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「これって盗撮?」そんな現場に居合わせたら…交番で尋ねてみると

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スマホの画面に映る、ワンピースの女性の姿。これって、もしかして盗撮――?そんな現場に居合わせ、かといって盗撮だと断定することもできず、何もできずにモヤモヤした思いを抱えていた記者。何かできることはなかったのか、取材しました。(朝日新聞記者・古畑航希)
異常な暑さが続いていた9月上旬の朝、東京都内の通勤路のことでした。かっぷくのよい男性が、数人が歩ける狭い歩道に立っていました。
出勤で地下鉄の駅に向かう途中だった記者(27)は「道の真ん中で何してるんだろう」と思ったところ、なんだか様子がおかしいことに気づきました。
スマホを腰ほどの高さに持ち、バス停の方向に向けていたのです。
数メートル離れた私の位置からも、スマホの画面がはっきりと見えました。
スマホが向けられた先にはバス停があり、3人ほど並んでいました。画面には、バス停に並ぶ黄色いワンピース姿の女性が映っていました。
「え、盗撮?」
一瞬、面食らいましたが、この人が何をしているのか気になって観察し続けました。
歩道は駅に向かう通り道で、私は徐々に近づいていきます。スマホの画面に映る人物と、バス停で待つ女性をもう一度見比べて、見間違いでないことを再確認しました。
110番する?
男性に声をかける?
2人の関係性は?
盗撮ではない可能性もある――。
そんなことが脳裏で瞬時に駆け巡りましたが、地下鉄に向かう足は止まりませんでした。
盗撮と断定はできませんが、その可能性はとても高い状況。居心地の悪さを抱えたまま電車に乗りました。
警察庁のホームページによれば、2023年に新設された「撮影罪」の認知件数は7773件で、検挙件数は6310件。盗撮行為での迷惑行為防止条例違反の検挙件数は2013件で検挙人員は802人(いずれも2024年)だといいます。
発生場所では、撮影罪だと商業施設等が36.1%で一番多く、次いで駅構内が21.7%。路上は213件(3.4%)となっています。
迷惑行為防止条例違反では、商業施設等が32.7%で最多で、路上は54件(2.7%)でした。
ただ、これはあくまで認知できたり検挙できたりした件数で、氷山の一角でしょう。
その日の夜、仕事を終えた帰り道。地下鉄からそのまま帰宅しようとしましたが、なにもせず帰ることはできませんでした。
「どうすれば良かったのだろう」。悩んだ末にバス停近くの交番に立ち寄りました。
「今朝、近くのバス停で盗撮をしているとみられる人を見かけたんですが、こういう場合って、警察に伝えた方がいいのでしょうか」
おそるおそる聞くと、男性警察官は「110番してください」と即答した。
明らかな犯罪が発生していたら、もちろん通報しますが、必ずしも犯罪とは言い切れない、疑わしき状況であっても通報してほしいというのです。
警察官が駆けつけて現場に立ち会うことが、犯罪防止には重要だからだといいます。
ひととおりの状況を説明し終えると、交番の警察官からは「差し込みですか?」と聞かれました。
意味を理解できずに聞き返すと、「衣服にスマホを差し込んで撮影していなかったか」という意味でした。
私が目撃したのは「差し込み」ではなく、男性が女性の全身を映している状況でした。
事情を話した警察官が、奥にいた上司らしき人物に説明すると、「全身を映してから、差し込んだりするんだ」という、そんな言葉が漏れ聞こえました。
下着などを撮影するのに合わせて、全身を撮影しておくのが、よくある手口だといいます。
警察官は「念のために」と私の名前と住所、連絡先を書き留めると、「明日、その時間にパトロールしますので」と話しました。そう聞いて、少しほっとしました。
その後、今日の出来事を振り返りながら帰路につきました。
「110番してください」という警察官の言葉を思い返しながら考えました。
「そう言われても、初めての人は難しくないか?」
そこで、京都女子大学に話を聞きました。ここは2020年から学生が京都府警などと連携し、痴漢や盗撮などの性暴力を防止するために駅構内のポスターを作成しています。
この取り組みは、「日常的な性暴力を許容している社会のあり方」への学生たちの問題意識から始まったといいます。
携わってきた市川ひろみ教授は「周りにいる人たちが被害者の味方をしないと、被害者が孤立してしまう」と指摘します。
2022年のポスターでは、痴漢や盗撮に居合わせたときに対処法が分からず悩んでしまうことを踏まえ、被害者への声のかけ方や、スマホの画面を見せて被害者の意思を確認する方法を描きました。
市川教授は「いざ介入しようと思っても難しい。日頃から瞬発力を鍛える必要があると思います」と話します。
警察庁のホームページによると、痴漢や盗撮を目撃した場合は、「被害者に声をかける」「駅員、警察官などに知らせる」ことを推奨しています。
一方で、犯罪やハラスメントを目撃した際の対応について研修を行う「アクティブバイスタンダー協会」には、ハラスメントなど目撃した人から「どう対応したら良いか分からない」などの声が寄せられるといいます。
研修では「たよレます®」という語呂合わせを使った5つの対応方法を紹介しています。
協会の安藤真由美・共同代表は「介入に正解はありません。同じ場面はほとんどなく、方法も違います。まずは自分の身を守ることを考えてください」と前置きした上で、記者が遭遇した状況での対応を考えてみてくれました。
たとえば、「盗撮しようとしているスマホの画面に映り込む」「被害者に声をかける」といった対処法が考えられるといいます。
安藤さんは「周りにいる方が黙って見過ごしていると、加害者行動が許されている印象を与え、行動が続いてしまうリスクがあります」と話します。
あとから振り返れば、警察官が求める110番通報はハードルは高くても、スマホと女性の間を通るくらいはできたかもしれません。
当時を思い出しながら反省していると、安藤さんはこう補足しました。
「そのときは何もできなくても、どうすれば良かったと考えている時点で、アクティブ(積極的)なバイスタンダー(傍観者)だと思います。周りの人が動くことで、みんなが暮らしやすい社会になってほしいですね」