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18年前、22週542gで生まれた息子 助かる命が増えた「いま」
赤ちゃんの10人に1人が、2500g未満で小さく生まれています
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赤ちゃんの10人に1人が、2500g未満で小さく生まれています
「きっと生きてくれる。パパとママの待つおうちに帰れる日がきっと来る」。18年前、542gの男の子を産んだ母親はブログにそう記しました。「24時間持たない」と言われた命はいま、元気に高校へ通っています。
出生数の低下が注目される一方で、2500g未満で小さく生まれる赤ちゃんが約10人に1人と、先進国の中でも高い割合の日本。早く小さく生まれても、医療の発展などにより助かる命が増えてきました。
18年前の7月、熊本県に住んでいた林英美子さん(44)=都内在住=は、妊娠22週6日(妊娠6カ月)で542gの男児を出産しました。予定日は11月18日。4カ月も早い出産です。
ある朝、トイレでどろっとした出血があることに気づきました。かかりつけの病院へ向かうと、診察後すぐNICU(新生児集中治療室)のある病院へ救急搬送されることに。詳しい説明はなく、状況はつかめませんでした。
到着後そのまま分娩台(ぶんべんだい)へ運ばれ、そこで初めて「もう生まれるかも」と説明を受けました。原因は、子宮の出口が開いてしまう「子宮頸管(けいかん)無力症」でした。
「今生まれるってどういうこと?」。気持ちが追いつかない中、医師や看護師は出産へ向けて準備を進めます。
多くの赤ちゃんは妊娠37〜41週で生まれ、平均体重はおよそ3000g。22〜36週の出産は早産となります。
早く小さく生まれる赤ちゃんは自力で呼吸ができず、人工呼吸器などを使い救命されます。しかし、臓器が成熟していないため、その後もあらゆる病気や感染症、場合によっては命の危険があります。
「まだ若いから、次がんばりましょう」。当時26歳だった林さんの年齢を考え、医師からは「次」へ向けての言葉がありました。今おなかにいる赤ちゃんは生まれても救命せず、「見送る」選択もあるという意味でした。
林さんを励ますための言葉だったのかもしれません。しかし、林さんは戸惑いました。
「おなかの中では赤ちゃんが動いているのに、なぜ死ぬ前提の話をしなければいけないんだろう」
息子は、不妊治療の末に授かった命でした。「妊娠は私にとって当たり前ではない。次また妊娠できるかどうかわからない状況でした」。医師の説明を聞いた家族からも諦めの空気を感じ、救命することが自分のわがままのようにさえ思えました。
「現実だけど現実を受け止められない。自分との向き合い方が分からなくてすごくきつい。でも、おなかの中の赤ちゃんには『とにかく生きて、絶対に生きると約束して』と心の中で話しかけていました」
それでも気持ちは揺らがず、医師には救命してもらうようお願いしました。
なるべくおなかの中にいられるように陣痛を抑える薬を点滴するなどして、分娩台の上で3日間耐え、自然分娩で出産しました。
救命処置のあと、そばへ連れてこられた息子は、皮膚が薄く血管が透けた真っ赤な体をしていました。足は林さんの薬指、腕は小指と同じくらいの長さと太さです。
小さな小さな手のひらにそっと人さし指を置くと、ぎゅっと握り返してくれました。
「この病院で22週で生まれて、生きて退院できた赤ちゃんはいません」。いくら医師にそう言われていても、握り返してくれた息子を見て「この子は絶対に死なない」と感じたといいます。
2021年に生まれた日本人の子どもは、81万1622人。一方、2500g未満で生まれる「低出生体重児」の割合は9.4%で、およそ7.6万人です。
1975年に5%ほどだった割合は1980年代から増加し、2002年以降9%台になりました。
OECD(経済協力開発機構)諸国で、低出生体重児の割合の平均は6.6%(2018年)。日本は先進国の中で、小さく生まれる赤ちゃんの割合が高い国の一つです。
なぜ日本は、低出生体重児の割合が高いのでしょうか。
新生児臨床研究ネットワーク理事長の楠田聡医師は、「早産や多胎児の増加、妊娠中の妊婦への体重制限や病気」などが関係していると話します。中でも近年注目されているのは、世界的にみても厳しい体重制限による妊婦の「やせ」です。
「妊娠中の体重増加を抑制していた理由のひとつは、高血圧のリスクを低くするためでした。しかし、赤ちゃんが小さく生まれる要因のひとつとされ、昨年、体重増加の目安が変更になりました」
日本産科婦人科学会は2021年3月、妊娠前のBMI(体格指数)が18.5未満の「やせ」の人は従来の基準より2〜3kg引き上げ、厚生労働省もこの数値を推奨することになりました。
また、楠田医師は「妊婦の年齢の上昇」や「不妊治療の増加」の影響も考えられると指摘します。
「以前は第1子を妊娠する年齢が20代でしたが、今は30代です。母親の年齢が上がるほど合併症のリスクが高くなり、胎児発育に影響します」
「不妊治療で生まれる赤ちゃんも増えていますが、治療をされる方は年齢が高かったり、病気があったりするケースがあります。妊娠する技術が上がったことも、低出生体重児の数に影響していると考えられます」
医学的に2500g未満は「低出生体重児」と定義されますが、中でも1500g未満は「極低出生体重児」、より未成熟な1000g未満は「超低出生体重児」と分けられています。
早産(22〜36週)では、22〜27週が「超早産児」、34〜36週が「後期早産児」とされています。早産の中で最も数が多いのは後期早産児です。
前述の楠田医師は次のように解説します。
「周産期医療の発展により、日本では1500g未満の子どもが助かるようになりました。だからこそ、それ以上大きい子どもも恩恵を受けています」
「一方で、昔は亡くなっていた子が助かるようになった結果、医療的ケアが必要な子も増えています。ただ、以前は退院後も医療的ケアを必要としていたケースでも、今は必要とせず退院することが増えている状況です」
楠田医師は、2000~2500g未満でもリスクはあると指摘します。
「小さく生まれた子どもは、少ない栄養でも体が大きくなるようにプログラミングされているとも言われています。個人差や生活習慣の影響もありますが、2500g以上の子どもよりも、糖尿病や心筋梗塞(こうそく)、肥満など健康上のリスクを抱えているのです」
1500g未満で生まれた赤ちゃんはNICUに入院し、日々様々な検査があります。しかし、「2000g近いと場合によってはハイリスクと思われず、医療の対象にはなっていないこともある」(楠田医師)そうです。
「低出生体重児の増加は、『少し早く』『少し小さく』生まれた子が増えた結果。そのような子どもたちへも目を向けていかなければいけません」と楠田医師は話します。
「医療の進歩によって低出生体重児が増えたことを、社会全体でしっかり受け止め、それに対応できるように努力していく必要があります」
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