連載
#3 ソロジャーの時代
「よく言ってくれた」ぼっち企画、予想外の反応 既婚者も共感の理由
学生時代から「ぼっち」の自覚があった女性ライターは「一人遊び」の記事が評判となり本も刊行しました。当初は「これってコンテンツになるんだ」と思いながら書いた記事。思わぬ反響の背景には潜在的な層がいたことが挙げられます。「ひそかに同じことを思っていた人から『よくぞ言ってくれた』という感覚で受け入れられたんだと思う」。一人でいるのは自由で楽だけど、どこか肩身が狭いと感じてしまう。そんな自分と折り合っていくには。「恥ずかしいと思っている自分が一番の敵」と達人は語りかけます。
「焼き肉って、一人で食べるメリットが一番あると思うんです」
「一人焼き肉」専門店のカウンターに座ったフリーライターの朝井麻由美さん(31)はそう言って、一枚ずつ注文した中落ちカルビやサーロインを一人用のロースターで丁寧に焼いていきました。「ソロ活」の達人として、「一人東京ディズニーランド」や「一人バーベキュー」など数々の一人遊びを体当たりで紹介していますが、一人焼き肉は数年前からの定番です。
「みんなで行くと気を使って、『食べたい部位を食べたいだけ食べられない』問題が出てくる。あと、たわいもない会話をするのが苦手なんです。人と行くと、ちゃんと会話をしなきゃというプレッシャーが大きくて。人と会話することすべてがつまらないわけではないですが、疲れるな……と思うことが多いんです」
「他の人が会話に使うエネルギーが1だとしたら、私は10くらいエネルギーを消費してしまうのかもしれません。一人であれば焼き肉を自分用にカスタマイズすることができ、会話に気を取られることもなく、食べることだけに集中できます」
「みんなで飲みに行くときは“会話すること”が主な目的。一人で行くと、“食べること”が目的になると思うんです。これは食事の場に限らず、一人でどこかへ行くのは、目の前のコンテンツだけに集中して楽しめるというメリットがあります」と朝井さんは分析します。
おいしい料理を食べても、「友人と共感したいとまでは思わない」。映画や演劇を観るときも、他人を誘うことはしません。
「自分の趣味が相手に合うか分からない。自信がないんです。子どもの頃、学校での集団生活の中で『自分は人とズレている』と思うことが多かったんですよね。今でもどこかでその感覚を引きずっているのだと思います」
覚えているのは、高校での文化祭。クラスの友達が一丸になっているのに、熱くなれない。「文化祭のために学校に残って頑張るという風潮が無理でした」。
だからといって、「手伝わないで嫌われたくもなかった」。似たようなことは、修学旅行でもあったと言います。同じ時間に全員で食事や入浴をする「兵隊みたいな行動」がなじめませんでしたが、周りは何の疑問を持たずに「修学旅行楽しい」と盛り上がっていました。
「みんなと一緒にテンションを上げることができないのがコンプレックスでした。今はこうして一人を楽しむことができるけど、当時は学校がすべて。学校以外の世界を何も知らなかった。『みんなで盛り上がるのが正解』という雰囲気の中で、その正解を選べない私はおかしいんじゃないかという気持ちがずっとあったんです」
朝井さんの転機になったのは、大学でした。「自由」や「個性」を尊重する校風の国際基督教大(ICU)に進学。学科のクラスやサークルにも入りましたが、常に一緒の行動をするようなグループはありませんでした。
約束をして一緒に学食で食事するのではなく、食堂に行って、たまたま座っていた友人とご飯を食べる。授業を取るのも、仲が良い人と一緒だからではなく、自分が受けたい授業を選ぶ。留学生や帰国子女が多いことも影響しているのか、超個人主義な環境でした。サークルのメンバーとも活動時間以外でも常に群れているようなことはなかったようです。
のびのびと一人で行動する範囲を広げていったのも大学生の時から。最初に挑戦したのは「一人ラーメン」です。
「今でこそ女性でも入りやすいおしゃれなラーメン屋が増えたことで、一人ラーメンは珍しくなくなりましたが、当時はまだラーメン屋に一人で行く女性は少なかったので、かなり勇気が要りました。この頃から、行動の基準が自分になったんです。好きな時に自分のいたい場所にいられる。高校までは、集団行動や同調圧力の世界が普通だと思っていて、こんな自由な世界があることを知りませんでした」
会社勤務を経て朝井さんは、ライターの道に進みます。大学時代のつながりを頼ってウェブマガジンの編集を手伝ったり、興味のあったサブカルチャーの記事を情報誌に書いたり。人脈を開拓しながら仕事を増やし、「一人っ子あるある」をまとめた本を発売するなど、ライターとしての実績を積み上げていきます。
そして2014年夏。ソロ活のページを立ち上げようとしていた情報サイト「レッツエンジョイ東京」の目に止まり、一人遊びを紹介する連載が始まりました。
