日本は先進国の中でも、小さく生まれる赤ちゃんの割合が高い国の一つです。ごく小さく生まれた赤ちゃんはまず、「生きられるかどうか」という局面に立たされます。一方、新生児の救命率は世界トップクラスとして注目される日本。お母さんたちと赤ちゃんの「愛着形成」についても議論が進んでいます。小さな命と向き合う新生児医療について、医師に話を聞きました。
厚生労働省の人口動態調査によると、2020年の新生児死亡率は0.8人(/1000人)。医療の発展とともに救われる命が増え、50年前の10分の1ほどになりました。
WHOの世界保健統計2022では、日本は新生児死亡率が最も低い国の一つで、1000人あたりの死亡数が1未満と、世界平均の17をはるかに下回っています。
国立成育医療研究センター新生児科診療部長の諌山哲哉医師は、小さく生まれた赤ちゃんの死亡率が低いことが「新生児全体の死亡率を下げている」と話します。
現在、日本ではおよそ10人に1人が2500g未満で生まれる「低出生体重児」です。
厚生労働省の「低出生体重児保健指導マニュアル」によると、低出生体重児が生まれる背景には、妊娠37週未満の早産や、妊娠週数に見合った発育をしていないケース、子どもや母親の病気、生活習慣など様々な原因があります。
ーー新生児の救命率が世界トップクラスです。なぜでしょうか?
理由のひとつは、死亡リスクの高い1000g未満で生まれる「超低出生体重児」や、妊娠28週未満の「超早産児」の死亡率が低いからです。そのことが新生児全体の死亡率を下げていると考えられます。
国際的な新生児ネットワーク(iNeo)で生存率をまとめていますが、24週で生まれた赤ちゃんは世界の先進国の中でも生存率に幅があります。
ものすごく小さく生まれた赤ちゃんは管理が難しく、いかに助けられるかが重要です。
日本はなぜ救命率が高いのか世界的にも関心を集めていますが、実際のところははっきりしていません。明らかに言えるのは、日本は「管理がうまい」ということです。
一つは循環管理(血液の流れの管理)です。生まれてすぐの赤ちゃんの心臓の働きと血液の流れは、刻一刻と変化していきます。この変化がスムーズにいかないと、呼吸や他の臓器にも影響して、赤ちゃんはしんどくなってしまいます。
特に小さく生まれた赤ちゃんは影響を受けやすいため、超音波エコーで非常にこまめに心臓をチェックして、治療の調整を行います。海外では、超音波を用いた細かい管理ができている国は少ないようです。
細かく心臓超音波をやっているということは、医師が赤ちゃんを診る頻度や強度が違う可能性もあります。
もう一つ、赤ちゃんの管理ですごく重要な点ですが、日本は看護師さんのケアのレベルが高いのではないかと感じています。赤ちゃんが心地よい状態・体位はどういうものか、いかにストレスを与えないか。よく勉強している看護師さんが多いように思います。
ーーテクノロジーの発展だけではなく、ケアも影響するのですね。助かる命が増えている一方で、課題もあるのでしょうか?
超早産児(28週未満で出産)の場合、認知障害、脳性まひなどの割合は高いというデータがあります。
私たちがご家族へ説明するとき、22〜24週での出産であれば、赤ちゃんが生きられたとしても、3分の1から半分くらいはなんらかの問題がある可能性が高いとお話しします。
低出生体重児と早産児では、週数が早い方がリスクが高いのですが、500g未満になると体重がかなりリスクになってきます。
ーー具体的にはどのような可能性があるのでしょうか?
