連載
#50 小さく生まれた赤ちゃんたち
22週497gで誕生の息子「一生懸命おなかを蹴っていた」母の決意
「絶対に死なせたくない」

「産後、母乳が出にくかった時期に頼ったのは、『ドナーミルク』でした」
2年前、予定日より約4カ月早く赤ちゃんを産んだ女性。産後10日ころに医師から「ドナーミルク(寄付された母乳)」の説明を受けました。
ドナーミルクは、早産などにより、1500g未満の小さな体で生まれた赤ちゃんに使われます。「母乳バンク」が管理し、元気なお母さんから提供されたものです。「この子が助かるなら」と使うことを決めた女性。当時の思いを振り返ってくれました。
神奈川県川崎市に住む会社員の内西奈津美さん(30代)は、2023年に妊娠22週3日(妊娠6カ月)で497gの長男・こうきさんを出産しました。
「一生懸命おなかを蹴っていたこの子を、絶対にこのまま死なせたくないと思っていました」と振り返ります。
妊娠5カ月のとき、地元のクリニックで切迫早産と診断されて数週間入院。退院して1週間が過ぎたころ、尿もれのような感覚があり、クリニックを受診しました。
診断の結果、破水が確認され、医師から「22週なら助けられるかもしれません。大学病院へ行くか、赤ちゃんを諦めるか、どうしますか」と問われたそうです。
内西さんは突然のことで現実を受け止められませんでしたが、22週で生まれる赤ちゃんのリスクを聞いた上で「産みたいです」と答えたといいます。
多くの赤ちゃんは妊娠37~41週(正期産)で生まれ、平均出生体重は約3000gです。妊娠22~36週は早産となり、早く小さく生まれるほど、命の危険や障害、病気のリスクが高くなります。
産む選択をした内西さんは、すぐにNICUのある病院に搬送され、出産に備えて処置を受けました。
当時はコロナ禍だったため、夫には電話で経緯を伝えました。
「このままおなかの中で死なせたくない」と言うと、夫も「先生たちにお願いしよう」と励ましてくれたといいます。
そして破水から2日後の夜、内西さんは帝王切開で497gのこうきさんを出産しました。こうきさんはすぐにNICU(新生児集中治療室)に運ばれていき、内西さんが面会できたのは翌日の夜だったといいます。
NICUで保育器の中にいる息子は透き通るような肌で、顔のパーツがはっきりしておらず「目はどこにあるかわからないくらいギュッと閉じられていた」といいます。
その姿を見た内西さんは、「本当に取り返しのつかないことをしてしまった」とショックを受けたと明かします。
「絶対に死なせたくない」と思っていたにもかかわらず、最初に我が子にかけた言葉は「ごめんなさい」でした。
早産を経験した母親は自分を責めてしまうことがありますが、早産の原因はわからないことが多く、予防法は確立されていません。
医師から「生後72時間が重要」と説明を受け、内西さんは「この子は明日を迎えられるのかな」と不安で祈るように過ごしていたといいます。
こうきさんは72時間の壁を越えて、チューブを通して少しずつ内西さんの母乳を飲めるようになりました。
「0.5mlから始まり、1mlずつ注入量が増えていく様子を看護師さんから聞いては、明日への希望にしていました」
しかし、内西さんは産後に体調を崩し、母乳が出にくい状況でした。ただでさえ22週という早い週数で出産になった場合、必要な量の母乳が出るまで時間がかかることもあります。
産後10日ほど経っても必要な量の母乳が出なかったため、医師からドナーミルクの説明を受けました。
ドナーミルクは、1500g未満で生まれた「極低出生体重児」などが対象で、担当医が医学的に赤ちゃんにドナーミルクが必要だと判断した場合のみに使われます。病院の要請に応じて、提供された母乳を管理している「母乳バンク」が届けます。
十分な体重で丈夫に生まれた赤ちゃんは、牛乳由来の粉ミルクや液体ミルクを問題なく消化吸収できますが、小さく生まれた赤ちゃんはミルクの成分をうまく消化できず負担になってしまうため、母乳が推奨されています。
母乳を与えた場合、人工乳と比べて、腸の一部が壊死(えし)する「壊死性腸炎」にかかるリスクを約3分の1に減らす効果があるとされています。
日本財団母乳バンクによると、2024年度は全国で1202人の赤ちゃんにドナーミルクが使われたそうです。
内西さんは、「ドナーミルクのことは知りませんでしたが、主治医の先生が丁寧に説明してくださったので抵抗感はありませんでした。『ドナーミルクはこうきくんに必要です』という主治医の言葉が忘れられません」と話します。
夫とも相談し、「こうきが助かるなら」と内西さんの母乳を補う形でドナーミルクの使用を決めました。
母乳をあげられる安心感はあったものの、内西さんは複雑な思いにかられたといいます。
「ドナーミルクの入っている容器には、『ドナー』という文字が書かれていました。その文字を見るたびに、胸がきゅっとなっていました」
大きくなるまでおなかの中で育てられなかった。命をつなぐために大切な母乳でさえ、満足にあげられない私は母親失格なんじゃないかーー。
つらい気持ちを看護師に打ち明けると、こんな言葉をかけてくれたそうです。
「でもね、小さく生まれた赤ちゃんを救いたいと思って、助けたいと思って、ドナーミルクを送ってくれるお母さんたちがいるんですよ。頼ってもいいんじゃないかな」
内西さんは「そのときハッとしました」と振り返ります。
「この子はたくさんの人に『生きてほしい』と思ってもらっているんだと思うと、とても心強い気持ちになりました。だんだんとつらい気持ちが和らぎ、『ドナー』という文字を見ては、助けてくれる人たちに感謝していました」
こうきさんの体重が1500gになるまでの約2カ月、ドナーミルクは使われました。
内西さんは「多くの方のサポートのおかげで今の私たちがあります。そのひとつがドナーミルクです」と振り返ります。「ドナーミルクに助けられて元気に育っている子どもがいることを、多くの方に知っていただきたいです」
赤ちゃんや家族を支えてきた母乳バンクですが、ドナーミルクを利用する病院やドナー登録のできる施設が身近にないといった課題を抱えています。2024年度、ドナーミルクはNICUのある病院114施設で使われました。ドナー登録ができる施設は2025年10月1日現在、54施設です。
内西さんは「ひとりでも多くの小さな赤ちゃんや、必要としている赤ちゃんにドナーミルクが使われるようなことが当たり前の世の中になることを強く強く願っています」と話します。
こうきさんは、NICUとGCU(新生児回復室)に計5カ月半入院し、手術や目の病気の治療などを乗り越えました。2歳になったいま、体重は約10kg、身長82cmに成長し、元気に保育園に通っているそうです。
気管支や肺が弱く、ぜんそく症状はあるものの、1歳半で歩き始めて小走りもできるようになりました。
まだ言葉は出ませんが、絵本が大好きで「何かを伝えようとしている意思を感じる」そうです。
内西さんは「ティッシュを取ったり、冷蔵庫を開けておやつを取ろうとしたり、やんちゃ盛り。いたずらできるほど成長している姿が本当にうれしいです」と笑います。
「正期産で生まれた子どもと比べたら、もしかしたらゆっくりな成長になるかもしれませんが、彼なりのペースで元気に成長しています。たくさんの人にエールをもらって、頑張って大きくなったということを誇りに思って生きていってほしいなと強く願っています」
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