「オヤカク」という言葉を知っていますか? 就職活動において、企業が内定を出した学生の保護者(親など)に納得しているかを確認する行為を指します。「なぜ親が出てくるの?」「イマドキの学生は……」と疑問を抱きそうですが、実は同様の取り組みはバブル期からあったようです。就活事情に詳しい千葉商科大学准教授の常見陽平さんも、かつて企業の採用担当者として「親対策」をした経験がありました。(聞き手:withnews編集部・金澤ひかり、河原夏季)
<常見陽平(つねみ・ようへい)さん>
働き方評論家。1974年生まれ、北海道札幌市出身。一橋大学卒業後、リクルートに入社。バンダイに転職後、2010年に『くたばれ!就職氷河期 就活格差を乗り越えろ』で注目を集める。ベンチャー企業、フリーランス活動、一橋大学大学院社会学研究科修士課程を経て2015年4月に千葉商科大学国際教養学部専任講師就任。現在は准教授。
ーー「オヤカク」という言葉を見聞きするようになりました。言葉だけ聞くと、「学生が自立していないのではないか」と否定的にも捉えられそうです。
常見陽平さん:「オヤカク」という言葉を手放して考えた方がいいかもしれません。親から承諾書を取るレベルのことを指す場合もあれば、学生に「親御さんも同意しているの?」と聞くケースも含まれ、その意味は様々です。
実は、採用活動で企業側が保護者の意向を確認することは、少なくとも35年ほど前から行われています。
当時の就職雑誌には、バブル期の「売り手市場」で学生へ過剰な接待をしていたことや人事担当者がわざわざ実家へあいさつに来たという記述が残っています。
私が民間企業で採用担当を務めていた20年近く前は、就職氷河期とリーマンショックの間の「売り手市場」。当時も「親対策」をしていました。親へあいさつへ行くことはしていませんが、お手紙を送ったことはあります。「お子さんとこういう理由で一緒に働きたい」といった内容です。
企業側は採用選考時に、「あなたの親御さんはどんな人ですか」といった家族に関することや、出身地・思想信条など本人に責任のない事項、本来自由であるべき事項について聞いてはいけないという厚生労働省の指針があります。
企業は保護者の職業ではなく、どのようなタイプの人で、内定に同意しそうかどうかを気にします。学生が内定を辞退しないことにつながるためです。その点、「オヤカク」は企業側の内定辞退防止策として合理的という話になります。
ーー親を説得することが合理的ですか?
親の助言やゼミ仲間の進路・考え方に影響を受けて、「内定」はひっくり返されることがあるんです。
だから、面接で「就活のこと誰に相談している?」と聞くことがあります。これは厚労省の指針スレスレですが、人事が知りたいことを引き出す上で有効な質問で、保護者やゼミなどの関係者についての話を聞くことができます。
相談相手が親の場合、必ずしも学生は親に依存していると断言できるわけではありません。もともと親との関係が深いだけに相談するのです。
就活に限らず、親との関係性が強い学生は、生活のことを何でも親に話します。親に依存して自立していないということではありません。
ーー親子の関係に注目し、企業も「オヤカク」が大事だとなるのですね。親としては就活への関心が高まっているのでしょうか?
年々高くなっていると思います。
今の大学生の親は、40代後半から60代。この世代は、バブルがはじけて日本経済の酸いも甘いも経験してきました。自分自身が就活で苦労したという原体験のある人たちが大学生の親になっています。我が子の将来に関わることですし、自身の経験があるので関心が高い。
保護者向けに講演をすることがありますが、「まずは現実を知ってほしい」とお話ししています。
企業の時価総額ランキングの日本トップ10もだいぶ入れ替わっており、子どもの世界の常識は急激にアップデートされています。
「その会社知らないわよ」「こっちのほうが有名でしょ」「まだ内定出ないの?」など、無神経なことを言ってはいけません。
ーー就職情報会社「マイナビ」の2022年調査(有効回答1000人)では、「オヤカク」を受けた保護者は49.9%で、18年調査の17.7%から大幅に増えています。どのような事情があるのでしょうか?
企業は人材の獲得に躍起になっていると思います。「保護者は何らかの形で学生の決断に影響を与える」と考え、学生が内定辞退をする要因として意識している。親との関係性が深い世代だという認識があり、「オヤカク」は確実に入社してもらうための手段の一つになっています。
別な観点でいうと、新型コロナウイルスショックでオンライン選考が増え、懇親会などで学生をつなぎとめることが困難となったためという理由もあります。
ーー「オヤカク」という言葉がメディアに取り上げられ、興味や関心を引くのはなぜだと考えますか?
世代間で常識が異なり、上の世代から見ると「けしからん」と思われるのでしょう。メディアとしては、ネットの議論を誘発して「記事のアクセス数を稼げるから」というところは否めません。
ライフイベントに対しては、成功・失敗体験や怒り、「自分のときはこうだった」と何か言いたくなることもあるでしょう。しかし、アップデートはとても大切です。
日本の就活の歴史は「早期化」と「内定辞退防止」のくり返しです。
バブルの頃やその後も、「内定者合宿」と称して内定者をリゾートホテルへ招き、宴会を開くこともありました。内定辞退防止の策ですが、企業との相性をみる意味もあります。
いま再び就活が早期化しています。(政府の要請するスケジュールでは3月に広報解禁、6月に選考解禁ですが)本来であればまだ就活が始まっていないはずの大学3年生の2月、3月に内定が出ています。その分、学生をつなぎとめておく期間が長くなっていて、採用担当者も大変です。
コンプライアンス違反やハラスメントはいけませんが、企業の採用担当者は求職者や経営陣、上司、現場からのプレッシャーがあり、メンタルヘルス不調で倒れる人もいます。
ーー「オヤカク」は採用活動の難しさも表しているのですね。
在学中に選考して長期間囲い込む。人事の負荷には相当なものがあります。「オワハラ(就活終われハラスメント)」もそうですが、ハラスメントの加害者を生み出しているのには、社会のシステムも関係してきます。
「新卒採用とは何なのか」という根本を考えなければいけません。