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連載

#32 #啓発ことばディクショナリー

リスキリングで努力強いる背景は?本田由紀さんが指摘する選別の言葉

「何か変」と違和感を持つ大切さ

「リスキリングしなければ、企業内で『価値を生み続ける』人材として生き残れない」といった言葉もありますが……
「リスキリングしなければ、企業内で『価値を生み続ける』人材として生き残れない」といった言葉もありますが…… 出典: Getty Images ※画像はイメージです

他人に頼らず、自分の力で人生を切り開きなさいーー。そんな風に、人々に自助努力を促す語句が、労働の現場にあふれています。ここ最近流行している「リスキリング(職務上の学び直し)」も、その一つです。「企業が『足手まとい』だと判断した人物を、切り捨てるための方便となってしまっている」。教育社会学者の本田由紀さんは、そう語ります。リスクをはらむ企業の言葉と向き合う方法について、考えました。(ライター・神戸郁人)

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#啓発ことばディクショナリー

自助努力強いる「リスキリング」

近年、世間の耳目を集めている、リスキリング。特に、パソコンなどで業務を効率化させるDX(デジタルトランスフォーメーション)を推進する文脈で、その意義が盛んに説かれてきました。

デジタル技術に縁が薄い職種に就く人々にも、プログラミングなどに習熟する機会を提供する。そのようにして、時代に即した能力を労働者に養ってもらおうとする企業は、徐々に増えつつあるように思われます。

テクノロジーを上手に活かせれば、働きやすい環境をつくるのに役立ちます。関連スキルの習得を労働者に勧める上で、研修の費用を補助するといった、勤務先企業による支援は欠かせません。しかし、現実と理想との間には距離があるようです。

転職エージェントのワークポートは2023年1月、企業の人事担当者133人に、リスキリングにまつわる調査を実施。「今すぐにでも必要」「今後必要になる」が合計84.9%に登ったのに対して、「実施している」との回答は23.3%にとどまっています。

実施しない理由については、人員不足やコスト面での課題が挙げられました。加えて「新しいことを始めることに抵抗がある管理職が多い」「経営者並びに経営者層が無理解」など、企業体質の問題と思われる要因も散見されたのです。

一方で、こんな見方もあります。「リスキリングしなければ、企業内で『価値を生み続ける』人材として生き残れない」。経済産業省の「デジタル時代の人材政策に関する検討会」における、委員の発言です。

組織の発展に役立つ資質を、自らの主体的な努力によって伸ばせるかーー。そうした観点で働き手を査定し、選別する響きを、リスキリングという言葉は伴っています。

「企業が『足手まとい』だと判断した人物を、切り捨てるための方便となってしまう。確かに、そのような側面を持つ語句だと思います」。教育社会学者の本田由紀さんは、そう指摘しました。

労働者への支配欲が強い日本企業

日本人の労働慣行について研究している、本田さん。いわく、「そもそも社員が企業に従属しやすい働き方が、長期間続いてきた」と話します。

昭和時代からの一般的な雇用形態は「メンバーシップ型」と呼ばれます。採用段階で仕事に必要な労務経験や資格、勤務地を限定しない場合が多く、転勤が続くことも珍しくありません。その名の通り、企業と労働者の結びつきが強いと言えます。

メンバーシップ型雇用には、社員が解雇されにくい反面、企業側の人事権が肥大化しがちであるというデメリットもあります。ゆえに、必ずしも働き手の意に沿わない形で異動が行われる「玉突き人事」を始め、様々な弊害が生じてきました。

出典: Getty Images ※画像はイメージです

こうしたメンバーシップ型雇用に対置される概念が、近年話題になることが多い、「ジョブ型」と呼ばれる欧米発祥の雇用方式です。職務の範囲や勤務条件を、あらかじめ決めておく点が、メンバーシップ型と大きく異なります。

ジョブ型雇用においては、賃金が職務にひもづきます。そのため安易な配置転換ができず、実施する場合、雇用契約を締結し直さなければなりません。このように、企業と労働者が比較的対等につながることも特徴と言えるでしょう。

業務上の無際限な命令を退け、働く人々の権利を守る上で、ジョブ型雇用は有効であるように思われます。しかし国内においては、別の概念である成果主義と混同するなど、企業側の権限を保つ方向で解釈されてきたと、本田さんは言います。

「日本企業は、労働者に対する支配欲がものすごく強い。好きなように使えて、期待以上の業績を残す存在であってほしい――。そんな願望が根底にあるのです。ジョブ型雇用の曲解や、過重労働を始めとした、働き方の問題の常態化に通じています」

「言葉の解像度」に敏感になる意義

労働を巡る諸課題が解決されないまま、リスキリングを始めとした、自助努力を促す語句が一人歩きする社会。改善するには、どうしたら良いのでしょうか。本田さんに問うと「言葉の〝解像度〟への感度を高めることが重要」と返ってきました。

「環境を変えるのではなく、個人に何らかの努力を求める語句には説得力があります。例えば『コミュニケーション能力』という単語であれば、他人と会話する力を頑張って身につけねばならない、という方向に私たちの意識を誘導するからです」

「しかし内実を捉え直すと、『コミュニケーション能力』とは、何ら具体性を持っていないと気づきます。そうした言葉を積極的に使うのは、政治家や企業幹部など、社会的地位や権力を持つ人々です。背景にある意図を、よく吟味する必要があるでしょう」

意味の解像度が低い言葉と出会ったとき、「何か変だな」という違和感を持つ。そして、その感覚を身近な誰かと共有してみる。

そうした地道な作業の繰り返しの末に、状況を改めるための突破口が開けるのかもしれません。

 

本田由紀(ほんだ・ゆき)
東京大学大学院教育学研究科教授/日本学術会議連携会員。徳島県生まれ、香川県育ち。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。日本労働研究機構研究員、東京大学社会科学研究所助教授等を経て、2008年より現職。専門は教育社会学。教育・仕事・家族という三つの社会領域間の関係に関する実証研究を主として行う。著書に『「日本」ってどんな国?』(ちくまプリマ―新書)、『教育は何を評価してきたのか』(岩波新書)、『多元化する「能力」と日本社会』(NTT出版、第6回大佛次郎論壇賞奨励賞)、『「家庭教育」の隘路』(勁草書房)など。
   ◇

【連載・#啓発ことばディクショナリー】
「人材→人財」「頑張る→顔晴る」…。起源不明の言い換え語が、世の中にはあふれています。ポジティブな響きだけれど、何だかちょっと違和感も。一体、どうして生まれたのでしょう?これらの語句を「啓発ことば」と名付け、その使われ方を検証することで、現代社会の生きづらさの根っこを掘り起こします。記事一覧はこちら
【連載①】就活、なぜ〝コミュ力〟を重視?本田由紀さん「担当者の好みと同義」

【連載②】コミュ力・行動力、なぜ学生に要求?本田由紀さんが見抜く企業の甘え

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