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連載

#30 #啓発ことばディクショナリー

コミュ力・行動力、なぜ学生に要求?本田由紀さんが見抜く企業の甘え

〝若者叩き〟にみる残念な大人の姿勢

コミュ力・問題発見力・解決力・将来構想力……若者に多くの「力」を要求する機運が高まっていますが…
コミュ力・問題発見力・解決力・将来構想力……若者に多くの「力」を要求する機運が高まっていますが… 出典: Getty Images ※画像はイメージです

目次

コミュニケーション能力(コミュ力)に、課題解決力……。職場において、私たちは色々な「力」を身につけるよう要請されます。就職活動に臨む学生に対しても、企業がそんな素養を求めることは、今や一般的です。教育社会学者の本田由紀さんは「経営者が望ましいと考える事柄が、安易に『力』として表現され、増殖し続ける状況は危うい」と警鐘を鳴らします。「意識高め」な言葉が持つ負の側面について考察しました。(ライター・神戸郁人)

#啓発ことばディクショナリー

私たちを取り巻く「力」の意味

働く人々にとって、多様な能力に富んでいることの意義は、日々高まりつつあると思われます。書店に並ぶビジネス本の題名に、「雑談力」「地頭力」といったワードが躍っている場合も少なくありません。

一連の書籍に目を通してみると、実務に関わる具体的なスキルのみならず、人格を磨く価値を説くものが多いことに気づきます。対人関係を円滑化するために、言葉選びを工夫したり、話題の引き出しを増やしたりせよ、といった具合です。

こうした振る舞いが要求される風潮は、就活に臨む学生についても同様であるようです。人材紹介企業のダイヤモンド・ヒューマンリソース社が公開している資料「2023年卒 採用・就職活動の総括」を参照してみます。

同資料によると、全国の企業605社の86.2%が、学生の採用選考上「対人コミュニケーション力」を重視すると回答。「行動力」(60.1%)、「考察力・論理的思考力」(45.7%)などと続き、人間性を「力」に置き換えて捉える傾向が見て取れます。

「私たちは『力』という単語を見聞きしたとき、語句そのものが示すコノテーション(言外の意味)に引きずられてしまうものです。強い磁場を持つ言葉だからこそ、学生たちへの影響は大きいと思います」。本田さんは、そう語ります。

「力」のコノテーションとは何か。本田さんいわく、人間性を測るための、「縦軸」の指標のイメージです。

「例えば学力やコミュ力は、『高い』『低い』という、グラフの縦軸で評価されます。就活では『問題発見力・解決力』『将来構想力』なども言及されることがありますね」

「これらは主に、経営者ら比較的年長の企業人が『望ましい』『あったらいいな』と考え、若者に求めている要素と言えます」

「若者の劣化」懸念がトリガーに

本田さんによると、若者に多くの「力」を要求する機運は、1990年代後半以降にとりわけ高まったといいます。

文部科学省の中央教育審議会は、1996年7月の答申「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について」で、「子供の自立が遅くなっている」ことなどを問題視。学力以上に、主体性や豊かな人間性を育む「生きる力」の重要性を打ち出しました。

上記の方針は、学習内容の削減に代表される、いわゆる「ゆとり教育」に引き継がれました。社会のグローバル化に伴い、自己表現の巧みさといった対人関係に直結する能力を、経済界が学生に求め始めた時勢も重なり、教育改革が進んだのです。

出典: Getty Images ※画像はイメージです

子供たちの心身に余裕をもたらすことで、他者と上手に協調し、自力で人生を切り開けるように育てていくーー。そんな改革の趣旨と裏腹に、政策の根本には、若年層を厳しく統制しなければならないとの意識があったと、本田さんは指摘します。

「答申が出された時期の前後は、14歳の男子中学生が小学生5人を襲った『神戸連続児童殺傷事件』(1997年)など、凶悪な少年犯罪が話題を集めていました。政財界を中心に、『〝劣化〟した若者をたたき直すべきだ』との声が強まっていたのです」

「更にバブル経済崩壊後、日本社会の凋落(ちょうらく)が加速した事情もあります。窮状を打破してくれる都合の良い存在として、若者を捉える。そんな姿勢から、人間性を一方的に値踏みする、空虚な『力』の概念が乱造されたと言えます」

「足りなさ」の自覚を強いられる

様々な指標に照らして、個人の人格を価値づけ、練り上げようとする。そのような潮流が、若者たちに与えてきた心理的圧力の強さは見過ごせないと、本田さんは語ります。

経済協力開発機構(OECD)が2018年、加盟国の15歳に実施した学習到達度調査(PISA)によると、「生きる意味」を実感しているか尋ねる設問で、日本の評点は73カ国・地域中最下位でした。また「自己効力感」にまつわる項目でも低い順位です。

