連載
#19 #まぜこぜ世界へのカケハシ
注意で「攻撃対象」に…電車での独り言、障害ある人が望む対応とは?
電車に乗ると、時折ひとりで話している人を見かけます。「ブツブツと何かつぶやいていて、驚いた」という経験談は少なくありません。実は障害が原因で、やむにやまれず口にしている場合があるんです。ただ、声のかけ方によっては、衝突してしまう可能性も……。障害のある人に聞いた「独り言」を口にする理由とは? 先入観なく向き合うため、どんなことができるのか、調べてみました。(withnews編集部・神戸郁人)
実は筆者も電車で移動中、誰もいない場所で話す人に出会ったことがありました。わずかな恐怖心を抱きつつ、距離を取ってしまったことも、少なくありません。
でも当事者の皆さんにとっては、きっと何か意義が存在するはず。そう考え、今回の記事を書きたいと思い立ちました。
この記事では、独り言との関わりが深いとされている、二つの障害にフォーカス。背景事情を深掘りしました。
まずは最初のケースです。分かりやすくするため、架空の物語から始めましょう。
ある朝の通勤時、いつものように電車に揺られているあなた。ターミナル駅でたくさん人が降り、目の前の席が空きました。
「どれ、座って一息つこうか……」。腰をかけ、スマートフォンでお気に入りの漫画を読み始めようとした時のことです。
状況が飲み込めないあなた。その場をやり過ごそうと、再びスマホ画面に目を落とし、時が過ぎるのを待つことにしたのでした……。
これ、もしかしたら「似たような体験をした」という人もいるのではないでしょうか?
乗客の女性は、どうして謝っていたのでしょう。実は、「統合失調症」という障害の当事者であると考えられます。
専門家に、少しかみ砕いてもらいしょう。精神科医の阿部大樹先生に聞きました。
陰性症状の結果として情報を整理するのが難しくなり、会話が難しくなる時もありますが、カウンセリングなどを通して生活リズムを整えることで問題なく日常生活を過ごせるようになります。
幻覚を体験する時、当事者はどのような状態にあるのでしょうか? エッセーコミック『統合失調症日記』(ぶんか社)の作者で、漫画家の木村きこりさん(28)を取材しました。
木村さんが異変に気づいたのは、高校3年生の頃でした。美術系大学に入るため、受験勉強に打ち込んでいると、急に脳内で3人の人物の声が響くようになったといいます。
「男性と女性、子どもが後ろから話し掛けてくるんです。それぞれに役割があり、女性は料理を食べていると『まずそう』と罵倒してきたり、男性は両親との関係に口を出してきたり。子どもについては、ずっと私を小馬鹿にする、といった調子ですね」
しばらくすると、「ストーブに焼き殺される」といった被害妄想が顕著に。家族に手をあげてしまうこともあり、21歳の時、精神科で正式に診断を受けました。
木村さんは、幻覚によるストレスが極まると、大声を出して心を落ち着けています。
苦労するのは、人目が多い場所に出かける時です。特に電車の中で、子どもや学生の集団と鉢合わせると、監視されているような感覚に襲われるといいます。
「お前を見て笑っているぞ」――。そんな幻聴まで聞こえ、人がいない方向に「うるさい」と叫んでしまったこともありました。
そして他の乗客から不審そうに見られるたび、気まずくなって途中下車したり、別の車両に移動したりしてきたそうです。
当事者が独り言を発している際に、乗り合わせた人はどう対すればいいのでしょう?
「独り言を注意されると、その人のいる方面からも、幻覚が現れることがあります。脳が相手を『攻撃対象』と見なすためか、余計につらくなってしまうんです」
「だから怒らず、まず『もしかしたら統合失調症かな?』と思って欲しい。苦しそうに見えたら、車掌さんや駅員さんに、それとなく助けを求めてもらえるとうれしいですね」
では、二つ目のケースに移りましょう。こちらも、フィクションから考えてみます。
仕事を終え、帰路についたあなた。電車に乗り、「夕飯は何を食べようか」と思いを巡らせています。
その「実況」ぶりは、まさに立て板に水。しかし、よく聞くと、同じフレーズを繰り返しています。
突然のことに、びっくりするあなた。驚きのあまり、夜の献立のことを忘れてしまったのでした……。
「彼が自分だけで話すのは、呼吸のようなものなんです」。ASDの息子がいるイラストレーター・中尾佑次さん(59)は語ります。
知的障害もある一人っ子の秀真(ほつま)さん(27)は、当事者が対象のグループホームで共同生活をしています。実家で暮らしていた幼少期から、独り言が多かったそうです。
繰り返すフレーズは様々です。お気に入りのテレビ番組やCM、ネット動画のセリフ。音楽番組などで聞いたメロディー……。障害の特性上、予想通りに事が運ばなかったり、生活リズムが崩れたりすると、回数が増えました。
ストレスが高まると、過去の嫌な記憶が、脳内で再生されたと思われる言葉を口にする場合も。気持ちが不安定な思春期までは、そのケースが多かったといいます。
「電車などのシートが満席だった場合は、特に盛んでしたね。本人は『座れるもの』と考えているけれど、実際は違うこともある。そうしたイレギュラーな出来事が苦手なため、理解が追いつかなかったんです」
しかし年齢を重ね、秀真さんは公共の場で、かなり自分の衝動を抑えられようになりました。中尾さんは、プライドを保つためルールを守っている、と考えているそうです。
「僕が彼の独り言を、その場に居合わせた人に謝ったため、より情緒不安定になったことがあります。他人に注意されたとなれば、なおさらです。『俺は一人前の人間だ』という気持ちが折れてしまうんでしょうね」
こうした経験から、電車で独り言を話す人と出会った時は、「見て見ぬ振り」をして欲しいと訴えます。
「よく乗るタクシーの運転手さんたちが、息子の独り言が激しい時も、黙って送迎してくれるんですよ。これが、すごくうれしい。電車の中でも同じように、『積極的な無視』をお願い出来たら助かりますね」
「ただ、電車が長時間動かない場面などでは、落ち着きを失うことがあります。そうした際は、『あと●時間で動く』と紙に書き、具体的に示してもらえたら。障害を理解した上での対応は、本人や家族にとって、とてもありがたいです」
障害の有無にかかわらず、誰しもに「自分自身」がある。取材を通して確認したのは、そんな当然の事実でした。
荒唐無稽なことを話しているようでも、当事者は必要に迫られています。独り言の否定は、その人の否定でもあるのです。
記事に登場した中尾さんは「今は昔と比べ、障害の当事者が外に出やすくなった。『世の中にはこんな人もいる』と感じてもらえるといい」と話していました。今も、強く印象に残っている言葉です。
生き方は、人の数と同じだけ存在する。私自身、そのことに思いをはせ続けたい、と考えています。
※必ずしも、障害が独り言の原因になるわけではありません。その人自身の特性や、性格が影響している場合もあります。
1/58枚