってきた同人誌即売会・コミックマーケット(コミケ)。創作側の参加者を中心に、足を運ぶ理由を尋ねて回る企画です。過去にはサークルの売り子を体験し、ルポルタージュも手がけました。
◆人はなぜコミケに行くのか? 売り子になって見えた「多様性の宝箱」(2019年8月31日配信)
「コミケ狂詩曲」の記事はこれまでに12本出ており、どれも思い入れが強いものばかりです。読者の中心は同人文化の愛好者たち。一方、コミケになじみがない人々も含めて、とりわけ幅広い層の読者が目を通した1本があります。
◆コミケ参加翌月に逝った兄「意地が勝ったね」闘病支えた妹が語る敬意(2022年12月31日配信)
がんを患いつつも同人誌制作を続け、2021年12月末のコミケに出席し、翌月に息を引き取った男性がいました。その生涯について、男性の妹や友人の語りに、私自身が取材を通じて考えたことを交えつつ振り返る内容です。
執筆時に心がけたのが、登場人物たちへの敬意を、自分の言葉で表現することでした。過酷な闘病を支えた人の輪と、創作の力の尊さを伝える上で、補助線となりうる文章を盛り込みたい。そのために個人的な感情を混ぜてみようと考えたのです。
読者からは幸い「筆者が取材先に寄り添っている感じがした」などの声も届き、記事に対する親近感を強めてもらう一助となったようです。適量であれば主観がスパイスとなり、情報の圏域を広げるブースターの役割をも果たす。そう知りました。
記者の感覚から出発して、行動を起こしてみる。そのような姿勢は、社会課題に斬り込む上でも大いに役立ちました。電車の中で独り言を口にする人々の心理に迫った記事は、特に象徴的と言えるかもしれません。
◆注意で「攻撃対象」に…電車での独り言、障害ある人が望む対応とは?(2019年4月5日配信)
障害の特性によって独り言を発するというケースは珍しくありません。上記の記事では統合失調症と発達障害の一種・自閉症スペクトラム障害(ASD)に着目*。当事者や、その家族に話を聞き、背景事情をイラスト付きで解説する内容です。
*統合失調症とASD以外にも、独り言のトリガーとなりうる障害・疾患は存在します。また全ての独り言が障害・疾患に起因するわけではありません。
きっかけは同僚とのチャットでした。「電車内で何かをぶつぶつとつぶやいている人は、どんな状態にあるんだろう」。そんな問題提起を受けたのです。「過去に同じ問いが頭をよぎったけれど、深く掘り下げなかったな」。盲点だと感じました。
当時、障害がある人々の思いを伝える連載「まぜこぜ世界へのカケハシ」を進めていました。新聞記者時代に取材した、障害者に不妊手術を強いる旧優生保護法。その残酷さに衝撃を受け、共生社会の形を模索したくて始めた取り組みです。
障害者と向き合うと、「配慮しなければ」と身構えたり、避けてしまったりする場面があるかもしれません。私は「相手をよく知らない点が一因ではないか」と考え、「独り言」企画が理解の入り口になることを期待したのです。
「状態が悪化するので、もし鉢合ったら見守って欲しい」。当事者の要望を記事に載せると「声をかけられず罪悪感を覚えていたが、救われた」といった感想が寄せられました。異なる立場にある人同士が、細い糸で結ばれたと思えた経験です。
他にも印象深い記事は色々とあるのですが、このあたりでとどめておきましょう。こうやって振り返ってみると、「楽しい・興味深い」や「好き」などのポジティブな気持ちが、取材の動機となることが多かったと改めて気付きます。
私が関心を注いできたテーマには、新聞紙面において、いわゆる「暇ダネ」と見なされがちなものが少なくありません。事件・事故、政治を始め、社会的影響が大きいニュースがないときに追う話題だ。そんなニュアンスを伴う業界用語です。
市民生活に直結する情報を間断なく報じる営みは重要です。一方でインターネットが発展し、人々の関心は多様化してきました。そんな環境下、主観を適度に織り込み、心の清涼剤となる情報を打ち出すことには、可能性があると感じます。
「我々の仕事は、面白がることだ。面白がって書いた記事は、必ず良い内容になる」。駆け出しの記者だった頃に感銘を受けた、上司の言葉です(関連ツイート)。私にとって、人生を送る上での指針となってきました。
この金言の価値を再実感する機会を与えてくれたwithnews、そして在籍中にご縁をいただいた全ての方々に、心から感謝しています。そして今後、新しいメンバーを迎える編集部を、陰ながら応援できればうれしいです。
5月からは三省堂という老舗出版社で、国語辞書編集者として働きます。言葉の森をさまよい歩きつつ、その豊かさや奥深さを、ウェブ上でも発信していく予定です。引き続き「面白がる」ことを大切に、日々を越えていきたいと思います。