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「絵本は良いもの」じゃない 〝泣ける〟狙われてるのは大人かも?

絵本評論家に聞く「選び方」

〝泣ける〟本、狙われてるのは大人かも?
〝泣ける〟本、狙われてるのは大人かも? 出典: Getty Images

目次

書店や図書館には様々な絵本が並んでいます。どんな絵本を選べば良いのか、なかなか悩むところ。SNSでは「新刊は危ない」という投稿が話題になりました。大人ウケを狙った絵本が増えてるって、本当? 長年、絵本を研究してきた専門家に聞いてみました。

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広松由希子さん
絵本評論家・作家。出版社での勤務、「ちひろ美術館」の学芸員などを経て、独立。著書に、「日本の絵本 100年100人100冊」(玉川大学出版部)などがある。

「絵本は大事」?

――私は3歳児の母です。第一子なので子育ての勝手が分からず、とにかく、子どもにとって”良い”ことをしてあげないと、と思ってきました。そんな中で、「0歳のころから読み聞かせると良い」と聞いて、何に”良い”かもよく分からないまま、「脳を刺激する」とうたわれる絵本を毎朝読む……みたいなこともしました。信じ切っていたわけではないものの、絵本を読まないと子どもがうまく育たないんじゃないか、という恐怖心もあった気がします。なんで絵本はこんなに「大事」と言われるのでしょうか。


世の中には「絵本の読み聞かせ」や、「良い絵本」の効能をうたったような記事がたくさんありますね。

そういう記事を読む方は、まずは、一回、その「呪縛」を解かれた方が、良いと思います。

たまに、「うちの子はあまり絵本を読まないんです」という相談も頂きますが、それは「絵本は読んだ方が良い」「情操教育に役に立つ」という思いが先に立ってしまって、「読まないといけない」という”呪縛”になっているのかもしれません。

でも、絵本ってね、そんなにたいそうなものじゃないでしょう?


――え! 「たいそう」なものじゃないんですか?

もちろん、私は絵本が大好きだから仕事にしていますし、絵本は面白いから、せっかく子どもと一緒に絵本に触れる機会があるなら、大人にも楽しみの一つにしてもらいたいな、とは思っています。