上記の結果を巡り、本田さんは「様々な要因が考えられ、特定のデータだけで背景事情を読み解くのは難しい」。その上で、先述した「力」の評価に幼少期からさらされ続ける状況が、少なからず影響しているのではないかと推測します。

「乱立する評価軸の全てでトップになれれば、常に自信を持てることでしょう。でも、そのような人はごくわずかですよね。現実には、いずれかの軸について『この点は目標に達していない』と、『足りなさ』を刻み付ける作業を強いられがちです」

「こうした傾向は、学校を卒業し、働き始めても、基本的に変わることがありません。うまく立ち回れなければ『自己責任』にされてしまう。そんな状況を生き抜きたいと、安易な『力』の概念にしがみつく心情が生まれているのかもしれません」

そして本田さんは、「力」を表現する言葉が近年、ソフトな印象をまといつつあるとも分析します。経済用語としてよく使われる、「リーダーシップ」「レジリエンス(強靭さ・回復力)」といったカタカナ語が、それです。

一連の語句は、柔らかいイメージを伴うがゆえに、人々の口に上りやすいと考えられます。だからこそ、「何らかの能力や資質を身につけねばならない」というトレンドを、自然な形で強める役割を担っていると捉えられそうです。

自助努力に甘える政治の残念さ

ここまで概観してきた「力」に関する語彙(ごい)は、必ずしも育むべき具体的なスキルや目標を規定するわけではありません。それゆえに、政治家や企業幹部など、社会的地位が高い人々によって、都合良く解釈されてしまうリスクも伴っています。

2023年1月。岸田文雄首相が、通常国会の代表質問で、産休・育休中の親に「リスキリング(仕事上の学び直し)」を奨励する考えを述べました。その後、「育児の大変さへの理解がない」などと、SNS上を中心に批判を集めた経緯があります。

リスキリングは、時代に即したスキルの習得を人々に促す点で、「力」にまつわる語句の一種と捉えられます。特にプログラミングの学習を指すことが多く、デジタル全盛の現代社会で暮らすために、必要な知識を授けてくれる営みであるのは確かです。

出典: Getty Images ※画像はイメージです

本田さんも、ICT(情報通信技術)などを生かした産業の変革を通じて、日本経済を底上げする上で、リスキリングが鍵の一つになると指摘。その一方、行政が取り組むべき課題を、うやむやにする方便になっているとも話しました。

「日本人の働き手のうち、本業以外の追加的な職業訓練を行っている人の割合を調べると、他国よりずっと低い。専門性が給料に反映されず、仕事ばかりが増えたり、低賃金・長時間労働のため、スキルアップの余裕がなかったりする事情があります」

「一連の課題の解決は本来、政治の仕事です。にもかかわらず、足元の『働かせ方』改革が進んでいません。『個人で能力開発ができるはず』と安直に考え、努力が報われない環境を温存させる。そんな『甘えの構造』があるのではないでしょうか」

権力を持つ側が、より弱い立場に置かれた人々に、社会を改善する責任を押し付けてしまう。そのような行為を根拠づける上で、様々な言葉が用いられていないか。十分に警戒する必要があると、本田さんとのやり取りを経て思いました。

 

本田由紀(ほんだ・ゆき)
東京大学大学院教育学研究科教授/日本学術会議連携会員。徳島県生まれ、香川県育ち。東京大学大学院教育学研究科博士課程単位取得退学。博士(教育学)。日本労働研究機構研究員、東京大学社会科学研究所助教授等を経て、2008年より現職。専門は教育社会学。教育・仕事・家族という三つの社会領域間の関係に関する実証研究を主として行う。著書に『「日本」ってどんな国?』(ちくまプリマ―新書)、『教育は何を評価してきたのか』(岩波新書)、『多元化する「能力」と日本社会』(NTT出版、第6回大佛次郎論壇賞奨励賞)、『「家庭教育」の隘路』(勁草書房)など。
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【連載・#啓発ことばディクショナリー】
「人材→人財」「頑張る→顔晴る」…。起源不明の言い換え語が、世の中にはあふれています。ポジティブな響きだけれど、何だかちょっと違和感も。一体、どうして生まれたのでしょう?これらの語句を「啓発ことば」と名付け、その使われ方を検証することで、現代社会の生きづらさの根っこを掘り起こします。記事一覧はこちら
【連載①】就活、なぜ〝コミュ力〟を重視?本田由紀さん「担当者の好みと同義」

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