連載
#31 小さく生まれた赤ちゃんたち
22週400gで生まれ、生死をさまよった娘 母乳バンクに救われた
「日本橋母乳バンク」がリニューアルしました
なんらかの事情でお母さんの母乳が得られない、小さく生まれた赤ちゃんのために、寄付された母乳(ドナーミルク)を提供する「母乳バンク」。東京都内にある拠点のひとつが、5月中旬にリニューアルしました。記念式典では、母乳バンクを利用した母親が「ドナーミルクに助けてもらったおかげで、今の娘がいる」と感謝の言葉を述べました。
リニューアルしたのは、一般社団法人日本母乳バンク協会が運営する「日本橋母乳バンク」(東京都中央区)です。
施設面積はおよそ2倍になり、最新式の低温殺菌処理器や、冷凍庫などを新たに導入しました。処理能力はこれまでの約3倍に。機械の購入には、2023年に実施したクラウドファンディングの支援費が使われています。
現在、国内にある母乳バンクは東京と愛知の計3カ所。「日本橋母乳バンク」と「日本財団母乳バンク」(東京都中央区)では、ドナーから寄付されたドナーミルクを低温殺菌処理し、安全性を確認した上で病院からの要請を受けて提供しています。
東京で災害が起きた際に供給が途切れないよう、2023年には藤田医科大学病院(愛知県豊明市)にもドナーミルクのストック拠点が開設されました。
多くの赤ちゃんは妊娠37~41週(正期産)で生まれ、平均出生体重は約3000gです。2500g未満で生まれる赤ちゃんは「低出生体重児」と呼ばれます。より早く小さく生まれるほど、命の危険や障害、病気のリスクが高くなり、医療的ケアが必要なこともあります。
ドナーミルクを利用するのは、早産(妊娠22~36週)などで1500g未満の小さな体で生まれた「極低出生体重児」が中心です。
日本母乳バンク協会の代表理事で小児科医の水野克己さんによると、1500g未満で生まれた赤ちゃんは腸など様々な器官が成熟しておらず、病気や感染症のリスクが高いといいます。
十分な体重で丈夫に生まれた赤ちゃんは、牛乳由来の粉ミルクや液体ミルクを問題なく消化吸収できますが、小さく生まれた赤ちゃんは成分をうまく消化できず、負担になってしまいます。
しかし母乳を与えた場合、人工ミルクと比べて、腸の一部が壊死(えし)する「壊死性腸炎」にかかるリスクを3分の1に減らせるそうです。
日本小児科学会などは、病気や服薬、体質といった様々な理由で出産した母親の母乳をあげられない場合、ドナーミルクを推奨しています。
厚生労働省の人口動態調査によると、1500g未満で生まれる赤ちゃんは年間およそ6000人です。
2023年度にドナーミルクを使用した赤ちゃんは1118人で、NICU(新生児集中治療室)のある病院95施設で使われました。
2014年に始まった母乳バンクですが、ドナーミルクを使用した赤ちゃんが初めて年間1000人を超え、累計では2600人以上になりました。
リニューアル式典では、ドナーミルクを利用した赤ちゃんの家族が、当時の心境について語りました。
2019年、予定日より約4カ月早い妊娠22週6日で400gの女の子を出産した女性=奈良県在住=は、出産の翌日に夫とともに主治医からドナーミルクの説明を受けたといいます。
女性は、そこで初めてドナーミルクの存在について知りました。
「最初にあげられるのが自分の母乳じゃないんだ……」と複雑な思いはありましたが、主治医の丁寧な説明を受け、「生死をさまよっていた娘にできることは何でもしてほしい。『助けてください』という気持ちで決断した」と振り返ります。
自分の母乳が出るまでの約5日間、ドナーミルクを使っていたそうです。
出産時、主治医からは「22週で生まれた赤ちゃんが生存して退院できるケースは50%」と説明されていました。しかし、もうすぐ5歳になる娘は大きな病気もせず、毎日幼稚園に通っているといいます。
「生まれて数日の大事なときにドナーミルクに助けてもらったおかげで、今の娘がいます。周りの方々に支えられてここまで大きく育てることができたことを感謝しています」
一方で、ドナーミルクを利用できる病院は限られています。
「どこの病院で出産しても、ドナーミルクを使えるかどうか選択肢のある社会になってほしいと思います」
多くの赤ちゃんや家族を支えてきた母乳バンクですが、運営資金の確保やドナーミルクの利用施設、ドナー登録できる施設の拡大など課題を抱えています。
2023年11~12月に行われた日本母乳バンク協会のクラウドファンディングでは、2890人から目標を大きく上回る2400万円以上の支援金が集まりました。しかし、クラウドファンディング分を除くと赤字経営だといいます。
運営資金は企業・個人からの寄付や病院との年間契約費などでまかなっていますが、円安の影響でイギリスから輸入する殺菌処理に使う器具が高騰し、負担が重くのしかかります。
運営スタッフも不足していますが、資金不足のため増員が難しい状況です。
ドナーミルクを提供する母親が登録できる施設は、現在、関東を中心に40を超えました。しかし、居住地からアクセスのよい場所に登録施設がなく、ドナーになりたくてもなれないという声もあります。
日本母乳バンク協会の水野さんは、「みなさまのご支援によってドナーミルクの処理能力は増えましたが、安定した運営のためには資金と体制の確保が課題です。引き続きひとりひとりの大切な命を守るため、提供いただいた母乳を安全に小さな赤ちゃんに届けていきたい」と話しています。
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