連載
#28 #啓発ことばディクショナリー
「利便性と効率化」で強まる企業の権力…変化煽る言葉との向き合い方
近年、暮らしのデジタル化が大きく進展しています。推進の根拠として掲げられるのが、「利便性」「効率化」といったキーワードです。国際ジャーナリストの堤未果さんは、「快適さへの欲求が、最新技術を有する企業の影響力を強めている」と話します。加速し続ける社会の変化と、聞き心地の良い言葉に翻弄されない態度について、考えました。(ライター・神戸郁人)
近年、急速なIT技術の普及により、幅広い領域でデジタル化が進んでいます。教育分野も例外ではありません。公立学校においてプログラミングが必修科目となるなど、幼い頃から関連スキルを養成する機会が、着実に増えています。
先日、幼稚園・保育園に通う幼児向けに、プログラミングの概念について、おもちゃで学べるサービスを提供している企業の関係者とやりとりしました。
「おもちゃを活かした事業の経験は、これまでなかったんです。小学校入学前に、我が子にサービスを受けさせたい。そう考える親御さんからの問い合わせが止まりません」。一昔前なら考えられない事態だと、担当者も驚いているようでした。
スマートフォンやタブレット端末が大衆化した今、IT技術・機器の使い方に造詣を深めることは、将来の職業選択の幅を広げる上でも有効でしょう。
しかしデジタル化の課題について取材している、国際ジャーナリストの堤未果さんは、「技術には必ず光と影の両面がある」と語ります。
タブレット端末などで使う学習用アプリや、インターネットの検索機能は、ある問いへの最適解を即座に導き出してくれるものです。一方で集中力の欠如や思考の単純化といった、負の副産物をもたらしうることも意識すべきだと、堤さんは述べます。
「ICT(情報通信技術)機器を勉強に用いる時間が長い子供ほど、試験での正答率が低いというデータが存在します。実際には色々な要因が絡み合っており、100%ICT機器のせいだと決めつけられないものの、欧州では大きな議論になっています」
「教育というのは、様々な要素が子供たちに影響する分野です。だからこそ利便性だけで突き進まず、テクノロジーが学習にどう作用しているのか、総合的に検証することが必要でしょう」
デジタル技術に頼り過ぎてしまうと、物事を深く掘り下げて捉える習慣が損なわれてしまうのではないかーー。堤さんは、そんな懸念も口にしました。
「(タブレットがないと)自分の頭で考えないといけない。(タブレットがあると)問題を間違ったりすると説明があって少しずつ進められる」。これはICT機器の学校への配備を促す文部科学省の公式動画で、ある少女が語った言葉です。
堤さんは「動画を観(み)たとき、デジタル教育が、ものを考える姿勢を二極化させることを示す、象徴的なコメントだと思った」と言います。
「なぜなら、デジタル化の弊害を理解している世界的IT大手GAFAM(GAMAM/Google・Apple・Facebook<Meta>・Amazon・Microsoft)幹部の大半が、自らの子供を昔ながらの授業を行う〝デジタルフリー〟の学校に通わせているからです」
「勉強の効率化」を合言葉として、ICT機器は流通し続けています。最新技術が教育業界を一大市場に変え、現場に深く根を張る。その結果、各種サービスを運用する企業群の権力を、必然的に肥大化させる事態にもなっているのです。
一方で、ネット上の検索エンジンを巡っても、サービスの提供者側と利用者側との間に不均衡な関係が築かれてきました。
検索結果の表示順は、グーグルなどプラットフォーム企業のアルゴリズム(計算手段)に左右されます。更に、SEO(検索エンジン最適化)対策を講じる情報発信元企業の取り組みにより、上位に配置されるサイトの顔ぶれも変動するのです。
アルゴリズムの詳細は、公開されないのが一般的です。仕組みを知ることは容易ではありません。そのため、プラットフォームの意向が強く働きやすいと言えます。
信憑性(しんぴょうせい)が疑わしい反面、人目を引く記述を多く含み、検索に引っかかりやすいサイトが目立ってしまう……。アルゴリズムの構成によって、そうした状況が生じる恐れも否めないのです。
ICT機器や検索エンジンは、適切に用いれば私たちの暮らしを豊かにしてくれるものです。しかし、様々な課題もはらんでいることを、十分に理解する必要があります。
無駄やストレスのない生活を営みたいーー。私たちが持つそんな願望は、社会のデジタル化を、加速度的に促進してきました。その波は、今や教育を始めとした、社会の根幹にまで及んでいます。現状について、堤さんは次のように語りました。
「『ビッグテック』と呼ばれるGAFAMなどの巨大IT企業群は、自社サービスを売り込む上で、『利便性』『効率性』といったキーワードを散りばめて事業を展開してきました」
「『もっと快適さが欲しい』という欲求を刺激する言葉が、そのままマーケティングに結びつく世界になのです」
こうした環境を、どうやって生きていけば良いのでしょうか。筆者は、堤さんが著書『デジタル・ファシズム』(NHK新書)でつづっていた、以下の一節にヒントがあると考えています。
ビッグテックが提供するサービスは、日常空間を網の目のごとく覆っています。場所や時間を問わず購買活動をし、学び、働く。あらゆる物事がネットを介してつながり、様々な格差が是正されるように見える世界は、「正しい」と思えるものです。
ただし既に述べた通り、その快さを裏打ちするのは、企業と消費者のいびつな結びつきです。デジタル技術の意義を喧伝(けんでん)する言葉に浸り、過度に依存してしまえば、支配的な構造が一層強固なものになるでしょう。
だからこそ、手軽さや便利さの誘惑を受け流しながら、合理性を追求することで失われてしまう価値を想像してみる。
そのような姿勢が、視野を広く保つと共に、変化を煽る言葉に踊らされない心を育むのかもしれません。
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