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連載

#13 #自分の名前で生きる

長男の嫁は「揚げ物係」ミステリー作家が驚いたイエと名字のしがらみ

小説に使った〝夫婦別姓〟トリック

仕事場に立つ新津きよみさん
仕事場に立つ新津きよみさん 出典: 朝日新聞デジタル

目次

「ふたたびの加奈子」「夫以外」などで知られるミステリー作家の新津きよみさんは、作中のトリックにたびたび夫婦の名字を登場させています。自身も当初は事実婚をしており、同じくミステリー作家の夫・折原一さんとは互いに夫婦別姓を望んでいました。作品の背景にある、切実な実体験を聞きました。

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新津きよみ:1957年生まれ。「夫以外」「妻の罪状」など、家族関係を織り込んだミステリーを手がける。著作は多数ドラマ化・映画化されている。

「新津蔵書」ができない喪失感

ーー著作には、夫婦の名字がトリックに多く登場しますね。

ミステリーと夫婦の名字って、相性がいいんですよね。
なぜかと言うと、結婚した夫婦の96%は女性のほうが名字を変えているから。「結婚したら女性は夫の名字に変わるものだ」という思い込みを利用したミステリーが作りやすいんです。

ネタバレになるのでどの作品とは言えませんが、何度も登場させています。

ーーご自身の経験も反映されていますか。

小さい頃から本が好きで、ミステリー好きだった父の書斎に入って1冊ずつ抜き出してきて読んでいたんですね。
で、本を開くと、どの本にも最後に「新津蔵書」というハンコが押されていました。
それがとてもかっこよくて、高校生の時から、いつか自分のお金で本を買ったらこれを押したいなと思っていました。

でもそう考えた直後に、「あ、そうか。私は結婚したら母みたいに名字が変わるんだ。そしたら新津の自分が失われるのかもしれない」と思って、強い喪失感がよぎりました。
当時は今よりもっと、女性が結婚したら名字を変えるのは当たり前でしたから。

新津きよみさんが高校生から憧れていた父の蔵書印。父が亡くなった後、受け継いで今でも使っている
新津きよみさんが高校生から憧れていた父の蔵書印。父が亡くなった後、受け継いで今でも使っている 出典: 朝日新聞デジタル

ーーそれが嫌で、ペンネームで活動できる作家業に?

大学を出てからは旅行会社に勤めて、そのあと小説家になったのはたまたまです。
ただ、書く仕事に就いてペンネームに旧姓を盛り込めば、結婚しても生まれたときの名前のままでいられるというのは要因の一つではありました。

事実婚、妊娠してぶつかった壁

ーー結婚の際は、悩まれましたか。

30歳で作家デビューして、33歳で結婚しました。このとき、やはり改姓の問題にぶつかりましたね。
でも、婚姻届は出さなかったんですよ。

――それは、名字を変えないために?

そうそう。当時、届けを出さないのはかなり奇異な目で見られましたよ。
(作家どうしの結婚だったので)出版社の人たちを招いて、結婚式は2回やりましたけど。

だけどすぐ妊娠して、また壁にぶつかりました。

ーー何が変わったのでしょうか。

子どもが生まれた後のことを調べたら、事実婚のままでいると、相続や税金などで不利益があるということがわかって、急に不安になってきたのです。
結局、妊娠数カ月の時に婚姻届を出しました。

実母にも義母にも「まだ婚姻届出してなかったの?」と呆れられました。

夫婦ともにミステリー作家の新津きよみさんと折原一さんの仕事場の表札。二つの名字が並ぶ
夫婦ともにミステリー作家の新津きよみさんと折原一さんの仕事場の表札。二つの名字が並ぶ

ーー婚姻届を出す時は、どちらの姓で?

私が「折原清美」になりました。

私は兄が2人いるので「新津姓は残るな」と思ったけれど、夫は折原家の長男で、姉が結婚して名字が変わっていたので、何となく「かわいそうだな」と思いました。

家計も別で、ふたりで住み始めたのも私が独身時代に住んでいたマンションですし、夫婦として対等な関係でいるとは感じていましたから。
その時、「新津にしたい」と(夫に)強く言っていたら、どうなってたんでしょうね・・・・・・。

「折原家の長男の嫁として」揚げ物係

ーー夫の姓に変わって、何か変化は。

何の変化もないだろうと思っていました。戸籍姓が変わっても、作家として「新津きよみ」というペンネームがある限り、自分を失うことはないと。
病院や娘が通う保育園で「折原さん」と呼ばれても、割り切って涼しい顔でいられました。

ところが、娘が3歳のとき、夫の埼玉県の実家のそばに家を建てて引っ越してから、壁にぶつかりました。

ーーどんな壁に?

引っ越してすぐ、夫の実家の近所の人が亡くなったんです。
私は話したこともない方で、名前も存じ上げなかった。

でも親族から、当然のように「清美さん、折原家の長男の嫁として、弔事用の黒いエプロンを持って行って、揚げ物係をしてきて」と言われたんです。

ーーえっ!

いつの時代の話だろうと思ったのですが、地域の風習として、近所の「長男の嫁」が集まって、それぞれに煮物係、揚げ物係、など決められた役割が当てられていると言うんです。

ある親族には「私は結婚してもう折原姓じゃないから行かない。清美さんが行くのが当たり前」という趣旨のことを言われました。

本当に驚いて、混乱して、夫に抗議しました。
夫には「もし私が折原姓であるためにそういうことを言われるんだったら、明日にでも籍を抜く」と言いました。

夫婦別姓でいるために、いったん婚姻届を出した後に離婚届を出す「ペーパー離婚」をする夫婦も少なくない
夫婦別姓でいるために、いったん婚姻届を出した後に離婚届を出す「ペーパー離婚」をする夫婦も少なくない 出典: 朝日新聞デジタル

ーーペーパー離婚も選択肢だと…?

夫は「それもそうだな」と納得して間に入って止めてくれました。
なので、その後はそういったことも求められなくなり、ペーパー離婚をする必要性もなくなって今に至ります。

ただその時は、いまだにイエ意識が姓に絡みついていることを実感しましたね。

「別姓」トリックではなくなる日を

ーー配偶者が亡くなったときに親族と関係を絶つ、いわゆる「死後離婚」についても、その言葉が出てくる前から作品に盛り込まれていました。自分の名字の選択は、配偶者の死後も続くんですね。

そうなんですよ。旧姓に戻せるのって離婚の時だけじゃなくて、配偶者の死後でも戻せるんですよね。

ミステリーの題材を探して六法全書の解説を読んでいたときに、「婚姻関係終了届」や「復氏届」というのが目にとまって、初めて知りました。

ーー選択的夫婦別姓制度が導入されたら、夫婦の別姓はトリックに使えなくなりますか?

使えなくなりますね。どうしましょうね(笑)

ただ、私自身はそういう日を望んでいます。
夫婦同姓に反対ではなく、選択肢は同姓も別姓もあったほうが生きやすいと思っています。

作家のように名前で仕事をしてる人だけじゃなく、例えば主婦でも、「私がそうしたいから」というだけで別姓や旧姓の通称使用を選べて、それがわがままだとも言われず、その理由も聞かれないような社会になってほしいです。

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