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「読み聞かせしなきゃ」の罪悪感 4児を育てる女性はアプリを作った
「紙の絵本が最良」でも大切だったこと
子どもに絵本に興味を持って欲しいけれども、読み聞かせをする時間がない――。そんな悩みと向き合い、絵本の読み聞かせアプリを展開する会社を作った女性がいます。ITシステム受託会社の代表で、4人の子の親でもある奥野友美さん。2019年に絵本アプリをリリースし、2021年に「KIKASETE(きかせて)」と名称をかえて、現在は無料で使えるようにしています。アプリに込めた思い、たどりついた読み聞かせに対する考えなどを聞きました。
無料の絵本アプリ「KIKASETE(きかせて)」。
2019年にリリースし、2021年に名称を変えて、現在は約1万4千人の登録者がいるアプリです。
「今日は初めての絵本を読んでいこう」
アプリを開き、絵本を読んでいるマークをタップすると、絵本が表示され、絵本に書かれた文字を音声が読み上げました。
最後まで読み終わると、両脇にいるキャラクターが「一緒になぞなぞを解いていこう」と呼びかけます。クイズに答えると、キャラクターが「正解」と喜び、クイズの答えを説明。3問あったすべてのクイズに答えると、アプリ上のカレンダーにスタンプが追加されました。
記者は、現在3歳の娘が0歳の時、保育園の入園アンケートで「絵本が好きな子どもに育てたい」と書きました。しかし、現実は、家で絵本の読み聞かせをしようとしても、娘は関心を示すことは少なく、私一人で音読するだけの状態になることもしばしば。
乳幼児向けの通信教育で毎月絵本が届くものの「空回り」を繰り返していました。次第に読み聞かせるのが「つらい」と感じるようになり、そう思ってしまう自分に罪悪感を抱くようになりました。絵本を読み聞かせるアプリを作った人がいる、という話を知人から聞いたのは、そんなときでした。
ITシステム受託会社の代表で4人の子の親でもある奥野友美さん。アプリ立ち上げの原動力になったのは、記者と同じように絵本の読み聞かせを「しんどい」と感じた経験だったといいます。
――絵本の読み聞かせに対して、どのような思いを抱えていましたか。
読み聞かせはできていませんでした。アプリを作る前の日々は、仕事から帰ってきて、子どもたちをお風呂に入れて食事の準備をして、子どもが寝たら、保育園の連絡帳を書き、洗濯、食器洗いなどをして、終わったら残った仕事をして寝る、という生活をしていました。
本の定期購読で3カ月にまとめて3冊ほど届いていたのですが、たまっていく一方で、罪悪感とともに過ごしていました。今思えば、時間がないというより、精神的な余裕がなかったんだと思います。
――アプリを作るきっかけは何だったのでしょうか。
仕事で心が折れる出来事があったんです。仕事では、業務の効率化のシステムを作っていますが、あるクライアントでリストラにつながったんです。リストラの対象になった人から直接「あなたたちのせいで」と言われました。ポリシーを持ってやっていたので、意義を見いだせなくなって、働けなくなるくらい落ち込みました。
そのとき、ある人に「見ないようにしてきたことに目を向けたら」とアドバイスをもらったんです。私にとって、それが絵本の読み聞かせでした。
――たまった絵本と向き合い始めたと。
自分で読み聞かせを始めたものの、できなかったんです。まずは時間のある日曜の午後にやろうと挑戦しましたが、3冊目からは疲れてしまうんです。向き合うと決めたので、なるべく週2~3回でもやろうと思ったのですが、それもできなかったんです。
――「読まなければ」と考え過ぎてしまうと、つらいですよね。
逆にどういう状況だったらできるようになるんだろうと考えて、子どもと同じ立ち位置で一緒に楽しめるようになったら続けられるんじゃないかと思ったんです。
それだったら、自分が読むのではなく、アプリに読んでもらって、自分も子どもと一緒に観客になればいいと思いました。会社のエンジニアが簡単なものを作ってくれたので、試しに遊んでみたら、子どもも私も楽しかった。これなのかなと思いました。
――それが絵本のアプリの「KIKASETE」につながったと。
子どもに良い影響を及ぼすもので、エビデンスがあって、親も一緒に楽しめるようなものにしようということで、エンジニアにプロトタイプを作ってもらいました。
会社の事業にしたのは、自分のなかでつじつまを合わせようと思ったんです。業務の効率化のシステムは、なるべく人が関わらなくても業務が回るようにすることを目標に作っています。しかし、システムはあっても、マニュアルを自分たちで設計して創造して動ける人は必要なんですね。機械はつくるけれども、機械に対応できる人を育てるツールをつくれば、バランスが取れると思いました。
仕事としても、母親としても逃れられないなか、立ち上がるためのエネルギーが欲しいと祈るような気持ちで始めました。
――絵本が人を育てるツールになると思ったのは、どうしてですか?
