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仮想空間ならコミュニケーションが円滑に…「環境」で変わる発達障害

発達障害の当事者を取材してきた記者は、ある特性が「障害」となるかならないかは、社会や周囲の環境のありようによって変わりうると感じています
発達障害の当事者を取材してきた記者は、ある特性が「障害」となるかならないかは、社会や周囲の環境のありようによって変わりうると感じています 出典: ※画像はイメージです kapinon/stock.adobe.com

筆者は20年ほど前、幼稚園生だった息子が「広汎性発達障害」と診断されました。それから、子育てや取材を通して、父として記者として「発達障害」と向き合ってきました。当事者や専門家にも話を聞いていくなかで、ある特性が「障害」となるかならないかは、社会や周囲の環境のありようによって変わりうると感じました。(朝日新聞記者・太田康夫)

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仮想空間でコミュニケーション

実生活では他人とうまく交流ができなくても、ネット上の仮想空間では円滑にコミュニケーションしている自閉スペクトラム症の人たちがいる――。

米ニュースクール大学大学院社会学部教授の池上英子さんから、そんな連絡をいただいたのは2017年のこと。早速、京都の池上さんの自宅で話を聞きました。

池上さんは、人々がネットの仮想空間の中で、「アバター」という自分の分身を通して、新しい人間関係を結び、新しい社会をつくっていくことに興味を持ちました。

2007年から、大学の研究室の大学院生と一緒に仮想空間の中で人々がどのように独自の交流文化を築いているのかを探り始めました。

当時の仮想空間では、利用者はコンピューターの画面で見られる仮想の環境の中で、アバターを操作し、チャット機能を使って他のメンバーと会話をする人が多かったそうです。

池上さんは、この仮想空間の中の様々な場所で交流を重ねていくうちに、自閉スペクトラム症だと公言している人たちが少なからずいることに気づきました。

実生活では困難も

当事者同士が情報交換をするグループもありました。そこでは、感覚の過敏さや、多数の人たちとは違う深く豊かな物の見方で世界をどう感じているのかなどが語られていました。

池上さんは、当事者グループの会合に長年参加し、交流するようになりました。

参加者は、比較的知的レベルが高い人が多かったそうです。

自閉スペクトラム症の人は、一般的に他人とのコミュニケーションに課題を抱えているとされ、共感力が弱いといわれることもあります。しかし、仮想空間ではスムーズに交流をしており、適切な慰めの言葉やアドバイスも交わされていました。

ただ、仮想空間では優れた感性で才能を発揮し、自然なやり取りができる当事者でも、実世界ではコミュニケーションに困難を抱える人が多かった、といいます。

たとえば、自閉スペクトラム症に関する知識が深く、鋭い発言をしていた大卒の女性がいました。

仮想空間では一目置かれる存在でしたが、実世界では、感覚過敏が激しく、無理をすると体調が悪くなり、言葉を話せなくなったり、思わぬ事を口走って黙ることができなくなったりするのだといいます。

そのため、高い知性を持っていましたが、定職に就くことは難しかったそうです。

出典: ※画像はイメージです Getty Images

「微妙な本音を察する必要がない」

実世界ではコミュニケーションに苦労をしている人が、仮想空間ではスムーズに交流できるのはなぜ? 私の疑問に、池上さんはこう説明しました。

「自閉スペクトラム症の人の中には、表情や話しぶりなどから、話し言葉では表現されていない細かなニュアンスを読み取る形のコミュニケーションが苦手な人が少なくありません」

「しかし、仮想空間のアバターにはそうした微妙な表情はありません。文字によるチャットの交流は、口調から微妙な本音を察する必要もありません」

「自閉スペクトラム症の人の中には、音や光、においなどの周囲の刺激や馴れない環境が苦手な人もいます。しかし、仮想空間で交流する際、自分自身は自宅の中の過ごしやすい環境にいて、パソコンを操作することができます。そのため、余計な刺激を受けずに安定してコミュニケーションができるのではないでしょうか」

社会構造の変化であぶり出された?

発達障害は、生まれつきの脳の働きに偏りがある障害だとされます。

しかし、「社会構造の変化の過程であぶり出されてきた側面があるのではないか」――。

岐阜県立希望が丘こども医療福祉センターの医師・高岡健さんへの2008年の取材で、そう聞きました(当時は岐阜大学医学部准教授)。

自閉スペクトラム症の人の中には、他人とのコミュニケーションが苦手だったり、こだわりが強かったりする人がいます。

一例を挙げるなら、頑固で人づきあいはよくないけれど、腕はいい「職人」タイプ。

こうした人たちは、製造などの第二次産業が中心の社会では、こだわりや集中力を生かして身につけた技術を発揮する場所がたくさんありました。

しかし、サービス業など人とのコミュニケーションが重視される第三次産業中心の社会に変わってきました。

技術は機械にとってかわられ、他人との関係をつくるのが苦手で社会に適応しにくくなっている人が目立ってきているのではないか――という考えでした。

出典: ※画像はイメージです Getty Images

「障害」となるかどうかは環境で変化

これまで発達障害の当事者の就職を取材し、事例を見聞きしていると、ある特性が、「障害」となるかならないかは、社会や周囲の環境のありようによって変わりうることを示しています。

たとえば、自身の特性と勤務先の職場環境との「不協和音」に苦しみ、自分の凸凹の形を無理に変えることをやめ、自分に適した環境をデザインするという最適解を得たシンガー・ソングライターのyu-kaさん。

かつて、学校の環境になじめずに不登校となったものの、今は職場の理解を得て生き生きと働いている高橋紗都さん(28)。

お二人のエピソードは、発達障害のある人が生きやすさを得るために「環境」や「理解」がいかに重要なのかを教えてくれています。

自身が得意なことや苦手なことを理解

こうした「環境」や「理解」を得るため、発達障害のある人が自身の得意なことや苦手なことを理解することも大切なのではないでしょうか。

自身への理解が深まれば、不得意なことを避けたりカバーしたりする工夫、得意なことを生かす方策が見えてきます。

学校や職場などに、希望する配慮や支援も具体的に伝えられるようになり、自分自身の凸凹に合わせた環境をデザインすることにもつながるはずです。

発達障害のある人の特性は、人それぞれです。特に、言葉で内面を表現することが難しい子どもの得意なこと、不得意なこと、困っていることを見つけるのは簡単ではありません。不得意なことをカバーする方策を見つけることも。

高橋紗都さんのご両親のように、日頃の暮らしの中で、少しずつ子どもの心の内を探っていく粘り強さが大切になるのだと思います。

紗都さんが小学生だった頃に比べ、発達障害への学校や社会の理解は広がってきました。療育機関も充実してきています。

こうした関係機関とも連絡を取りながら、よりよい環境を整えていくことが、発達障害のある人の暮らしやすさを実現することにつながるはずだと思います。

20年ほど前、幼稚園生だった息子が発達障害と診断された――。そこで、自分と、情報を求める人々のために取材を始めました。親は、当事者はどう成長したか。自分は、親として何か変われたのか。拙著「記者が発達障害児の父となったら」(朝日新聞出版)でも紹介しています。

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