連載
#196 #withyou ~きみとともに~
「3年ひきこもっても高校卒業できた」あの日、施設の迎えに応じた
「歩き方すら忘れた」若者に起きた奇跡
不登校やひきこもりを経験した若者たちが、寝食をともにしながら自立を目指す富山市内の共同生活寮「ピースフルハウス はぐれ雲」、通称「はぐれ」には10代から40代までの約20人が暮らしている。寮生たちは、なぜはぐれに来ることになったのか。はぐれでどんな日々を送り、何が変わったのか。3年のひきこもり生活の後、高校を卒業した一人の男性の話を聞いた。(朝日新聞富山総局・竹田和博)
三重県出身のユウさん(18)は、2017年10月にはぐれに来るまで3年ほど自宅にひきこもっていた。
「勉強もできて友達も多くいて充実してた」という小学校時代から一転、中学に入って間もなく「やる気がプツッと切れた」。きっかけは思い出せない。「やりたい部活も行きたい高校もない。原動力がなかった。上下関係とか、小学校の時よりも考えることが増えるのかなっていう不安はあった」
自室に鍵をかけ、1日中ゲームに没頭した。夜起きて朝までゲームをして昼ごろに寝る生活。部屋から出るのはトイレと風呂の時だけ。歯を磨く気も起きず、1カ月磨かなかったこともある。ゲームをしていれば両親と話さず、何も考えなくて済んだ。
逆に、ふとした瞬間に「大事な時期を棒に振ってる」「みんなは楽しく学校に行ってるのかな」「何で自分だけレールを外れたのか」「このまま親のスネかじって、ゲームして死ぬのか」。マイナスな考えが頭を埋め、「全部が真っ黒だった」。不安から逃れるため、さらにゲームにのめり込んだ。
ユウさんの父親は、いくつかの施設に相談したが「本人を連れて来るように言われてガックリきた。それができたら苦労しない」。
そして、2017年10月。ユウさんの部屋を見知らぬ男女が訪れ「富山に行く」と言った。迎えに来たのは、ひきこもりの人たちを施設などに運ぶ民間の搬送車。「今回は逃げられない。なるようになれ」と従った。「腹をくくって連れ出すしかなかった」。父親はそう振り返る。
はぐれに着いて衝撃を受けた。
「施設っぽいとこだと思ったら普通の家。何でこんなボロくさいところに十数人も一緒に住んでるのか」
「歩き方を忘れた」というほど下半身は弱り、階段の上り下りにも苦労した。畑仕事もつらく、昼夜逆転だった生活リズムは戻ったが「心ここにあらず。田舎の何もないところでゲームも全くできない。2、3年もここにいると思うと憂うつで逃げ出したくなった」。
望みは年末年始の帰省。「絶好のチャンス。少し我慢すればゲームのできる生活に戻れる」
自宅に帰り、再び自室にひきこもると、はぐれに戻る予定の日を過ぎても帰ることはなかった。「迎えに来るわけない。家に戻りさえすれば、それで終わり」
1カ月ほどが経った頃。誰かが自室のドアを叩いた。「おーい、帰るぞー」。はぐれの寮生のムードメーカー、サトルさん(25)の声。「ウソー!」。驚いて体の力が抜けた。スタッフと寮生計8人が富山から車でやって来た。
かぶっていた布団をはがされ、同い年のユウタさん(18)が「行くよ」と一言。ユウさんは「抵抗しても逃げられる気がしなかった。それに、せっかく来てくれたのに逃げたらクソだな」と観念した。「あそこでくすぶってたら、感情もない存在になってた。いま考えるとゾッとしますね」
ユウタさんは「当時は作業組が3人しかいなかった。ユウくんが抜けて2人でやってもつまんないしきつい。それで戻ってきてほしいなあって。でも、何げなく言っただけで話が通ると思わなかった」と振り返る。
はぐれでは、本人からの求めなく連れ戻しに行くことはまれだ。だからこそ、ユウさんは「さすがに、またひきこもることはできない。ユウタくんがいなかったら今の姿はなかった。人に恵まれたと思う」と話す。
その後、ユウタさんに誘われて富山市内の通信制高校にも通い始めた。寮生やスタッフとは気軽に話せるようになっていたが、「外の世界との接触は小学6年で止まってた」。学校に行くと頭が真っ白になり、何を話していいか分からなくなった。
自分の服装や顔、歩き方が変に思われているのではないかと不安に襲われ、「前向きなことを言われても自信がついていかない」。自分を肯定しようとしても「『そんなことない』って声が聞こえる気がする」。何かをやり遂げ、達成感を得た経験が乏しく、自己肯定感が低い。自分をそう分析する。「家に帰りたいとは思うけど、いま帰ったら逆戻り。踏ん張りどころ」
一時期通うのが難しい時期はあったが、この春、無事に高校を卒業した。「奇跡ですね(笑)。3年ひきこもってても高校を卒業できることを証明できました」。照れくさそうに卒業証書を見せてくれた。
一人暮らしをしながら働く卒寮生の姿に刺激も受け、「自立したい。漠然とだけどそう思うようになった」。まだまだネガティブな考えがブレーキになることはあるが、次はアルバイトに挑戦したいと思っている。
ユウさんは、自分の心の揺らぎや葛藤、考え方の癖を敏感に捉え、具体的に語ってくれた。本人は「頭でっかちになって、ネガティブな方に考えが回ってしまう」と卑下するが、私はそんな風に自分の心模様を表現できることに素直に感心した。だからこそ応援したくなるし、折々で「どうしてるかな」と気にもなる。
「お前ならできるよ」。他の寮生もサラッと背中を押す。そんな自然な心遣いがユウさんの支えになっている。時には率直なダメだしもある。お互いのキャラクターや実情を分かっているからこその、自然な関わり合い。川又さんやスタッフは、こうして寮生同士がもまれ合う中で、自分から動き出すのを気長に待っている。
ひきこもりの支援を巡っては、本人の意思を確認せず暴力的に連れ出し、施設での支援環境も問題になることがある。はぐれで、そういったトラブルを聞かないのは、こうした寮内の風通しの良さ、私のような外部の人間もフラッと出入りできるオープンさがあるからだと感じた。
ユウさんがはぐれに来て2年半あまり。日に焼けて真っ黒になり、体つきもたくましくなった。入寮当時84キロあった体重は20キロ以上減った。仲間ができ、できることが増え、悩みは尽きないけれど将来に目を向けられるようにもなった。環境を変えることで人は変われる。簡単ではないけれど、ユウさんの歩みは一つの希望だと思う。その姿に、「自分も」と思ってくれる人が一人でも出てほしい。そう切に願っている。
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