連載では、「普通は一人で行かないような場所でもどれだけ楽しめるか」をテーマに「一人が好きな自分」と向き合っていきます。
「書くときには毎回、『この遊びで私は何を楽しんでいるんだろう』と考察を入れるようにしました。自分の中でも『ぼっち』の定義がまとまっていなかったので、『自分がなぜぼっちが好きなのか』や『一人はさみしいとみんなが思うのはなぜなんだろうか』といったことを連載を書きながら整理していきました」
「一人ディズニーランド」や「一人ボウリング」、「一人ボート」などの記事を書き、反響も増えていきます。
「それまでは一人で色々とすることが、こんなに特殊なことだとは思っていませんでした。長いことフリーランスで働いて、一人を謳歌していたので、子どもの頃に集団生活でずっと抑圧されていたことをすっかり忘れていたんですよね(笑)。実際に書き始めたら、思っていた以上に反響が出て、『よくぞ言ってくれた』と感謝もたくさんされて。『これってコンテンツになるんだ』とびっくりしました」
連載開始から半年以上が経った「一人バーベキュー」の回は、見た目の面白さもあり、大きな注目を集めました。ソロ活の先駆者としてラジオ番組にも出演するようになり、2016年3月には連載をまとめた『「ぼっち」の歩き方』を刊行しました。
連載を通じて感じたのは、「ぼっち」とは一人でいるとか独身であるという「状態」ではなく、「メンタリティー」の問題だということです。
実際、既婚者にも「ぼっち」の気持ちを共感してもらったことがあるそうです。
「最初は違和感があったので、突き詰めて考えたら、確かに既婚者でも一人を楽しみたいという欲求があると思ったんです。『ぼっち』という言葉が持つ意味が広すぎて誤解を生んでしまっているとも思っていて」
朝井さんは「一人でいたい」という気持ちを丁寧に考える必要があると言います。
「『ぼっち』を自虐的な意味で使うときって、『(恋愛をしたいけど、恋人ができないから)ぼっち』とか『(みんなでワイワイ騒ぎたいけど、友達がいないから)ぼっち』ということですよね。でも、これは『恋人がほしい』とか『みんなと騒ぎたい』の部分が一番の欲求なので、『一人でいたい』という欲求があるわけではない。一方で、『一人でいたい』という欲求がある人、つまり『一人が好き』な人もいる。これにも色々あって、恋愛をしたくないから一人でいるのが楽しい人もいれば、集団行動が苦手だから一人でいたい人もいます。この両方を満たす人も、片方だけの人も、みんな等しく『一人が好き』であることには変わりありません」
結果、行き着いたのがライフスタイルの一つとしての「ぼっち」です。
「つまり、『一人が好き』というのは、どのような過ごし方で余暇を楽しみたいかの話で、未婚や既婚や恋人の有無という“状態”はあまり関係ないんだな、と。ぼっちという言葉のイメージで恋愛や結婚が結び付いていてしまっていますが、そうではなくて『一人を楽しむ』精神やライフスタイルの一つではないかと感じるようになりました」
一人焼き肉のように、一人の時間を過ごすことができる環境も増えてきたと感じているのだそう。
「例えば一人カラオケは『ヒトカラ』と言われ、市民権を得た一つです。ここ10年くらいの間に専門店もできましたし、一人カラオケに抵抗がない人はかなり増えたのではないでしょうか。カラオケだけでなく食事や他のサービスでも一人でできることが増えて着実に変わっていると思います」
それでも、「一人がマジョリティーになることはないし、一人と集団、どちらがマジョリティーでマイノリティーなのかについてはどうでもいいと思っています。何がマジョリティーであれ、マジョリティーの存在によって、マイノリティーが生きづらくなることが嫌。それに尽きます」と話す朝井さん。
「私は『ぼっちが間違っている』という風潮はなくなればいいと思っていますが、『ぼっちだけが正解』と思っているわけではありません。集団行動も一人でいることもどっちも受け入れられる世の中になればと思っています」
「一人で行動したいけど恥ずかしくてできません」という相談も読者から受ける朝井さん。記事を書きながらたどり着いたのは「生きづらさやモヤモヤを抱えている人は『外からの圧力ももちろんありますが、案外自分で自分に圧力をかけてしまっている部分も大きい』」ということでした。
「『学校のみんなと盛り上がれなくて浮いている私はダメなんだ』という高校生までの私がまさにそうで、ダメという判断をした私は、『集団で盛り上がろうよ』を判断軸にしていたんですよね」
「何を良しとするかは自分の判断でしかありません。一人で行動するのが恥ずかしいというのも同じで『恥ずかしい』と思っている自分が一番の敵なんです。『一人で行動したい気持ちは誰がどう決めたんだ』『なぜ恥ずかしいと思うのか』。ここの部分を1度見つめ直してみたらいいと思います」
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