連載
#32 小さく生まれた赤ちゃんたち
27週678gで生まれた長男「母乳足りなくても大丈夫」救われた母
「日本橋母乳バンク」がリニューアルしました
なんらかの事情でお母さんの母乳が得られない、小さく生まれた赤ちゃんのために、寄付された母乳(ドナーミルク)を提供する「母乳バンク」。2022年に予定日より約3カ月早く678gの長男を出産した女性は、生後1週間が経った頃からドナーミルクを使用しました。「母乳バンクの存在を多くの人に知ってもらいたい」と話します。
神奈川県に住むウェブデザイナーの女性(42)は2年前、妊娠27週3日で身長約30cm、体重678gの長男を出産しました。
多くの赤ちゃんは妊娠37~41週(正期産)で生まれ、平均出生体重は約3000g。妊娠22~36週は早産となり、2500g未満で生まれる赤ちゃんは「低出生体重児」と呼ばれます。より早く小さく生まれるほど、命の危険や障害、病気のリスクが高くなります。
女性は妊娠22週のとき、血圧が150まで上がって入院することに。医師からは早産で小さく生まれる可能性を告げられ、ドナーミルクについても説明がありました。女性と会社員の夫(41)はそのとき初めてドナーミルクの存在を知ったといいます。
ドナーミルクとは、母乳バンクに寄付された母乳のこと。NICU(新生児集中治療室)のある施設で使われており、担当医が医学的に赤ちゃんにドナーミルクが必要だと判断した場合にのみ使用されます。
母乳バンクは、病院からの要請を受けて厳格に低温殺菌処理されたドナーミルクを提供しています。
ドナーミルクを使うのは、早産などで1500g未満の小さな体で生まれた「極低出生体重児」が中心です。1500g未満で生まれた赤ちゃんは腸など様々な器官が未熟で、病気や感染症のリスクが高いとされています。
十分な体重で丈夫に生まれた赤ちゃんは、牛乳由来の粉ミルクや液体ミルクを問題なく消化吸収できますが、小さく生まれた赤ちゃんは成分をうまく消化できず、負担になってしまいます。
母乳を与えた場合、人工乳と比べて、腸の一部が壊死(えし)する「壊死性腸炎」にかかるリスクを3分の1に減らす効果があるそうです。
「胎動が感じられない」。入院から1カ月ほど経ったある日、女性はおなかの〝異変〟に気が付きました。赤ちゃんが弱っていたため緊急帝王切開に。異変から約2時間後、長男は産声を上げて誕生しました。
女性が体重678gの長男と対面できたのは保育器越しに30秒ほど。「毎日エコー写真を見ていたので、大きさは想像していた通りでした」
夫も、生まれた日の夜に長男と面会しました。「とても小さくて色は赤黒い。本当に人間なんだろうかと思うくらい細くて小さい手足でした」と振り返ります。
頭の大きさはテニスボールほどで、体は両手に収まるくらいの大きさでした。
産後、夫妻は改めて医師からドナーミルクについて説明を受けました。女性は「この仕組みがあれば、万が一母乳が出なかったり、足りなかったりしたときでも大丈夫なんだと救われた気持ちになりました」と話します。
女性は初乳こそ長男に与えられましたが、飲む量が増えてくると女性の母乳だけでは足りなくなり、生後1週間頃からドナーミルクを使うことにしたといいます。
長男は約6カ月、女性の母乳とドナーミルクに支えられ、生後9カ月で退院したそうです。
長男はNICUに入院中、おなかの手術も経験しましたが、まもなく1歳6カ月になり、大きな病気をすることなく元気に保育園に通っています。身長は約75cm、体重は8kgを超えました。
「1年前は手術を控えていた時期。点滴は外れるようになるのか、口から食事をとれるようになるのか、保育園に通えるようになるのか見通しも立ちませんでした。でも今は、離乳食も食べて歯も生えてきて、成長を見せてくれています」と女性は表情を和らげます。
「ドナーミルクのおかげで息子は元気に成長できました。ドナーのみなさんにも感謝しています。母乳バンクの存在を多くの人に知っていただきたいです」
夫は「母乳バンクの存在は心の支えになると思います。今は限られた病院でしか使われていませんが、どんどん広がっていってほしいです」と話しています。
母乳バンクは現在、東京と愛知の計3カ所に拠点があります。
日本母乳バンク協会が運営する「日本橋母乳バンク」(東京都中央区)は、5月中旬にリニューアルし、敷地面積が約2倍になりました。2023年末のクラウドファンディングの支援費で最新式の低温殺菌処理器を導入し、これまでの約3倍の処理能力が見込まれています。
厚生労働省の人口動態調査によると、1500g未満で生まれる赤ちゃんは年間およそ6000人です。
2023年度にドナーミルクを使用した赤ちゃんは1118人で、NICUのある病院95施設で使われました。
多くの赤ちゃんや家族を支えてきた母乳バンクですが、運営資金の確保やドナーミルクの利用施設、ドナー登録できる施設の拡大など課題を抱えています。
日本母乳バンク協会の代表理事で小児科医の水野克己さんは、「みなさまのご支援によってドナーミルクの処理能力は増えましたが、安定した運営のためには資金と体制の確保が課題です。お母さんたちから寄付していただいた善意の母乳を、引き続き小さな赤ちゃんに安全に届けていきたい」と話しています。
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