連載
#6 #自分の名前で生きる
夫婦同姓が経営問題…銀行での屈辱「ネガティブな影響しかない制度」
金融機関での交渉でも「なぜ旧姓なの?」と聞かれ…
父の会社を継いだ跡取り娘の女性は、姓を変えたくないとパートナーと事実婚をする予定でした。しかし相手の家族が猛反発。泣く泣く夫の姓に変えましたが、旧姓を使う理由を問われたり、金融機関での融資交渉に困難があったりしたといいます。「改姓はこれまでのキャリアや、創業家の名前のブランドを手放すことにもなります。女性起業家や経営者も増えている中、早く選択的夫婦別姓が実現してほしい」と訴えます。
40代の女性経営者は、小学校の頃から「跡取り娘」として育てられたといいます。
「小学校高学年の頃には『社長になりたい』と作文を書いていたぐらい。恋愛する時も、『この人はうちの会社に入ってくれるかな?』と考えていました」
経済を学ぼうと大学は経済学部に進み、「いつかは海外とビジネスする」と考え、短期留学をしたりバックパッカーで世界を回ったり。卒業後は海外で事業を立ち上げ、その1年後に父の会社に入社しました。
「マーケットや消費者のニーズを捉えるのが好きだった」と振り返る女性は、営業の成績をぐんぐん伸ばし、営業のやり方を変えたり会社のシステムを改善したりして、どんどん役職が変わっていきました。
10年ほど前、同じく後継ぎの男性と結婚することになりました。趣味も考え方も、普段の話題もぴったりなパートナーでしたが、問題だったのは「婚姻届を出すときに名前を変えること」でした。
2人の間では「事実婚でいいか」と同意していましたが、同居するにあたって男性の両親が猛反発。
「この名前で生きていけないなんてありえない」
そう伝えて大げんかをしましたが、結婚式が控えていたこともあり、最終的には女性が折れました。式の直前に婚姻届を出して夫の姓に変更、仕事では旧姓を使うことになりました。
「創業した父と同じ名字で、これまで様々なところで活動してきました。ビジネス上の名前を変えるわけにはいきませんでした」
ただ、金融機関にお金の交渉にいくときには、書類上の戸籍名に苦しめられました。
当時30代。金融機関の渉外担当はほとんどが年上の男性でした。
「地方の銀行の方の感覚はまだまだ古くて。『娘が後を継いでいる』と聞くと、私の目の前で『息子さんはいないんですか?』と尋ねるんです」
女性が交渉に出向いて、支店長を相手に数億といった額の融資の交渉をしても、まともに話を聞いてもらえないこともありました。
最終的に話が進んでも、用意してきた書類には戸籍上の名前が載っています。
「結婚したのでこれは戸籍上の名前です。普段は旧姓で仕事をしています」と説明しても、「夫婦仲が悪いんじゃないか」「何かトラブルがあるんじゃないか」と邪推されたといいます。
「『女性が名前を変えるのが当たり前でしょ』というバイアスがあって、旧姓を名乗るのが許せない人たちもいました。信用を得るのがこんなに大変なんだ、と思いました」
結婚して1年後のお正月、相手の両親から「なぜ旧姓で仕事をしているのか」「いつ仕事を辞めるの」「子どもはいつできるのか」と問い詰められました。
「結婚したときに『あなたは好きなことをしていいよ』とおっしゃっていたんですが、それは仕事を辞めてお料理教室とか生け花とか、夫を支えるとか、そういうことをしてほしかったみたいです。私の好きなことは『仕事』だったのに」
その頃は、すでに役員として実質的に会社を動かしていました。2008年のリーマンショック後で、会社を立て直さなければならないときでもありました。
「従業員の生活がかかっています。不動産を集約したりコストを抑えたり、ボーナスカットを決断したり……どんどん経営判断をしていかなきゃいけない時。泊まり込みで働くこともありました。そんななかで『いつになったらちゃんとした嫁になるんだ』と責め立てられて、『もう結婚をやめます』と告げました」
隣にいた夫は何も反論してくれなかったといいます。
「名字も仕事を持っていることも否定され、存在を消されていくことがなぜ『ちゃんとした嫁になること』なんだろうと感じました」
最終的には離婚を決めました。「結婚」は夫と妻で新しく戸籍をつくっているにも関わらず、夫の姓に変えたことで「相手家族との間に主従関係が生まれた」ように感じたといいます。
「〝自分の家に入れてやった〟というような態度でした。女性の後継ぎも起業家も経営者も増えてきて、しかもそれを社会が後押ししている中で、本当にネガティブな影響しかない制度だと思いました」
政治家のなかには「旧姓使用で問題のないようにする」という意見もありますが、女性は「旧姓で活動できるのは名刺上のお付き合いだけ」と指摘します。
「戸籍名が変われば、会社の謄本や銀行への届け出も含めて全ての会社関係の書類を変えなければいけないし、続いてきた『のれん』のような創業家のブランドがなくなってしまいます」
女性は経営者として、自社の社員たちの情報を管理する側でもあります。
「旧姓と戸籍名を二重管理しなければいけません。どのシーンでどちらの名前を呼んだ方がいいのかも迷います。それに、改姓という手続きは、社員全体に結婚という重要なプライバシーを公開することになってしまいます」
選択的夫婦別姓について、女性は「『家族の絆が崩れる』と反対する人もいますが、名字が違うだけで崩れてしまう関係は、同姓でも崩れます」と指摘します。
周囲には、改姓したくなかったと離婚した人や、変えたくないので事実婚を選んでいるという女性経営者も多いといいます。
「ただ、『同姓にしたくない』と事実婚を選んだ人の数はハッキリ現れませんよね。そういった声をどう拾うのかが大切だと思います」
結婚すると強制的に「同姓」になってしまうのは日本だけ。女性は「このままだと優秀な人から海外に出ていってしまいます。女性活躍を応援するなら早く選択的夫婦別姓制度を実現してほしいです」と訴えています。
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