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#27 #啓発ことばディクショナリー

温暖化対策で監視強化?堤未果さんが語る「反対しづらい理想」の怖さ

食材の製造・流通過程で出る二酸化炭素量を減らすニューヨーク市の計画。一見、いいもののように感じますが…
食材の製造・流通過程で出る二酸化炭素量を減らすニューヨーク市の計画。一見、いいもののように感じますが… 出典: Getty Images ※画像はイメージです

目次

深刻な問題を引き起こしている地球温暖化。事態の打開に向けて、世界各地で様々な対策が講じられています。国際ジャーナリストの堤未果さんは、その意義を認めながらも、「為政者の権限を強めかねない側面もある」と指摘します。表立って反対しづらい理念がはらむ危険性について、話を聞きました。(ライター・神戸郁人)

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#啓発ことばディクショナリー

ニューヨーク市長が胸張った政策

米国に足場を築き、分野横断的な取材を続けてきた堤さん。最近、環境保護を巡って同国の自治体で始まった、ある動きについて懸念を示します。

2023年4月17日、ニューヨーク市のエリック・アダムス市長が、公共機関で提供する食材の、製造と流通過程で出る二酸化炭素量を2030年までに33%減らすと表明。これに合わせて”Plant-Powered Carbon Challenge”と呼ばれる計画を開始しました。

具体的には、民間企業と非営利団体の代表に、使用する食品由来の二酸化炭素を同期間中に22%削減するよう求めるものです。既存の食料調達方法に基づく排出量データの測定・評価に、市と提携する菜食推進事業者の協力を得ることも盛り込んでいます。

「ニューヨーク市は、気候変動との闘いにおいて世界を牽引(けんいん)しています。食卓の献立(menus)の変更を含め、我々が選択肢(menu)として持つ全ての手段を駆使しているからです」。アダムス市長は記者会見で、そう胸を張りました。

二酸化炭素排出規制と監視の距離

地球規模で異常気象が常態化する今、温室効果ガス対策は急務です。堤さんはこの点を踏まえ、取り組み自体の必要性は強調しつつ、次のような懸念も示しました。

「ニューヨーク市の計画は良いものに思えますが、気をつけないと市民の監視体制強化につながりかねません。9.11(2001年の米国同時多発テロ)後の米国を思い出してください。『治安維持』を大義名分に、捜査当局の権限が拡大されました」

「決済記録から二酸化炭素排出量を計算し、利用に制限をかけるクレジットカードなどが近年、日本でも注目されています。『脱炭素』『地球環境保護』の謳(うた)い文句で進められるこうした政策についても、方向性に注意が必要です」

出典: Getty Images ※画像はイメージです

堤さんは、ニューヨーク市の施策の本質が、中国政府が導入している「信用スコア」に通底するとも指摘します。

信用スコアとは、個人の年収や学歴、政治信条や社会的行動要素を「信用力」として数値化するものです。評点が高いと、ローンの金利優遇といった特典が受けられる一方、低い場合に就職・進学などで不利になる側面があります。

「望ましい食事や生活のあり方を、国家が一方的に規定してしまう。この手法の持つ意味を、好印象な言葉が正当化し、都合の悪い部分を議論させず覆い隠してしまうからです」

「感じが良い言葉」との向き合い方

二酸化炭素の排出量規制は、安定した自然環境を次世代に引き継ぐために欠かせません。一方で堤さんが述べたように、運用が過剰になれば、暮らしに大きな制約が加わりうるという危険と、常に隣り合わせであることも事実です。

またアダムス氏は、「気候変動との闘い」というスローガンを添えて、自身の政策を説明していました。字面ににじむ勇ましさや快さを、人々が受容した結果として、実施主体である行政機関の権限を強める場合もあるでしょう。

ニューヨーク市長選を翌日に控え、労働組合の集会で笑みを浮かべるエリック・アダムス氏=2021年11月、米ニューヨーク、藤原学思撮影
ニューヨーク市長選を翌日に控え、労働組合の集会で笑みを浮かべるエリック・アダムス氏=2021年11月、米ニューヨーク、藤原学思撮影 出典: 朝日新聞

そのような未来を避けるには、どうすれば良いのか。堤さんは「強いメッセージ性を伴う言葉に慣れ、冷静に向き合うことが重要」と説きます。

「スローガンは、スピーディに耳に入ってくるようにつくられています。私たちは、その印象を皮膚(ひふ)感覚的に受け取ってしまうもの。だからこそ思考の速度を落とし、文言に織り込まれた意図を、噛(か)み砕きつつ捉えてみて欲しいです」

「感じが良い言葉と出会ったとき、いったん立ち止まり、『中身はどうなのだろうか』と問い直す。そんな風に『間を置く』ことが、今後は一層大切になるでしょう」

「色がつかない」事実を追う大切さ

加えて、政治家の発言と、実際に行われた政策の矛盾に注目することも重要だと、堤さんは説きました。

「米国のバラク・オバマ元大統領が『核なき世界』の価値を訴え、ノーベル平和賞を受賞したのは有名な話です。しかし実際には軍事予算を増やし、テロ対策と称して中東諸国に米兵を増派するなど、崇高な理念と矛盾する行動を取りました」

「お金には色がついていません。どこから出て、どこに流れ、誰が利益を得たのか。全体の流れを見れば、ひと目でわかります。美しい建前と違い、こちらは正直です。特に政治については、言葉でごまかせない部分の方に注目してみてください」

世にあふれる情報をつなぎ合わせて、「点」ではなく「線」として捉える。そして事実に基づき、惹句(じゃっく)に溶け込んだ本音を見通す。

そのような習慣を身につけるための地道な努力が、言葉への〝耐性〟を強めてくれるのではないでしょうか。

 

堤未果(つつみ・みか)
国際ジャーナリスト。NY州立大学国際関係論学科卒業、NY市立大学大学院国際関係論学科卒業。国連、米国野村證券等を経て現職。国内外の取材、講演、メディア出演を続ける。多くの著書は海外でも翻訳されている。「報道が教えてくれないアメリカ弱者革命」で日本ジャーナリスト会議黒田清新人賞。「ルポ・貧困大国アメリカ」(岩波新書)で新書大賞2009, 日本エッセイストクラブ賞。著書に「社会の真実の見つけ方」(岩波ジュニア新書)「日本が売られる」(幻冬舎新書)「食が壊れる」(文春新書)、「デジタルファシズム」(NHK新書)、「堤未果のショックドクトリン~政府のやりたい放題を止める方法」(幻冬舎)他多数。WEB番組「月刊アンダーワールド」キャスター。
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【連載・#啓発ことばディクショナリー】
「人材→人財」「頑張る→顔晴る」…。起源不明の言い換え語が、世の中にはあふれています。ポジティブな響きだけれど、何だかちょっと違和感も。一体、どうして生まれたのでしょう?これらの語句を「啓発ことば」と名付け、その使われ方を検証することで、現代社会の生きづらさの根っこを掘り起こします。記事一覧はこちら
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