どのような問題が起こるかというと難しいのですが、ほかの子と比べると成長が遅かったり、認知機能が平均より下がってしまったり、発達障害 、学習障害 、行動障害のリスクは上がると言われています。
ですが、実際には成長してみないとわからないところはあります。
大きく生まれた子どもたちにも、学習障害や認知が遅い、集中できないといった問題が起こることはあります。ただ、その数を比べると、低出生体重児や早産児ではリスクが上がるということです。
どこで線を引くかは難しいですね。32週未満が「極早産児」、28週未満が「超早産児」と分けられ、体重では1500g未満が「極低出生体重児」、1000g未満が「超低出生体重児」です。
「極」、「超」になるとリスクが連続的に上がっていきます。どこからリスクについて説明をするかは医者によっても違いますし、考え方です。
私たちは、赤ちゃんにとって何がいいかを常に考えています。お母さんたちにもそう考えてほしいので、余計な心配を与えたくありません。2500gを少し下回った、37週を少し下回った赤ちゃんのご家族には「あまりリスクは考えなくていいですよ」と伝えます。
ただ、超低出生体重児や超早産児はリスクがかなり高くなるので、脳性まひや発達障害について私は確実に説明をします。
多くの子は元気に成長していきますが、ほかの子と比べると明らかにリスクは高い。そういう子は「フォローアップ」と言って、その後も長期的に様子を見させてもらいます。
困ったことがあれば、専門家のリハビリや様々なサポートにつなげていくことをしなければいけません。その観点からご両親に理解してもらったほうがいいと考えています。
ーーご家族に説明する上で意識されていることはありますか?
事実は伝えなくてはいけませんが、数字を出すことへの賛否はあります。
「あなたのお子さんは何週で生まれてこのくらいの体重だから、何%の確率でこうなりますよ」と正確な数字を出すと、ご家族は必ずそうなるものだと思ってしまいます。
私たちが話すときに一番大事なのは、こういうことが起こりうる、ほかの子に比べると脳性まひや発達障害のリスクが高いんだなと、漠然とでも親御さんに知ってもらうことです。
赤ちゃんの発達には生まれた週数やNICU(新生児集中治療室)での治療も大事ですが、お母さんやお父さんの「アタッチメント」、つまり愛着を持てるかどうかがものすごくインパクトがあると思っています。
だからこそ、私たちがきついことばかり言ったために、お母さんたちが落ち込んでNICUに面会に来られなくなったり、退院しても「赤ちゃんがかわいいと思えない」となったりしては、それが一番悪いかもしれません。
早産で生まれた子の難しさは、赤ちゃんとお母さんが産後すぐに離れてしまって、本来は自然とできるはずの愛着形成ができなくなってしまうことです。いかにお母さんお父さんと赤ちゃんの愛着形成を保ちながら、現状を理解してもらえるかに気を配っています。
赤ちゃんが生きるか死ぬかは当然大事なことですが、クオリティ・オブ・ライフ(QOL/人生の質)も大事です。
例えば小さく生まれてNICUで育ち、合併症のあることがすべてQOLの低下につながるかというとそうではありません。
お父さんお母さんがその後、子どもにどう関わったか、保育園や学校、社会がどう受け入れたかで、ほとんどが決まってきます。
ご家族だけではなく、社会がサポートしていく必要があると思います。
ーー小さく生まれた赤ちゃんの医療で、今後どのようなことが大切になってくるのでしょうか?
世界的に見ても日本は非常に高い水準ですが、日本全国でもっと良くしていくことが大事です。
退院後のフォローアップには課題があり、超早産児を中心とした早産児の長期的予後については、アメリカやスウェーデンと比べるとデータが不足している問題があります。
超早産児は、3歳までに分かる脳性まひや発達遅延などだけでなく、それ以降に明らかになってくる様々な発達障害、学習障害、呼吸機能障害、腎障害、高血圧といった問題もあり、その現状の正確な把握と支援体制の構築が必要だと思います。
また、海外で広がってきている「ファミリーセンタードケア」という考え方も大切です。
患者さんをサポートするのは当然ですが、ご家族もサポートする。保護者を巻き込んでいかに赤ちゃんとアタッチメントを形成してもらうか、ご家族にいかに快適にNICUで過ごしてもらえるか。きょうだいは面会できない病院も多いのですが、どうやって面会できるようにするかも大事です。
コロナ禍では仕方ない面もありますが、簡単に親の面会を中止することが親の権利を阻害している、子どもの人権を阻害しているという感覚が日本には少ない気がします。
親御さんたちやきょうだいが会いに来れないことが、いかにきついことかを考えないといけません。苦しんでいるお母さんやお父さんをたくさん見ます。
家族のアタッチメントがその子の経過を決めるという研究もありますし、赤ちゃんの成長を考える上では変えていくべきだと思います。