連載
#25 #啓発ことばディクショナリー
「飢餓撲滅」掲げて搾取する大企業…堤未果さんが語る言葉のまやかし
世界的な有名企業が社会貢献をうたい、発展途上国などで事業を行う機会は少なくありません。取り組みを注意深く観察してみると、聞き心地の良いスローガンを掲げながら、貧困層を搾取しているケースがあると気付く……。国際ジャーナリストの堤未果さんは、そう語ります。権力を持つ側が、人々の心に働きかける上で駆使する言葉遣いには、どんな特徴があるのか。堤さんと語らいました。(ライター・神戸郁人)
筆者は、主に職場で流通する、働き手を奮起させる造語やフレーズの起源について考察してきました。一連の語句は種類豊富ですが、「労働者を鼓舞し、仕事への意欲や生産性を高めたい」という経営者側の意向から生まれた点が共通しています。
これらの言葉は、一人ひとりの職務上の能力や資質を査定したり、一定の規範に基づき行動を管理したりする性質を伴っています。その一つで、「組織の役に立つ人物」との意味合いを強めるため、「人材」を書き換えた「人財」は典型例です。
前向きなイメージを流布しつつ、言葉を発する側にとって有利な状況を生み出す。そのような目的で用いられる語句は、実際には労働の枠を越えた、より広い領域で使われているのではないか……。最近、そう考えています。
例えば筆者が以前取材した、東京・渋谷の複合商業施設「MIYASHITA PARK(ミヤシタパーク)」の設立経緯。屋内外に多くのブランドショップや飲食店が立ち並び、公式サイトを見ると「出会いって、愛。」とのキャッチコピーが目に入ります。
敷地一帯は、かつて「宮下公園」として知られ、そこに住まうホームレス状態にある人々を排除した上で、建設されました。
社会の中で弱い立場に置かれた人々を、巨大な資本が一層追い込む。そして煌(きら)びやかな言葉が、不都合な出来事を覆い隠してしまう……。ミヤシタパークの件は、そんな現実の一端を示しているように思われます。
大企業など絶大な影響力を有する組織が、何らかの意図を持って用いる言葉の中身を、どのように吟味すれば良いのでしょうか。日米両国を拠点として、調査報道を続ける堤未果さんに、話を聞くことにしました。
多くの著書で、いわゆる新自由主義的な政策や、グローバル資本による富の寡占について、批判的に論じてきた堤未果さん。「近年、多国籍企業と、各国政府や国際機関との距離が極度に近づいている」と話します。
その結果、「コーポラティズム国家」(政府の経済政策の決定プロセスにグローバル企業などが関与する国家)が生まれ、経済格差の拡大や公共サービスの崩壊、民主主義の破壊といった負の影響を及ぼしていると指摘しました。
「コーポラティズム国家の活動は、発展途上国をターゲットとして、様々な利益を吸い上げる手法から始まりました。その過程で、計画をスムーズに進めるべくつくられてきたのが、『スローガン』の数々です」
一例として挙げたのが、国際NGO組織「アフリカ緑の革命のための同盟(Alliance for a Green Revolution in Africa /AGRA・本部=ケニア)」の取り組みです。
「緑の革命」とは1960年代の農業改革を指します。稲や麦の多収穫品種を開発し、アジアや中南米の途上国に導入したことで、食糧難の改善につながりました。同じモデルを飢餓率が高いアフリカで導入すべく、2006年に設立されたのがAGRAです。
AGRAは、アフリカ各国の元政治家や、多国籍企業幹部が関与する財団法人のメンバーなどから構成されています。品種改良した農作物を化学肥料を使って育てれば、短期間に収量を増やせると主張してきました。
堤さんの近著『食が壊れる』(文春新書)には、米マイクロソフト創業者で、AGRA最大のスポンサーの一つ、ビル&メリンダ・ゲイツ財団共同代表のビル・ゲイツ氏が、支持者向けの会合で次のように語ったと書かれています。