けど、絵本を読まなくても全然大丈夫。生きていけます。まずはね、そう思ったほうが楽だし、すなおに楽しめるのではないでしょうか。

広松由希子さん
広松由希子さん 出典: 朝日新聞社

――絵本は大切なんだ、という思いが、「呪縛」になっていたんですね。

「読み聞かせる意味」をそんなにたいそうに捉えない方がいいですよ。

私は「絵本が『大事』」だから読んでほしいと思ったことは一度もないです。ただこの面白さをシェアできたらうれしいなと、いつも思っています。


同じ家で育ったとしても、兄弟もそれぞれ違うように、「絵本」に全然興味が向かない子もいますよね。

本を読むより、体を動かすことが好きなら、「じっとさせて、絵本を読まなきゃ」って無理に思うことはないんです。

子どもを「本嫌い」にするのは

――広松さんは、お仕事で「おすすめの絵本」の紹介もされていますよね。

それは「私はこれが美味しいと思うんだ」というものを人に薦めたいのと同じです。

「美味しくないけど体にいいから食べなさい」といわれたら、食べたくないじゃないですか。

どうせ読むなら、何万冊も読んできたなかから、特に面白いと思うものを人にもおすすめしたいと思います。


「こうすれば本好きになる」という答えはなかなかないんですが、「こうすると本嫌いになります」というコツはあるんですよ。

それは「無理に『良いもの』を読ませようとすること」と、「それを通して、何かを教え込もうとすること」。

そういう、大人サイドの「思惑」が透けて見えると、子どもは本嫌いになる可能性が高いように思います。


どんなに栄養があっても、口をこじ開けて食べさせようとしたら、食べたくなくなるでしょ。

もしかしたら食の細い子なのかもしれない。別のものが食べたいならそれでも良いと思います。その子が「美味しい」と思うものに出会えるなら。

絵本には美味しいものがたくさん隠されていると私は思いますけど、それが「体を大きくするのに絶対必要」とは思わないです。

少なくとも、日本の今の状況を見ていると、そう思うことの方が多いですね。

出典: Getty Images

「良い絵本」じゃなくても

――どんな本を選べば良いのか、悩んでいます。


基本的には「良い絵本を選ばなきゃ」と頑張らなくても良いんじゃないかなと思います。

子どもが「まずい(おいしくない)」と思うような絵本ばかりを読んでいてはいけませんけど、選書に対してそこまで神経質にならなくても良い。

いろんな刺激のある中で、子どもは育っていくから、良いものも悪いものもいろいろ雑食で食べていって、その子の選択ができるようになってくるんです。

だから「純粋培養」みたいに、良い絵本だけを読ませなくちゃ、ということに縛られない方が良いかな、と思います。

気持ちは移る

――そうは言っても、選ぶ作業には、親の価値観が入ってしまいます。自信が持てなくて……。

わかります。自分の物だったら選べるけど、子どもの物を選ぶというのは、「良いものを選ばなくちゃ」ってなってしまいますよね。

私も経験があります。子育て中は、食べ物なんか特に、「これは良くないんじゃないか」とかどうしても気になってしまって。

でも、絵本に関して言うと、大事なのは、まずは親が気持ちのいい、心地の良い状態で、「好き」と一緒に楽しめるもの。

そうすると、子どもも「ああ、この絵本を読む時間は心地がいいな」ってところから入ると思うんです。親の「好き」という気持ちが「移る」ように。

逆に「これは良い本だから!」と親が力んでいるときの、親の「緊張」とか「めんどくさいな」も移っちゃうと思うんです。


――気持ちが「移る」……。

だから、親も「毎日読み聞かせしなきゃ」じゃなくて、「今日はめんどくさい」「疲れている」と思ったら、無理せずに休めばいいんです。

「気持ちいい時間を一緒に過ごす」というのがまずあれば、どんな絵本を選ぶかということに、最初から神経質にならなくても良いと思います。

出典: Getty Images

「絵本は良い物」という幻想

――SNSで「最近の絵本は危ない」「新刊より30年以上売れている本が良い」という投稿が話題になりました。私も、書店や図書館の絵本で「これまずいのでは」と感じる表現を見つけたことがあり、「悪い絵本」が紛れ込んでいるのかもと、心配にもなりました。


その投稿は私も見ました。

もちろん中には、大人の「意図」が透ける絵本もあります。でも、悪い絵本は昔もありました。

「絵本は良い物」というのは「幻想」です。人が作っている物だから、良いものも悪い物もあります。

テレビ番組でもそうですよね。でも「悪い番組があるから、昔の番組だけ見せましょう」とはならない。大人が見て「いかがわしい」と思えば、子どもに見せなければ良いだけです。

時代と絵本の関係

ーー確かにそうですね。でも、「名作」や「ロングセラー」と言われる本には、「良い絵本」なんだろうなという安心感があります。時代によって、変化しているのでしょうか。


そもそも、時代と絵本は、とても結びついている、無視できないものだと感じます。

私がそれをはっきりと思ったのは、2011年の東日本大震災がきっかけです。

本当に価値観を揺るがすような大きな出来事があったときに、絵本の表現方法は変わり、受け手の読み方も変わっていくのだと、実感しました。


そこで、改めて、日本の絵本を歴史の縦軸と横軸からも見直したいと思い、大正から平成の間に出版された100人の作家による100冊を選んで深掘りし、『日本の絵本 100年100人100冊』(玉川大学出版部)としてまとめました。

時代とともに、その時その時の表現があり、変わらない「芯」もあると感じました。

戦時中には、軍国主義で洗脳して、戦意高揚させるような絵本も、もちろんありました。一方で、「何とか美しいものを子どもたちに手渡したい」と、出版統制を潜り抜けて、絵本を作る大人たちもいました。だから戦中に、かなり面白いシリーズも生まれているんです。


「絵本の黄金期」と言われた1960~70年代の大人たちは、高度成長期にあって「正しいこと」「良いもの」の概念に今よりも揺るぎがなかった。

その時代の作家たちも、楽しいもの、良いものを子どもたちに伝えよう、という勢いがありました。名作として読み継がれている絵本には、この時代の、明るい平和とか健やかな価値観みたいなものが息づいているという安心感はあります。

