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「生活できへんやろ」息子は言った 保育士の給与上げにくい理由

保育士24年目の嘆き

(写真はイメージ=Getty Images)
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目次

保育士の仕事というと、「子どもたちと遊んでいる」絵が浮かびやすいですが、その仕事は多岐にわたります。「待機児童」が社会的な問題となったことで、保育の「受け皿」は増えつつありますが、保育の「質」はどうでしょう。保育の「質」の保障にも関わる保育士の処遇について、現役の保育士さんに話を伺うと、厳しい現状への思いを語ってくれました。

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実習先に「保育園」を選んだ息子

三重県鈴鹿市の私立認可保育園で働く保育士の女性(44)は保育士になって24年目。子どもが好きで、この仕事に誇りを持って取り組んできた。

けれど、中学2年生の次男から聞いた言葉が忘れられない。

あれは次男が小学6年生の時のこと。学校の福祉体験で、次男は「子どもが好きだから」という理由で実習先に保育園を選んだ。

なのに次男は、保育士を「将来の仕事にはできない」と言った。

「だって、生活できへんやろ」

女性の給与は手取り20万円に届かない。
自営業の夫と義理の母、3人の子どもの6人暮らし。

節約のため、子どもの服は知人からおさがりをもらってきた。家を建て替える夢もあるが、かなうめどはたっていない。

(写真はイメージ=Getty Images)
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やりがいはある、でも

給与が低い一方で、質の高い保育をしようと思ったらやることは山のようにあり、勤務時間を超えることも珍しくない。

ある日には勤務終了間際、子どもを迎えにきた保護者とばったり会った。
この保護者の子どもは1歳児クラス。この日、別の子にかみついてしまっていた。

我が子がほかの子にかみついたと知れば、保護者はショックを受けかねない。保護者が動揺しないよう、状況を丁寧に説明したうえで、かみつきを止められなかったことを詫びた。

その子の日ごろの様子や、いいところを伝えることも忘れない。勤務時間を過ぎていたが、気がつけば話し込んでいた。

(写真はイメージ=Getty Images)
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勤務先を出るタイミングで子どもを迎えにきた保護者に会い、育児や家庭の悩みを聞くこともある。

保護者の相談に乗るのも、保育士の大切な仕事の一つだからだ。

保育中は落ち着いて保育日誌を書いたり、翌日の準備をしたりする時間はなかなか取れない。クラス便りや子ども一人ひとりの保育計画書を、自宅に持ち帰って書くこともある。

子どもの成長を支える仕事に大きなやりがいを感じるが、給与の低さから「割に合わない」という思いもぬぐえずにいる。


「生活できへんやろ」とつぶやいた次男は、実習に行くにあたって学校で保育士の給与を調べたのだろうか。

それとも私がいつも、家で「お金ない」って言ってるからだろうか――。
女性がうつむき加減につぶやく。

「いい仕事なのに、子どもに夢を与えられていない……。悲しいですね」

「公定価格」の低さの中で

なぜ、園は保育士の給与を上げられないのか。

それは、私立認可園の「収入」が、法律によって決まっているから。入ってくるお金が決まっているため、園が保育士の給与を上げようと思っても、上げにくい構造になっている。

私立認可園の大きな「収入」は、自治体から支払われる委託費だ。

委託費は、国が決める公定価格(子ども1人あたりを保育するのに必要な費用)に、利用する子どもの数を掛け合わせたもの。

公定価格は、保育士らの給与にあたる人件費、絵本や遊具などの事業費、施設補修などの管理費を積み上げて算出する。

委託費の財源は、公費や保護者が支払う保育料だ。保育料も、応能負担で親の所得に応じて自治体が決めており、認可園が自由に決められるわけではない。

それは保育園が福祉施設で、市場経済の考え方とはなじまないからだ。保育が必要な子どもがいれば、親の所得の多い少ないに関わらず、一定の基準を満たした保育が受けられるようになっている。

そのため保育士の給与の低さをめぐっては、委託費のベースとなる公定価格の低さが、長年指摘されている。

厚生労働省の2020年の調査によると、認可外を含む私立園の保育士の平均給与は月約25万円。全産業平均の約33万円よりも大幅に少ない。

(写真はイメージ=Getty Images)
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コロナ禍の疲弊

名古屋市の私立認可保育園に務める保育士の女性(30)も「仕事の量や責任の重さに、給与が見合わない」と感じている。

名古屋市は、私立認可園の保育士も、公立の保育士と給与が同程度になるように独自の補助金を出している。

それでも、コロナ禍になって、特にそう思うようになった。

マスクができない0・1歳児の混合クラスを受け持ち、緊張感の高い毎日を送っている。

「子どもたちはお互いの距離が近いし、おもちゃもなめる。こまめに消毒しているけれど、保護者から『熱が出ました』『検査しました』と連絡が来ると、ドキーッとする」

受け持っている子どもたちに感染させないよう、仕事以外ではあまり出歩かず、名古屋市内の実家に帰った時も、家の中でマスクをつけて過ごした。

辞めてしまう保育士も多い。自分より若い保育士が毎年、誰かしら辞めていく。

「保育士が全体的に少ないから、若手でもリーダーを任されて、責任の重さでパンクしてしまう」

若手が辞めた時、「もうちょっと一緒に働きたかったな」「何か力になれることはなかったんだろうか」と思うと同時に、「1人減るのか……。ちゃんと補充されるんだろうか」と思ってしまう自分もいる。

「保育士を増やしてほしい。保育士を増やすために給与をあげてほしい。一人でこんなにたくさんの子を見て、責任も重いのに、給与が安い。見合わない」

(写真はイメージ=Getty Images)
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保育の「質」を確保する大切さ

記者が、待機児童や保育士さんの処遇に関する取材を始めたのは、2016年にさかのぼります。

「保育園落ちた日本死ね!!!」という匿名ブログが世間の関心を集めていた頃です。

当時、記者に子どもはいませんでしたが、ブログにつづられた悲痛な叫びにショックを受けたのを覚えています。

そして待機児童に関する取材を続けるうちに、保育施設をただやみくもに増やすのではなく、保育の「質」を確保することが大事だという声が、現場で働く保育士さんや専門家から聞こえてくるようになりました。

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2人の子どもを保育園に預けるようになった今、保育の「質」を確保する大切さをより感じるようになりました。

保育士さんたちはただ子どもと遊んでいるわけではなく、子どもの豊かな育ちをさまざまな側面から支えてくれているのです。

子どものうれしい、楽しい、悲しい、嫌だといった気持ちに寄り添ってくれたり、食事や着替えといった身の回りのことを自分でできるようにサポートしてくれたり、家ではできないような遊びや体験をさせてくれたり。

今回の取材でも「こんなに子どもたちのことを考えてくれているんだ」と恐れ多い気持ちになりました。

子どものことを思い、見守ってくれる人が家族以外にもいるということが、子育ての悩みを抱え込みがちな保護者にとって、どれだけありがたいか。

熱意ある保育士さんたちが安心して働き続けられる環境を整えることは、子どもたちの豊かな育ちを支えることにもつながるのではないでしょうか。

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