「アフリカの11の国で農業改革を促し、3000万人の農家の収入と食料安定性を向上させる目標を、2021年までに達成する」
AGRAの公式サイトに掲載された活動理念を読むと、ゲイツ氏の発言同様、高邁(こうまい)な理想を掲げていることがわかります。
しかし堤さんによると、AGRAによる科学技術中心の農業計画は、想定されていたほどの成果を上げられませんでした。むしろ、弊害の大きさが目立つといいます。
「AGRAは数種類の遺伝子組み換え種子と化学肥料をアフリカ各国に提供しました。その影響を検証する第三者機関による現地調査で、在来作物の淘汰(とうた)や、科学肥料と農薬に起因する河川の汚染が起き、住民の健康被害が広がったと報告されています」
米国のタフツ大学は2020年、AGRAの活動実績を評価するため、アフリカの13カ国を対象に追跡調査を実施。主要作物の収量増加率は、団体設立から12年間で約18%と、当初目標の50%を下回りました。貧困レベルも、特に農村部で深刻なままであるとしています。
「更に小規模農家が、外国企業から種子や資材を買い続けなければいけなくなりました。地元住民と多国籍企業群との間にできた、経済的な上下関係によって、格差が固定されてしまったのです」(堤さん)
堤さんいわく、似たようなことは、教育分野においても起こっているそうです。
新型コロナウイルスの流行以降、学校の授業をリモート化する流れが世界的に加速。日本でもGAFAM(GAMAM/Google・Apple・Facebook<Meta>・Amazon・Microsoft)などが、自社の学習アプリやタブレット端末を各学校に提供しました。
コロナ禍においては、感染防止目的で学校が休校になるなど、教育環境が大きく変化しました。ICT(情報通信技術)機器の導入により、リモート授業が実現したことを始め、教育格差の拡大に一定の歯止めがかかったのは事実です。
ただオンライン学習用の機器やアプリは、継続的な更新が欠かせません。関連費用は、基本的に公金によって賄われ、各種サービスを提供するグローバル企業に利益として還元されます。つまり国民の生活の原資が、海外へと流出しているのです。
この「公金循環システム」の問題点について、長年取材してきた堤さんは、次のように話します。
「『あなたの国の子供たちみんなが、等しく学ぶチャンスを得られる』。アプリやダブレットを供給する巨大IT企業は、そんな売り文句を全面に押し出します。その結果、教育業界という『太客』を手に入れられるわけです」
「しかし現場の教師たちに話を聞くと、オンライン教育に対して疑問を抱いている場合が少なくありません。『子供のために』という、非の打ちどころがなく、否定しづらい言葉につられて導入してしまう自治体が多い、と語る人もいました」
今回の記事で取り上げた農業と教育は、いずれも心身の糧を育む営みであり、私たちの命をつなぐのに欠かせません。国境を越えて物的・人的資源を融通し合い、発展のために手を携えることには、大きな意味があります。
だからこそ大企業といった、強い権力を行使できる一握りの組織の意向が、それらの資源の扱い方を左右する事態は避けなければならないでしょう。しかし堤さんの話を聞く限り、現実はままならないようです。
堤さんとの語らいを通じて、現状を捉え直すためのヒントも数多く得られました。とりわけ注目に値すると感じたのは、「非の打ちどころがなく、否定しにくい」言葉選びを、企業の側が意図的に行うという指摘です。
深刻な社会課題を解決する上で、目指すべき未来像を掲げることは大切でしょう。一方で、提示された理想が、手法の問題点を覆い隠し、正当化してしまう場合も少なくありません。
一見して欠点や矛盾がなく、魅力的にさえ感じられる言葉の連なり。その背景に潜む思いに意識を向けることが、心を揺さぶる文句と適切な距離を取るための、第一歩となるのかもしれません。
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