東日本大震災・原発事故を経験した2011年以降の私たち大人を思うと、反対に「何が正しくて、何がまずいのか」という価値観が非常に揺らいできたと思います。

絵本というのは本来、「希望」を伝える一つの形だと思っています。それでも2011年以降は、「『この世は捨てたもんじゃない』と子どもたちに言えるのか?」と思うぐらい揺れました。

出典: Getty Images

ヨシタケシンスケさんがウケた理由

2011年以降で、象徴的な絵本といえば、ヨシタケシンスケさんの作品。答えを白黒つけずに、ずっともんもんと引きずっていられる力ーー「悶々力(もんもんりょく)」と私は呼んでいますーーがあります。

昔は「リンゴはリンゴ」だったんです。でも「リンゴ」かもしれないし、「リンゴ」じゃないかもしれない。

そこが、おもしろがられた。いまの時代、その「悶々力」が、親たちにも、子どもたちにも必要なのかもしれません。物事をうのみにせず、疑い、多角的に物事を見る力。

同じ時代の空気を吸っている大人たちが、子どもたちに向けて送り出す絵本というのは、その時代でなければ生まれないもの。

だからこそ、懐かしくて、自分が好きだった絵本ももちろん良いと思いますが、いま、同じ時代の空気を吸っている作者が作った絵本も、やっぱり見てほしいな、と思います。

出典: Getty Images

悪い「価値観」を引き継がせない

ーー冒頭、選び方として、「まずは親が一緒に、『好き』と楽しめるもの」とおっしゃいましたが、「いかがわしい」本を見抜けるかどうか、私は「もんもん」としています。気をつけるべき「表現」などあるのでしょうか。


そうですね。強いて言うならば……絵本で「怖いな」と思うのは、子どもたちに無意識に「価値観」を刷り込んでしまうことです。だから、親世代にはなるべく、そういうことに気をつけてほしいと思います。

特に気にしてほしいのは、差別的な表現です。

私が子どものころに読んだ絵本の中には、当時はベストセラーになったものの、その後、「差別表現があった」ということで、絶版になった本がいくつかあります。

だから、「昔の絵本は良かった」と単純にいうのは違う。むしろ今よりも、ジェンダーや差別の問題に対して、一般的には意識が低かった時代かもしれません。

白人至上主義の文化で描かれていたり、お母さんとお父さんの役割が明確な場面が描かれたりしてるものも多くあります。そして、それは意識してみると、現代の絵本にも少なくないんですね。

「絵本はなぜ大事か」という理由があるとしたら、ひとつ言えるのは「想像力を育む」ものだから。自分とは違う立場の人のことを考えられたり、家の中にいても世界への窓を開けてくれたりするものなはずです。例えば差別をされる側の気持ちに、思いを馳せてほしいと思います。

出典: Getty Images

「ウケる」と「泣ける」にご用心

大人が新刊絵本を選ぶときには、もう一つ気をつけたい視点があります。先述の「大人の『意図』が透ける絵本」にも関連すると思うのですが。

2000年代以降の絵本は、データで管理されるようになり、出版社としても出版後すぐに売れる本と売れない本が、一目で分かるようになりました。

売れる本とは、最近は「初動が良い」絵本のことですね。大変分かりやすく、メジャーに訴えるもので、SNSでバッと拡散したりする。マスコミで取り上げられ、絵本ランキングで上位に入る。

以前は、いまベストセラーとされている絵本でも、最初はそんなに売れなくて、じわじわと口コミや子どもの反応で広がっていったのですが、そうした絵本は売れにくくなった。

そうやって「売れる本」と「売れない本」が二極分化しました。

もちろん「売れる」本が一概に「悪い」わけではありません。

でも、その「売れる」ように分かりやすく大人に「ウケる」ことを狙った絵本が、危険をはらんでいると思います。

出典: Getty Images


ーー売れるのを狙った絵本は、一目で分かりますか?