IT業界では、ノーコードといってプログラミング言語を書かなくてもアプリやWEBサイトを作れるようになっています。有利になるのは、アイディアを生み出し、考えを形にできる人。自分の心で感じたことを言葉にして相手に伝える、ということが大切になってきています。
私たちが作ったアプリでは、絵本をひととおり読み終わった後にスピーチ問題があります。面白かったかな? なぜそう思うのかな? などと、子どもが心で感じたことを言葉にして声に出すアクティビティです。
はじめは答えられないかもしれません。しかし、繰り返すことで心と言葉が一致するようになります。物語のここの部分は嫌だったな、などと、自分の心を整理しながら読むようになるのかなと思っています
――アプリで絵本を読むことに抵抗を感じる親もいると思います。どう考えますか。
絵本のアプリは、授乳でいうところの「粉ミルク」のような存在になれればいいのかな、と思っています。
粉ミルクの缶に「母乳が最良の栄養」と書かれているように、紙の絵本を読み聞かせるのが一番だと思いますが、アプリも「粉ミルク」のように、必要に応じて親子の支援や安心のために使える立ち位置なのかなと思っています。
紙の絵本は、イラストで子どもの関心をものすごく引き寄せたり、紙の質にもこだわっていたりと、本当に面白いし、良さがある。 一方で、アプリはラインナップが多いなどといった良さがある。
アプリ利用者に話を聞くと、アプリをきっかけに紙の絵本に興味を持つようになったという人も結構います。そのときの状況で使い分けて、お互いに高め合える関係になるんじゃないかなと思っています 。
――最近は、子どもたちに読み聞かせはしていますか。
「KIKASETE」は毎日やっています。紙の絵本は「読んで」と言われれば読みますね。一番下の子は絵本が好きです。勝手にページをめくっていくので、ペースにあわせて考えたセリフを合いの手のように入れています。
――疲れているときはどうしていますか?
今日は疲れているな、と思ったときは「続きは明日、こうご期待」などと言って終わらせちゃっています。しかめっ面よりは笑顔を見せたいので、できるだけ笑えるほうに持っていって終わらせていますね。
ーー読み聞かせに悩んでいる親たちに伝えたいことはありますか。
読み聞かせに悩んでいらっしゃる親は、もうすでにたくさん考えて、葛藤されているんだと思います。子どもが大切だから悩むわけで、そのような親に育てられている子は、幸せだと思います。
あと、読み聞かせがつらくなるのは、食事や着替え、歯磨きなどと同じ「やらなければいけないこと」の土俵に位置づけるからだと思います。私も以前は子どもに集中して聞かせなきゃと思って、「聞きなさい」「もう読まないよ」などとすぐ言っていましたが、子どもにとって一番は親の笑顔。
疲れていたら、テクニックは忘れて、読み聞かせを愛のあふれる時間にすることに注力していいのかなと思っています。子どもも親も笑顔になれるような、そういうアプリにできるといいな、と思っています。
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