例えば、絵本の帯などで「泣ける絵本!」的なことが書いてあると「狙っている本だな」と身構えますね。

私は「ウケる」と「泣ける」にご用心、と言ってきました。

「ウケる」と「泣ける」自体は悪いことではないと思うんです。「大人向けの絵本」として売られていて、親が自分で読んで泣いている限りは。

でも、大人が泣けるからと、それをそのまま子どもに読んでしまうのは、どうかと思う。

子どもの絵本のネックとなるのは、「読む人」と「買う人」がずれていることですね。

絵本を買うのは大人。子どもに向けているふりをして、「おとな=購買者」を狙っている本かもしれない。だから、新刊絵本を選ぶときは、ここでちょっと立ち止まってほしいんです。

特に気を付けてほしいのは、「絵本は良い物」だと思っている人。感動の沸点が低い人。この「感動」がちょっと曲者なんです。

自分が「泣ける」絵本に出会ったら、「この絵本が『泣かせよう』と狙っているのは、子どもなのか、それとも私かな」と疑り深く見ると、「子どもの絵本」の顔をして大人を狙っている絵本が、分かると思います。

ウケを狙っている絵本もありますね。一発ギャグみたいな絵本と、何度読んでも面白い絵本は、ちがいます。絵本を買うときには、繰り返し読みたい絵本かな? と考えるのもひとつのポイントです。
絵本で泣くのも笑うのも良いのですが、子どもと共有したい涙や笑いなのか、一瞬考える癖をつけるといいかもしれません。

出典: Getty Images

まずは大人が気がつくこと

ーー絵本を読み聞かせしている時に、「あまり良くない表現がある」と気づくこともあります。なぜか子どもは気に入って、また「読んで」とせがむんです。


一冊ぐらい読んで「まずいことしちゃった!」と後悔する必要はないと思います。

ただ、絵本は「こう読まなきゃいけない」ということはありません。最後まで読みきらなくたって良い。

「読んで」とせがまれるなら、読み終えても良いけど、ちょっと違うなと思ったら、「これは、私は違うと思うな」と親が思っていることを正直に伝えれば良いんじゃないでしょうか。

子どもが気に入って「読みたい読みたい」と持ってくるなら、そのたびに伝えれば良い。そうしたら、子どもにもなにか伝わるし、後になって分かることもあると思います。


前述した差別表現があった絵本を、私も子どもの頃、無意識に楽しんでいました。

後に「これは差別だ」という話が社会問題になった時、そういうことがあるのかと知り、さらに年を重ねて「差別されている側の気持ちが分からないと、良いも悪いも言ってはいけない」と気づき、価値観が「上書き」されました。

絵本に関して、取り返しがつかないということはまず、ありません。
だから、絵本選びや読み方について、間違うことを恐れなくても大丈夫ですよ。

大事なのは、いま、大人側がそれぞれにできる範囲で気づくこと。
そして、目の前の子どものことを思って、選ぶことではないでしょうか。

心をこめて選んだ絵本を読んで、子どもに大人が思ったような反応が見えなかったとしても、そんなに気にしなく良い。本当に伝えたいことは、いま目に見えなくても、子どもの深い深いところに伝わっているかもしれません。

【#絵本のもやもや】
子どもと一緒に絵本を読むのは楽しい時間。

一方で、ロングセラーから新刊までずらりと並ぶ絵本を前に悩んでしまうことも。「よい」はずの読み聞かせを、つらいと感じる親の声も聞かれます。

絵本を選ぶとき、読み聞かせるとき、どんなことを考えていますか。専門家や親たちと一緒に考えました。 みなさんの経験やご意見もお寄せください。

「#絵本のもやもや」のハッシュタグでツイートするか、連絡先を明記の上 dkh@asahi.com へ。いただいたご意見は、withnewsや朝日新聞に掲載させていただくことがあります。
 

 

連載 「絵本のもやもや」
#1 「きんにくかわいい」4歳が考えた〝帯〟に衝撃 絵本のもやもや
#2 「絵本読まなきゃ」なぜ不安に? 「売る」を強調する時代に貫く方針
#3 「読み聞かせしなきゃ」の罪悪感 4児を育てる女性はアプリを作った
#4 「絵本は良いもの」じゃない 〝泣ける〟狙われてるのは大人かも?
#5 「ためになる」絵本だけで大丈夫? 「だるまさんが」編集者と考える

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